第5話

「カナっ!」 


 いきなりアルファ厶が俺の手からコップを取り上げると、心配そうに覗き込んできた。


「大丈夫か?」

「何が?」

「カナが今飲んだのは、かなり強い酒だ。子供にはまだ早い」

「子供…誰が?」

「カナがだ。だっておまえ、まだ十五、六歳くらいだろ?」

「はあ?俺は二十二だっ!もう立派な大人だよっ!」

「えっっ!…うそだろ…」


 アルファ厶が口に手を当てて大きく目を開いて俺を凝視する。

 アルファ厶だけじゃない。シアンも、この部屋にいる数人の人達も、とても驚いた顔で俺を見ていた。

 え?ちょっと待って。確かに今までも童顔で未成年に見られることはあったけど…っ。十五六ってヘタすりゃ中学生じゃんっ。俺は身長だって平均身長はあるんだぞ。でも…ちょっと待て。この国の人達って、アルファ厶はめちゃくちゃデカいしシアンも余裕で185くらいはありそうだし…。え…、横に控えてるのって女の人だよね…?175近くは…ある?


 アルファ厶が目立つから他に目が行ってなかったけど、よく見ると皆、身長が高くて身体も大きい。もしかしてこの国の人達からしたら、俺は小柄でかなり幼く見えるのかもしれない。

 でもアイツは『奏ぐらいの身長がいいね。ほら、こうやって抱くと、すっぽりと俺の胸に収まる』と言って優しく抱きしめてくれたんだ。


 俺は黙り込んで下を向く。

 俺は忘れていたわけじゃない。目覚める前に何をしようとしていたのか。どんな気持ちで高い崖の上に立っていたのか。

 目が覚めたらあまりにも非現実的な状況だったから、今の状況を理解するのに精一杯で辛い記憶が抑え込まれていたんだ。


 だけど、また辛い気持ちが表に出てきてしまった。

 せっかく崖から飛び降りたのに、結局頭を打って怪我をして、痛い思いをしただけじゃんか。しかも訳の分からない世界に放り込まれて、泣きたいのか、怒りたいのか、笑いたいのか、よく分からない。俺の心の中はぐちゃぐちゃだ。


 急に黙り込んでしまった俺を心配したのか、アルファ厶が「どうしたのだ?やはりまだ辛いのか?」と聞いてくる。


 俺は何も答えずに席を立つと、後ろにある大きな窓へと近づいた。窓の外はバルコニーになっていて、掌で押すとガチャリと音を立てて簡単に向こう側へと開いた。


「カナ、外に出たかったのか?手すりの向こう側は海になっている。あまり身を乗り出すなよ」


 バルコニーへと出る俺についてきて、アルファ厶が気をつけるようにと言う。

 そうか…。この下は海なんだ。俺が飛び込んだ海と繋がってたのかな。

 手すりから下を覗くけど、夜の暗闇の中では波の音ばかり聞こえて何も見えない。

 俺は後ろを振り向いてアルファ厶を見つめる。


「ん?どうした?暖かいとはいえ夜は少し冷える。カナ、部屋に戻ろう」

「…アルファ厶は、なんで会ったばかりの俺に優しいの?」

「俺が?優しい?…ふ、そうか…。確かにこんな穏やかな気持ちになったのは初めてだな。カナ、俺は普段散策などしない。なのに三日前、急に胸が騒めきだしてな、城の周りを当てもなく歩いていたのだ。そうしたら、ちょうどこの下辺りで空からカナが降ってきた。驚いて咄嗟に術が出せずにカナに怪我をさせてしまった。慌ててカナを抱き上げて、また驚いた。この国…いや、この世界では見る事のない尊い黒い髪をしていたからだ。それだけではない。透き通るような白い肌に美しい顔、強く抱きしめると壊れてしまいそうな華奢な身体。…俺はカナが欲しくなった。一目でカナに魅入られてしまったのだ。カナ、俺がずっと守ってやる。だから俺の傍にいろ」

「そっか…。そうだったんだ…ありがとう、アル。でも、俺を助けないで欲しかった…」

「なっ、カナっ?」


 俺に向かって手を伸ばすアルファ厶の顔が、ぼやけて見える。

 不思議に思って顔に手をやると頬が涙で濡れていた。


「もう涙なんて出ないと思ってたのに…」


 そう呟くと、俺は手すりに足をかけて俺の名前を叫ぶアルファ厶の声を振り切って、真っ暗な海に向かって飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る