第19話

「アル…まだ…?」

「あと少しで終わる。まだ動くなよ?」

「うぅ…」


 俺はアルファ厶の肩に顔を埋めて我慢する。

 俺の尻を治癒しているはずのアルファ厶の手が、撫でるように動く度、腰が揺れて恥ずかしい。


「なぁ…アルの手、なんで動いてるの?」

「ん?早く治るように揉みこんでいるんじゃないか。ふっ、どうしたカナ。腰が揺れているぞ?」

「ちがっ…!アルが変に触るからくすぐったいんだよっ。もういい。治ったから離してっ」


 アルファ厶の肩を押して離れようとする俺に溜息を吐きながら、ようやくアルファ厶が手を下着の中から出した。

 俺はズボンを引っ張り上げて、アルファ厶を熱くなった顔で睨む。

 でもアルファ厶は全く気にする素振りもなく、逆に甘い目をして俺を見てきた。


「カナ、そんなに赤くなった顔で睨まれても可愛いだけだ。おまえの尻の痛みを取ってやったというのに何を怒ってるんだ?」

「だって…っ。必要以上に触ってなかった?」

「そんなことは無い。きっちりと治すには丁寧にしなければならない」


 アルファ厶は何でも自信たっぷりに話すから、俺は微塵も疑わずに信じてしまう。

 だけど二週間近く傍にいて、何となくわかってきた。

 アルファ厶は、俺を丸め込む為には平気でくだらない嘘を吐く!

 いつまでも睨み続ける俺に困った顔をして、アルファ厶が俺の頭を抱き寄せた。


「カナ。怒った顔もいいが、いつもの笑った顔が見たい。しつこくした俺が悪かった。だから機嫌を直してくれ」

「…わかったよ。アル、治してくれてありがとう」

「ふっ…、おまえは本当に素直で可愛いな。カナ、スイ国の奴に他には何もされてないか?」


 俺の頭にキスを落として、アルファ厶が聞いてくる。

 俺はアルファ厶の肩から顔を上げて、首を傾げて考えた。


「うん…。あっ、そうだ。あの人、手で触れるだけで俺の痛めた腰を治してくれたよ?」

「手?触れる?」

「うん、そう。思いっきり氷を押しつけられたみたいに冷たくなったと思ったら、もう治ってた。もしかしてアルも、泉の水がなくても治せ……アル?」


 炎のような赤い髪をして、炎を操る力を持つアルファ厶の周りの空気が、まるで冷蔵庫に入ったかのようにひんやりと冷えている。

 俺は怯んで少しだけ身体を離そうとして、逆にアルファ厶の広い胸にガッチリと抱き込まれてしまった。


「アル?ど、どうしたの…」

「スイ国のアイツ…カナに触れたのか?」

「え…?まあ…。俺が腰が痛いと言ったら治してくれたよ?その時に痛む腰に手を…」

「腰だけか?もしや…尻を…」

「いっ、いや!腰だけだからっ!お尻も触られそうになったけど断固拒否したからっ」

「なにっ?触られそうに?…アイツ、今からでも殺りに…」



 俺の頭の上で、アルファ厶が物騒なことを呟き始めた。

 俺は慌ててアルファ厶の首に抱きつき、鼻の頭にキスをする。


「アルっ、大丈夫だから!不本意だけど、あの人に腰を治してもらったから、俺は二階から飛べたんだよ?ね?利用できるものは利用しなきゃ!それよりも!俺、ヴァイスに翼があるなんて知らなかったっ。すっごくかっこよかったっ!ねぇ、他の馬もヴァイスみたいに翔べるの?」


 俺のキスに機嫌を良くしたのか、綺麗な緑色の目を蕩けさせて、アルファ厶が俺を見た。

 ゆっくりと顔を近づけると、唇に二三度触れて「カナ」と低く囁いた。

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