第24話 何を当然のことを


 時間が経つにつれて来期の第一級特待が内定した実感が出てきた。嬉しさに上気する反面、気がかりとなる妙な聞き伝えが校内を走っていることを知った。いわく、



 私と超人姫山が対立していて、熾烈しれつな争いを繰り広げている。



 特待は内定であり確定ではない。ケンカ番長の汚名を避けるべく、姫山と仲良く話し合うことにした。教員経由の手紙で約束を取り付け、今日がその放課後。



 生徒寮二階のラウンジスペースで、私たちは手間取りながらも紅茶を入れてテーブルに座った。できるだけお上品さを取りつくろって。



「えと、その、聖演会でみんなとセッションしたんだってね」


「はい。おかげ様で」



 そのみんなに姫山は含まれずとも、間接的に貢献してくれた。白虎院の両親を会場外に釣り出すおとりとして。その頃とらわれていたとも聞かれる超人は、ミルクを垂らした紅茶を必要以上にかきまぜ、揺れる色に目を落とす。



「そんなに。そんなに天門の宝が欲しかったの? 天女になってまで」


「いいえ。特待生になるのが私の目的でしたので、つきまとう話には驚くばかりです」


「驚くばかり!? だって、去年からみんなのお父さんお母さんにあいさつに行ったり」


「お招き頂いたため御挨拶ごあいさつは致しました。文字通りの意味です」



 私は超常現象感のある名家の財宝よりも、この紅茶に角砂糖四個を溶かす力が欲しい。欲張りすぎてざらついた舌触りの一口はまだ少し熱い。



「私はその御縁ごえんのお話、問題にしない立場をとります。他の皆さんもそうだと良いのですが」


「それって、相手が誰でもいいって言ってるの…? ねえ…!?」



 カップから乱暴に抜かれたスプーンがソーサーを叩いた。さじを投げる相手は当校の理事に限るなどとくだらない洒落シャレを言えば、超人の感情がさらに増幅してしまいそうだ。仲良くお喋りするのは難しい。



「ちょっと認識がすれ違っているようです。ごめんなさい、私の言葉が足りていないせいで」


「……ううん。私こそごめん。もうちょっとお喋りするなら、私の部屋に行かない? ここだとほら、みんな聞いてるし」


「姫山様がそうおっしゃられるなら、お邪魔させてください」



 機嫌を損ねたくないため提案に乗る。まだ残っている紅茶を貧乏根性で一気飲みすると、同じ行動に至っていたもう一人と目が合った。私たちのトークショーを観覧する諸賢には、ほほえましく心安い間柄とご認識頂きたい。







*****







 部屋に入るや否や、姫山はベッドに頭から倒れ込んでしまった。



「……公開処刑されるかと思ってた」


「ゆっくりお話ししたい、と手紙に書いたよ」


「こんな時にゆっくりお話・・・・・・なんて、裏があるとおもうでしょ」



 枕を抱いてごろりと反転する姫山。制服に変なしわがつきそうで心配になる。



「天女の発表まであと少しの時に。第一候補が、第二候補にお話しなんて」


「姫山さんも特待生に内定? それはおめでとう」


「ありがとう……」



 さすがと言うべきか、特待生の枠(第二級か?)に滑り込んでいたようだ。実績を積んできたであろう超人は、突然、勢いよく起き上がってひとさし指を私に向けた。



「その態度だよ! 天女になるのになんでそんな余裕なの!? 相手が誰でも良いって言うの!?」


「婚約がどうとかいう話? それは、どこの誰でも断る話だから。万が一相手が断らなくても未成年者の人権を振りかざして私からお断りする」



 伸ばした指がしおれ、疑問符でいっぱいといった表情に変わる。私からすると、どうしてそんな反応をするのかこそが疑問だ。



「天女に認定されたから正式に婚約をなんて怪しい話があったら、断るよそんなの。民間伝承の生まれ変わりなどあるわけがないでしょう。何を当然のことを」


「怪しいから断る、って……。じゃあ、明崇あきたか君のことはどう思ってるの?」


青龍寺せいりゅうじ様は、交流あるクラスメイト」



 夏には学園祭のミュージカル参加を打診され、それは拒絶的に辞退したものの、先日の聖演会ではセッションをした仲だ。



「雪一君は?」


白虎院びゃっこいん様は、交流あるクラスメイト」



 御自宅訪問を含めて何度か食事を一緒に取ったほか、聖演会ではセッションもした。昨年末は特に学級内で多く会話した。



「………はるか君は?」


玄武堂げんぶどう様は、交流あるクラスメイト」



 秋の生徒会選挙では代理人に指名され役割を果たした。趣味の手芸関連で商品の購入や縫製の依頼を受けたことも記憶に新しい。



「り、陸さん」


朱雀宮すざくみやのお兄様は、交流ある先輩」



 朱雀宮妹の伝手つてで花鳥祭での社交ダンスや聖演会の準備で世話になったほか、昨年末は連日のように同じ空間で自主学習にはげんだ。



「皆様も、婚約に足る深さの交流とは考えていないと思うよ」


「あ、あんなに一緒にいたのに……!?」



 一緒にいるだけで婚約に足りてしまうのは、親密度の上昇速度が超人基準の場合に限る話だ。ただし、婚約者候補にされている時点で異常ではある。



「なんとも思ってないなら。それなら何で、思わせぶりに聖演会でみんなと演奏したの? 四人だけじゃない、他のみんなとも。この時期に全員となんて……」


「第一特待の維持、ようは学費全額免除のため。先生に音楽への意欲を示した方が良いといわれたから、セッションの回数で数値的に示したくて」



 『聖演会』に何を期待していたのか知らないが、学校行事は必ずしも特殊な駆け引きの場ではない。それとも超人は、一学期の『花鳥祭』で当校の有名どころを総なめにした理由が、全員と恋仲になりたかったからとでもいうのか。


 認識の違いがあるかはさておき、私からの敵意がないことだけは共有しておきたい。姿勢を正して超人に説く。



「とにかく私は仲良しこよしの派閥はばつを作っているわけでも、誰かと敵対したいわけでもない。私ははじめから進級と卒業を目指しているだけ。今日はそれを伝えようと思って」


「……本当にそれでいいの? なんか寂しいよ、そんなの」


「別に、私は寂しいのも退屈なのも好きだから」



 少なくとも軟禁生活をうわさされるようなにぎやかさよりは断然好ましい。目標の学費全額免除に王手をかけた私の執念の実績を寂しい呼ばわりする精神性を含め、姫山の物の考え方は、さすが超人である。




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