第13話

 なにこれ!血が…。なんだよっ、こいつやばい奴じゃんか!

 掌を見つめて固まった俺の背後で、レオナルトがクスリと笑う。


「ああ…悪かったな。カナデがあまりにも我儘を言うから、それはお仕置きだ」

「は?お仕置き…って、血が出てるじゃん!」

「つい可愛くて力が入り過ぎた。許せ」


 レオナルトが笑いながら謝って、馬上で身体が跳ねる俺の耳に器用に唇を寄せ、今度は柔らかく食んでペロリと舐めた。


「い、嫌だっ!やめろよっ」

「おまえが血だと騒ぐから止めてやろうとしているのに。カナデは文句ばかり言ってうるさいな。気絶させた方がいいのか?」

「なっ…!」


 耳元で冷たく低い声で囁かれて、俺の背中に悪寒が走る。

 やっぱりこいつはすごくやばい奴だと、俺の腹に回された腕を見つめて俯いた。

 大人しくなった俺に機嫌が良くなったのか、レオナルトが頬を擦り寄せながら言う。


「ああ…カナデは肌もサラサラとして気持ちがいい。国外を回るのは面倒臭いと嫌々出てきたが、出てきて正解だった。良い拾い物をした」

「拾い物って…。俺は物じゃない。それに、あんた勘違いしてると思う。俺は男だぞ?」

「ん?わかっているぞ?だから何だ。俺は美しいモノが好きなのだ。カナデは美しくて可愛い。それにこの世界にはない珍しい黒い髪を持っている。俺の国に帰ったら大切に愛でてやろうな」


 レオナルトは、俺の頬にキスをして顔を離すと、手綱を握り直して馬の速度を上げた。

 俺はとてつもなく不安になって後ろを振り返るけど、レオナルトの部下らしいナジャという男が栗毛の馬に乗ってついてくるだけで、アルファ厶とヴァイスの姿が見えない。

 アルファ厶お願いっ、俺を助けて…。

 俺は前を向くと、祈るように両手を組んで固く目を閉じた。



 結局アルファ厶が追いかけてくることは無く、元いた世界の時間感覚で言うと一時間は馬で駆けていたと思う。

 昨夜泊まった町とは違う町に着いて、馬を降ろされ町の外れにある白い建物の中へ連れて行かれた。

 馬を降りた瞬間に逃げようとしたけど、せっかくアルファ厶に治してもらった腰がまた痛くなっていて走ることが出来なかった。

 微かな抵抗として、レオナルトに掴まれた腕を強く引いてみるけど、身体が大きく腕も太いレオナルトの手は、俺の腕から少しも離れない。

 俺は小さく溜息を吐くと、素直にレオナルトに腕を引かれて後をついて行った。

 二階の端の部屋に通され、窓の傍にある木の椅子に座るように促される。

 だけど腰と尻が痛い俺は、腕を振ってレオナルトの手を離し、椅子から少し離れたベッドにそっと腰掛けた。

 振りほどかれた手を見つめてレオナルトがポツリと呟く。


「はあ…、カナデには調教が必要だ。俺の国に戻ったら覚悟しておけよ。それとも、そんな所に座って俺を誘ってるのか?」

「はあっ?何言ってんの?俺は男だって言ってるだろっ。あんたに抱かれるとか絶対に嫌だっ!」

「ちっ…我儘ばかり言いやがって。まあいい。いずれ俺無しではいられなくしてやるからな」

「絶対にそんなことにはならないっ。だって俺にはアル……」

「…なんだ?」

「別に…何でもない。馬に揺られて腰が痛いんだよっ。だから、そんな堅い木の椅子に座れるかっ」

「あれくらいの時間で痛いのか…。カナデは見た目通り軟弱だな。おい、見せてみろ」


 レオナルトが俺の隣に座り、ベッドに押し倒そうとする。


「あんた、いちいち腹の立つ!い、いいっ!見なくてもいいからっ。休んでれば治る!」

「おまえが治るのを待っていたら時間がかかるではないか。ここでは食事を済ませて、またすぐに出るぞ」

「え…うそ…」


 朝早くからアルファ厶と乗馬の練習をしていて、攫われてからまだ一時間程しか経っていない。

 ここで時間を潰している間に、アルファ厶が追いついて来てくれると期待していた。

 でもすぐにここを発って離れてしまうと、ますますアルファ厶が俺を捜しにくくなる。

 というかアルファ厶…俺を捜してくれているのかな…。

 俯いて考え込んでいると、俺の身体が後ろに倒されて、レオナルトが上から覗き込んできた。


「もしや、おまえの連れとかいうエン国の者が追いかけて来るのを待っているのか?残念だが、それは無理だな。俺の愛馬ラルクに追いつける馬はいない。それに走りながら霧をまいておまえの匂いを消した。ここに来る途中に幾つも道がわかれていたしな。誰も、おまえを見つけることは出来ない」

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