第14話

 俺は唇を噛み締めて、顔を横に向ける。

 アルファ厶は俺を捜せない?だとしたら自力でこいつから逃げるだけだ。

 小さく息を吐くと顔を元に戻し、レオナルトを見る。


「なあ、腰を治してくれるんだろ?早くしてよ。痛くて我慢できない」

「なんだ?急に素直になったな。何を企んでる?」

「なにも…。とにかく痛いんだよ。早くしてよ」


 俺は身体を反転させてうつ伏せになる。

 レオナルトは暫く黙って俺を見ていたけど、俺の上着とシャツをめくって、腰にそっと手を当てた。


「ほう…白くて綺麗な肌だ。手触りもいい。痛む箇所はここか?」

「…うん」

「少し冷たいぞ」


 レオナルトが言った通り、まるで氷を当てられたかのように、レオナルトの手が触れている部分が冷たくなる。少し痛いと感じる程に冷たくなり「う…」と思わず声を漏らしてしまう。

 直後に鼻で笑う気配がして、レオナルトの手が離れた。


「終わり…?」

「ああ。身体を起こしてみろ」


 俺は腕を突っ張って、ゆっくりと身体を起こす。右に左にと腰を捻り、両手で腰を押してみると、すっかり痛みが消えていた。


「すごい…。治ってる…」

「容易いことだ。他の箇所も治してやろう」

「え?もう治っ…あ!」


 レオナルトを振り返り、もういいと言おうとした俺の身体が押されて、またうつ伏せになる。レオナルトが、今度は俺のズボンを掴んで脱がせようとする。

 俺は脱がされないようにズボンを掴んで、足をバタバタと動かして叫んだ。


「何するんだよっ!やめろっ」

「何って治癒じゃないか。おまえ、尻も痛いんだろ?だからそこの椅子に座るのを嫌がったんだろ」

「…ち、違うからっ。もう治ったからいい!こんなことしてるうちに俺の助けが来るからなっ!」


 俺の言葉に、レオナルトの動きがピタリと止まる。


「ふむ…それは困るな。仕方がない。尻の治癒は国に戻ってからゆっくりとしてやろう。ナジャ」

「はい」


 レオナルトが手を叩いて名前を呼ぶと、すぐにドアが開いてナジャが入って来た。


「食事は出来たか?ここへ運んでくれ」

「はい、すぐに…」


 ナジャが深く頭を下げて部屋を出て行く。

 俺と変わらないくらいの年齢だろうに、とてもしっかりとしたナジャを、俺は感心して見た。


「ナジャが気になるのか?」


 俺が身体を起こすのを手伝いながら、レオナルトが聞いてくる。

 どこかで聞いたことあるようなセリフだな…。あ、そっか。アルも同じようなことを言ってたな。

 アルファ厶を思って俺の胸が痛くなる。

 俺はベッドから降りてテーブルの傍へ行き、痛む尻を我慢して、堅い木の椅子にゆっくりと腰掛けた。

 レオナルトが俺の向かい側に座り、ジッと見てくる。

 俺は心を読み取られないように、目を逸らせて窓の外を眺めた。


「ナジャ…だっけ?俺と同じ歳くらいなのに、しっかりしてるんだなと思って…」

「は?何を言ってる。ナジャは二十三だぞ。カナデは十五、六くらいだろ」

「…うんまあ、分かってたけどね、そう言われるの。俺は二十二だ。もうちゃんとした大人だ」

「……うそだろ。はっ!もしかしてカナデは不老不死なのか?」

「…いや、違うよ?けど説明が面倒臭いから、もうなんでもいいよ…」

「そうか。俺は何と尊いものを手に入れたのだ。国に戻って心から大事に大切にしてやるぞ」


 俺の話を聞かずに勝手に勘違いして話すレオナルトの言葉に、これもアルファ厶から聞いたことのあるセリフだなぁと、窓の外を見ながらぼんやりと思い返す。

 なんかこの国…いや、この世界の人達って、人の話をあんまり聞かないよね…。

 もう一度大きな溜息を吐いたその時、窓の外に見覚えのある大きな白い馬と、その上の黒いフードのマントを被った大きな男が近づいてくる姿に気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る