第52話

 布が乾いては何度も泉の水が入ったタライに浸し、アルファムの背中に押し当てる。

 アルファムの背中を見ていると、他にも残る古傷が痛ましく見えて、俺は自然と傷跡にキスを落としていた。

 唇を付けた瞬間、アルファムの肩が微かに揺れたけど、何も言わずに好きなようにさせてくれる。

 俺は順番に傷跡にキスをして、最後に布を取って、薄らとピンク色にまで治った傷跡に唇を押し当てた。


「ふっ、なにをしている」

「早く治るように…。おまじない」


 ふふっ、と笑った俺を振り返って、またアルファムが俺の手を引いて膝の上に乗せた。


「え、もういいの?」

「充分だ。痛みもないし、ほら…触るとずいぶんと綺麗になっているのがわかる。ありがとう、カナ」

「俺は特に何も…。泉の水のおかげ」

「そんなことはない。カナが早く治るように心を込めて泉の水を当ててくれたからだ」

「そう、かな?アル…大好きだよ」


 照れて熱くなった顔が見えないように、アルファムにしがみ付く。

 アルファムは、俺の耳朶にキスをして背中を何度も撫でた。



 翌日から、また魔法の練習を再開しようとリオに声をかけたら、その前に話があると言われた。

 いつも魔法の練習をしている中庭に行き、壁際に置かれている椅子に並んで座る。

 俺は早く練習をしたかったから、座るなりすぐにリオに聞いた。


「話って?」

「うん…ライラ様のこと」

「あ…、うん…」

「カナデが出て行った夜にさ、アルファム様はライラ様の所へと行っただろ?」

「うん…」

「あれな、ライラ様に婚約解消を言い渡す為だったんだ」

「えっ?」


 俺は大きな声を上げて、勢いよくリオを見た。


「どういうことっ?」

「まあ元々ライラ様とのことは、前王…アルファム様の父上から言われていたことで、アルファム様は乗り気じゃなかったんだ。そこへカナデが現れて、アルファム様は好きになられた。『カナデ以外はいらない。ライラがカナデに何かする前に話をつけなければ』と仰って、アルファム様に会いに来たライラ様に『夜に訪ねる』と言って帰されたんだ。まさかその時に、カナデがライラ様と会って嫌味を言われてたなんてね…」


 あの日…。練習を終えて部屋に戻る途中でライラに会って、アルファムに近づくなと言われた。アルファムが今夜は私の部屋に来るとも…。

 そうか、そういうことだったんだ。


 俺は今更ながらに安堵して、フッと肩の力を抜いた。

 リオは前の地面を見つめて、話し続ける。


「それでさ、アルファム様は婚約解消に怒ったライラ様から、カナデが酷いことを言われたの知ったんだ。すぐに俺を呼んで『カナの様子を見て来い』と言われて。部屋に行ったら、すでにカナデはいなかった。急いでアルファム様に報告に戻った時の、アルファム様のあんな絶望した顔は初めて見たよ」


 リオが困ったように笑って俺を見る。

 あんなにも傲慢で、常に凛としているアルファムの絶望した顔って、想像出来ないや…。そう思うと胸が締めつけられて、俺は今すぐアルファムを強く抱きしめたい衝動に駆られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る