§ 三学期

第23話 そんな話はどうでもいい


 三学期に入ると、校内で超人姫山を再びみかけるようになった。何者かに軟禁されていただの何だのと、根も葉も無いのに尾ひれだけがついたであろううわさただよっているが、そんな話はどうでもいい。



「岩見先生、その、もう一度お願いできますか?」


「特待生は、理事長の認定を受け天女になります」


「………はい?」


「私も今朝連絡を受け、驚いています」



 昼休みの職員室、普段どおりの無表情で銀縁眼鏡のブリッジを薬指で上げる岩見担任の前で、私は自分のあごが落ちたのかと思った。意味も無くぱくぱくと口が動く。天女が特待生?



「つまり、私はどうすれば?」


「特に何もしなくても結構です。すでに山中山さんの第一級特待は内定しています」



 今年度最大の目標、その達成見込みがさらりと告げられる。しかし私は純粋に喜ぶことができなかった。



「内定。すると近いうちに理事長から天女の認定とやら受け、そのありがたい御託宣ごたくせんをもって正式に確定される」


「そういうことです。心配はいりません」


「大いに心配です。空想と特待生制度を結びつける理事会が」



 私の認識が正しければ、理事長のいう天女は民話の登場人物の生まれ変わりに相当する。


 実在し得ない生まれ変わりをどう見つけるのかと思えば、耄碌もうろく高齢者のたわごとを自らが認定するという空前絶後の展開。百歩譲って触らぬ神に・・・・・と距離をおこうにも、特待生制度がたたられるとはどういう怪異だ。



「特待生制度、その認定方法はすなわち、後援会の皆様方の寄付金の使用方法ですよ。そこに出てくるのが理事長の天女認定では、組織の腐敗を疑います」


「もう一つ。山中山さんたち生徒の教育機会に直結する、重大な判断事項でもあります」


「その重大な判断の決め手が、天女、ですか。詐欺みたいに後出しで条件もよく分からない、天女」



 脳を喰われたのか理事共は。



「私はまだしも男子生徒は不利でしょうね、天女の認定には。――そんな指摘もできない理事会の、ふざけにふざけた悪ふざけの制度運用で、本当に免除になるんですか、学費全額。何が第一級特待ですか」



 不正の温床にいた不快な幻想にすみけられる特待生が、へりくだって学費全額免除を享受きょうじゅする様は総じて汚い。


 私の薄汚れた印象はともかく、汚職涜職とくしょくを疑う後だしジャンケンを得意としておられる理事会の皆様方がふんぞりかえっていては、卒業間近に学費を返還しろなどと言われかねない。


 軽い前置きに続いて駁撃ばくげきを叩きつけようとすると、岩見担任は同情の言葉もなしに紙面を差し出した。



「山中山さん。落ち着いて、情報を整理しましょう」


「無理です。……で、これがその情報ですか」


「特待生制度について教員連名で照会した結果を、今朝受領しました」



 理事会からの回答書は、私に見せるためか所々黒塗りされていた。岩見担任に確認をとりながら読み進める。



「特待等級を判定する会議の直前に、突如とつじょとして、制度変更が一般職員に告知された。これを受けてただちに連名で疑義を照会なされた」


「はい。その回答書は、判定会議が終わった後・・・・・、本日ようやく送られてきたものです」



 日付の段階から整わない情報につい力が入る。とりあえず無視して進もう。



「天女の認定は、ようは内輪うちわの称号であって、特待生そのものとは何ら関係が無い。しかし今期はたまたま特待生の候補が女子生徒だけだったので、もののついでに合わせて認定することにした」


「意訳すれば、そんなところです」


「天女の認定を受けても受けなくても、特待生制度を始めとする学校教育には一切関係がない」


「ええ、文書で言質が取れました。したがって、第一級特待生に内定した山中山さんが学費を心配する必要はありません」



 文書上ではかなり細かい質疑応答がなされている様子がうかがえた。制度改定に対する理事会の権限などにもクレームがしっかり効いている。



「ただし岩見先生、理事長による天女認定の儀は、すでに決定事項だと」


「はい。それが事後回答になったのは問題だと考えています」



 事後報告が慢性化まんせいかした、思慮深さを全く感じさせない理事会だからこそ、天女の称号を下すに至ったのだろう。私に言わせれば当校生徒会よりはるかに浅い、座礁ざしょうした組織であり、ただちに理事の方々を切り捨てて壊死えしを防いだ方が良い。



「理事会の欠陥は別途解決していただくとして、天女の認定は理事会の自己満足に過ぎず、無視しても第一級特待になれることは承知しました」


「ただし山中山さん。学校教育の外では天女の称号は影響するかもしれません」



 過去の情報を整理すると、生まれ変わりの『天女』に対する理事長の執着はまさに御伽噺おとぎばなしのそれであり、天女をめとった者に理事長家の財宝を受け渡すという誓約書まであると聞く。本当なのか?


 そして何の因果か、私は四家の男達と婚約者候補の間柄にある。青龍寺せういりゅうじ朱雀宮すざくみや白虎院びゃっこいん玄武堂げんぶどうの四家の男達と。



「特待生候補から特待生になると、違う意味でも候補の言葉が外れる可能性があるというご指摘ですか」


「教員が関与することではありませんが、一応の心構えはしておいた方がいいでしょう」


「正直なところ、今さら何の変わりもありません。とにかく、わざわざ情報を開示頂きありがとうございました」


「我々職員も引き続き応援しています」



 応援団員が冷めた口調で業務に戻ろうとするので、私のほうから発破をかける。



「それと岩見先生。理事の皆様方には、自らを天女に認定して自家受精でもしておいてください、とお伝え願えますか?」


「質問書の一句二項を意訳すれば、そんなところになるでしょう。感情面で不足があるのなら山中山さんが自己責任で投書を作成してください」



 私以上に変化に乏しいサイボーグ教員に会釈えしゃくして、職員室を後にした。窓から覗く空もいまいちすっきりしないが、今日の所は第一級特待の内定を素直に受け止めよう。



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