第13話 お飾り役職


「私が生徒会選挙に出馬とは、いったい何の御冗談ごじょうだんですか」


「山中山さん、この話は順を追って説明します」



 秋口の放課後、岩見担任が台風上陸を告げる。



「生徒会の役職には“補佐”というものがあります。普段は空いている役職ですが、何かしらの理由で生徒会の人員を増やさなければならない場合に選出されます」


「ようははく付けのためのお飾り役職ですか。それで?」


「お飾りというわけではありませんが、今年度は玄武堂げんぶどうさんらが補佐に立候補するとのことです」



 玄武堂などむしろ補佐を必要とする側であろう。よく周りが止めなかったものだ。



「しかし本日、玄武堂さんの保護者様から、しばらくの間登校はできそうにないとの連絡がありました。規則により、選挙活動を行わない候補者への投票は無効になります」


「そうですか。残念ですね」


「そこで、選挙活動の代理人として指名されたのが山中山さんです」


「そこで!? どうしたらそんな人選ミスがまかり通るんです」



 岩見担任は職員室の椅子に座ったまま紙面を差し出す。



「玄武堂さん直々の指名です」


「こういう暴挙を止めるために先生方がいるのでは?」


「残念ながら、生徒会選挙における当校教職員の権限は限定的です。さらに、山中山さんも今年度の実績を考えれば出馬するにあたいする生徒ですから、我々はむしろ立候補を推奨する立場にあります」



 学生ベンチャーの株より暴落しやすい私に、あたいする地位など無い。



「私は玄武堂様の手下になった覚えはないですし、まったく気が乗りません。それに、他の候補の方の能力からして、補佐役員は不要だと考えます。今回は放置しましょう」


「そうすると、山中山さんは玄武堂さんの婚約者候補になります」



 思わず紙面の端を握りこむと、しわが寄る音が乾いたように響いた。



 私の聞き間違いか?



 婚約者? 候補?



「岩見先生、もう一度いいですか?」


「代理人を引き受けない場合、山中山さんは玄武堂さんの婚約者候補になります」


「頭がおかしいとしか思えません」



 玄武堂界隈かいわいでは全ての思考が狂気にかき消されていく。あの妖怪、言動だけでなく行動の全てが異次元に通じていたようだ。認識が完全に甘かった。



「はぁぁ、玄武堂家の嫁探しなど知るわけがないでしょう。関係者もゴミのたぐいを候補に選出しかねないくもりきった眼球をお持ちなようで、どう考えればいいのか」


「この話が大きくなった最大の要因は、先日の放課後の出来事にあります。すなわち、玄武堂さんが山中山さんを連れて行く様子を多数の人物が目撃したという事実です」



 あの連行事件だ。誰かがその場で口を挟めば、こんなことにはなっていなかっただろうに。



「また、その車が玄武堂さんの家に行ったことも確度の高い情報として知られているようです」


「素晴らしい野次馬やじうま根性。当校生徒の品格がうかがえるというものですね、岩見先生」



 片手をデスクに置いて露骨に溜息を吐く岩見担任。



「見せ物になってしまうような劇的な状況だったことを、よく理解してください」


「そうですか。それで、私は喜劇のヒロインでも演じれば良いわけですか? 学園祭が終わった今時分に?」


「玄武堂さんの代理人として、選挙活動に真剣に取り組んでください。玄武堂さんが山中山さんに選挙活動のサポートを依頼するために声を掛けたというていなら、周囲への説明も付きやすいでしょう」


「そんな構図を回りくどく作るより、事実を述べた方が早いと思います。嘘をつくなんて岩見先生らしくない案ですね」



 玄武堂が縫いぐるみに執心しているのは言うまでも無く、私が縫いぐるみを自製していることも一部には知られた話である。

 それなりの立場の人間が事実を正確に説明してくれれば片が付く。どこぞのクレイジーキャットが暴走しただけとの理解が容易に得られよう。


 一方岩見担任案では、玄武堂がこの私に選挙の代理人になるよう依頼し、あまつさえこの私が引き受けるという存在し得ないプロセスが前提となる。

 常識に相反するこの偽りをどう説明しろというのか。混乱を助長するぽっと出の愚策と言えよう。



「玄武堂さんのことですから、筋道だった説明が困難な過程を想定していましたが、違うようですね。差し支えなければ、どのような事実があるのか聞いても構いませんか?」


「ぜひ説明させてください」



 私が経緯を伝えると、岩見担任は薬指で銀縁眼鏡を上げた。



「それでいきましょう」


「良かったです。参考までに、玄武堂様の選挙活動はどうされるんですか?」


「山中山さんが代理で活動してください」


「それでいきましょう、って言ったじゃないですか。事実を広める策でいきましょうと」



 これでは解決にならない。私が玄武堂の代理を務める必要はないはずだ。



「実のところ玄武堂さんとは別件で、山中山さんを生徒会役員に推薦する動きがあります」


「前に青龍寺せいりゅうじ様に似たようなことを言われた気がしますね。ガセ情報かと思いきや、まさかそんな最悪なまでに軽率な動きがあるとは」



 当然ながら、どこぞの井戸端いどばた会議で決まったであろうぬるい座興に付き合うつもりは毛頭ない。



「山中山さんが思っている以上に、周囲の方々が貴方に期待を寄せているのでしょう。直接的に拒絶するのは内申に強く影響するため、代理人の指名を受けた事実を上手く使うことを勧めます」


「特待の査定に響くと、そういうことですか。はぁ、最近学業以外の雑務が多いですね。この上なく残念であり、はなはだ不本意ではありますが、私の意思を優先できるわけもないですし、岩見先生のおっしゃるる通りにします」



 私は盛大に落ち込んだ様子を披露する。



「それにしても、周囲の方々とやらは本当に見る眼がないですよね。岩見先生が私の薄汚い心身を積極的に説明すべきなのでは?」


「シンデレラになりたいのであればそう言ってください」


「お城の舞踏会が終わり次第、連絡します」



 言葉の魔術師が言うともなれば脅し文句に近い。魔法じみた日本語の妙など岩見担任にかかれば造作もないことだろう。私の評価は岩見担任の指導成果、つまりは給与に関わる。日々の状況報告で表現の粋を尽くしていることは明白だ。



「我々教員は活動方針には関与しませんので、問題行動と捉えられない範囲で積極的に取り組むようお願いします」


「私の能力が及ぶ範囲で、活動しようと思います」


「この機会にぜひ成長してください」



 激励の言葉一つない教育機械を後にする。


 選挙活動は適当にポスターでも張っておけばしのげるだろう。







*****







 台風は入道雲の化物のようなもので、熱帯の海で海水が蒸発する際、その水蒸気が生む上昇気流で成長するらしい。竜巻も、発達した入道雲に由来する、強い上昇気流により発生するとのことだ。


 要はどちらも上昇気流が空気を巻き上げて発達する気象現象であり、時として甚大じんだいな被害を伴う。



「玄武堂が山中山さんを代理人に選ぶなんて、面白くなってきたね」


「白虎院さん、山中山さんは学年一の才女でいらっしゃいますから、当然と言えば当然のことですわ」


麗華れいかが言う通り、僕は君に正式な役員として立候補して貰いたかったくらいだ」


「まあ、お兄様ったら!」



 白虎院とトルネード貴族共からなる一団に吸い込まれたのは、玄武堂のポスター製作を美術部に完全委託した帰りだった。


 もはや校舎全体が強風圏内であるのにも関わらず、私には避難経路の一つさえも提示されていないので、当然こういった状況が生まれる。



「私は玄武堂様から直接的に選挙代理人を依頼された訳ではなく、正直なところ当惑しています」


「それなら昨日、玄武堂に連れられていたのは何だったの?」


「以前に玄武堂様の縫いぐるみ向けに服の製作依頼を受けまして。並々ならぬ情熱を注いでいらっしゃったようで、あのような形に」



 天災じみた影響力を有する人材に説明すれば、またたく間に噂が広まるはずだ。



「ほう、玄武堂君があの子を他人に任せるとはね」


「今まで誰にも触らせたことがありませんのに」


「今年度に入ってから、玄武堂様の内面が変わっているのだと思います。姫山さんや青龍寺様と談笑されている姿も見られているようですし」



 まず間違いなく超人の所業だ。


 あらゆる関心が内面に向いていた妖猫の封印は、既に解かれている。



「確かに、玄武堂が生徒会役員に立候補するなんて昔だったらなかっただろうね」


「はい、それに玄武堂様はユニークなお考えをお持ちですから、補佐役員として生徒会の視点の多角化に貢献されると信じております」


「玄武堂さんが当選できるよう、山中山さんも一緒に頑張りましょう。私たちでお兄様にも負けないよう高貴な学園を創り上げるのですわ!」



 隣のトルネード妹がきらめく瞳で私の手を握る。その熱き思い、ぜひとも代理人を通さずに届けて欲しい。



「麗華さんの言う通り頑張ろうね。もう一人の候補者はひと筋縄ではいかないだろうから、山中山さんの腕の魅せ所だよ」


「どこの誰が相手でも、私のすべきことは変わりませんので、ご心配なく」


「それは楽しみだ。僕は生徒会長を退く身として協力はできないが、君の活躍に期待している」



 選挙など玄武堂の持つ圧倒的知名度でゴリ押せばよく、私に活躍の場は存在しない。


 その後、私が縫いぐるみの服作成のために車に積載されたこと、玄武堂は自分の世界に入りこんでいるため私を代理人に選んだ根拠が確認できないことを強調して伝えた。







*****







 絶巧を誇る当校美術部は、目覚ましく魅力的なポスターを仕上げた。


 ところが私の活動はこの力作を掲示して終わりではなく、選挙用の小冊子を作らねばならないらしかった。なお悪いことには、公約等の記載も含むため外注はできないとのお達し。それならそもそも代理人など認めるな。



「それで、山ちゃんどうするの? 私もはるか君に会いに行ったけど全然お話できなかったよ」


「公約なんて聞いてないし知らないよ。耳ざわりの良い言葉をざっと並べて、あとはとにかく紙面を埋めて出せばいいと考えることにした」



 いつもの小部屋で弁当を食べる昼休み、今日は姫山が目の前に座っていた。



「えぇ! みんなスゴいやつ作ってるのに大丈夫!?」


「私にはできる事しかできないから。連絡をせずに丸投げした玄武堂様の任命責任になるから大丈夫」


「でもでも、候補者のエリオット君はやる気満々だったよ」


「他人がやる気を出しても、私にできることは増えないし」



 エリオットという外人は活発な少年を思わせる出で立ちの一年で、私は学園祭のミュージカルとポスターくらいでしか見たことはない。これに対して姫山は相変わらずの超人脈を発揮しているようだ。



「それじゃあ私は資料の印刷があるからこれで」


「うん、頑張ってね!」



 気軽に私の頑張りを求めるな。超人と異なり、私の労力には限界がある。







*****







 木曜日の放課後、私の作成した小冊子をたずさえた白虎院びゃっこいんが席に来た



「いやあ、こんな手で来るとはね。エリオットもうなってたよ」


「ごきげんよう、白虎院様。それの作成には苦心しました」



 玄武堂の写真を大量に載せることで希薄な内容を補填ほてんした快作である。肖像権に配慮した写真は忌まわしき連行運転手を通じた独自ルートで入手したものであり、マニアには垂涎すいぜんの品となり得るだろう。



「よくこの内容で通ったね。前例なんてなかったでしょ?」


「無ければ作ればいいと思います」


「はは、うちの風紀委員が兼任する管理委員じゃあ、山中山さんは止められないか」


「選挙管理委員の提示する規則に反していないわけですから、そもそも止まるものではありません」



 私の目標は小冊子の完成のみで、玄武堂の当選は別に目指していない。


 この前提に立てば、抜け道は無数に存在する。私のようなあくどい生徒の活動は考慮の外だったらしく、選挙に関する規則は穴が多いのだ。



「ふん、このような写真集でごまかしたところで当の玄武堂が来ないのではな」


「ごきげんよう、青龍寺せいりゅうじ青。まさにその通りで、あとは玄武堂様自身から発して頂かなくては始まりません」


「みんな玄武堂が何を考えているのか知りたがっているだろうね。この冊子にも書いてないし、山中山さんもらすのが上手いよ」



 物のの思惑など私が知るわけがないだろう。名前の通り白々しい男だ。



「とにかく、私にできることは終わっておりますので、私はこれで帰ります」


「そういえば、エリオットが山中山さんに聞きたいことがあるって言ってたよ」


「良く言うな。貴様が何か吹き込んだせいだろう」


「僕を策略家みたいに言うのはもう止めてよ。大したこと考えていないんだから」



 校内は暴風圏内であり、お次は当校一年の大看板が飛来してくるらしい。その風力が人力だとするアイスマンの言が正しいならば、白虎院の傘の骨が裏返ってバキバキに折れるよう呪うほかない。



「生憎ですが、私は所用のため急ぎ帰ります。選挙に関してでしたら、玄武堂様に文書でも送って頂ければ良いかと思います」


「それを俺たちに伝えろと?」


「そうして頂けたら幸いです。ごきげんよう」



 放課後の私に、聞かれたいことなど何一つなかった。




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