第8話 今週末まで夏休み


 夏休みの最後の日曜日、私は小遣こづかい稼ぎに出店したフリーマーケットで妙な客に遭遇した。



「.........」



 デカい猫のぬいぐるみを抱いたその客は、先ほどからしゃがみ込んで当ブースの商品群を凝視している。



 まぎれもなく玄武堂げんぶどうだ。



 市民会館で開かれる蚤の市フリーマーケットに来るべき男ではないはずだが。



「ねえ...このこたちって、......あれ、シャーリーだ」


「こんにちは。この縫いぐるみ達はどれも一点物のハンドメイドですよ。ぜひ買っていってください」


「手づくり...シャーリーが?」


「はい」



 目をぱちくりして驚く玄武堂。別に私の趣味がかわいい縫いぐるみを作ることだったって良いだろう。



「すごい......!」


「ありがとうございます。いずれ完売させますから、買われるなら今がチャンスですよ、そのサイズはどれも1000円です」


「ぼくのおこづかい...足りない...」



 そういって再び商品を見つめる玄武堂。名家の嫡男ちゃくなんが小銭しか持ち合わせていないとは何たることだ。資金に飽かせた買占めを期待したセールストークが無駄になった。



「どれかひとつだけ......うーん...」


「誰かと一緒にいらっしゃっているなら、お金を借りたらいかがですか?」


「こういうのは...すくないお金でやりくりするのがたのしいって......かなでが...」



 どうやら飼い主同伴で来ているらしい。しかもつまらない嗜好しこうを教え込まれている。せっかくのイベントなのだから、財布のひもを緩めて金をばらまくような楽しみ方をして貰いたいものだ。


 とにかく、このまま店の前を占拠されても困るので早いところ引き取りに来てほしい。



「あ、はるか君ここにいたんだ」


「かなで...おかね足りない...」


「もう! 無駄遣いしちゃだめっていったのに」



 さっそくのお出ましに感謝。姉弟を想起させる会話は微笑ほほえましい限りだ。玄武堂がいっぱしの男子高校生であることを除きさえすれば。



「ひとつ1000円です。値引きはありませんよ」


「え、山ちゃん!? お店出してたの!?」


「うん。何というかこう、趣味みたいなものだから」



 そう大きくはない縫いぐるみでも、作ってばかりでは置き場所がなくなる。ある程度作品がたまってきたら捨てるか売るかしているのだ。同じ学校のよしみでぜひ買って頂きたい。



「このこたち、シャーリーが...つくったって」


「そうなの!? こんな特技があるなんて知らなかったよ。これとか凄くかわいい…あれ? よく見たらこのうさぎの着てる服、山ちゃんのと似てない?」


「こういうのは雰囲気が大事だからって、母親が作ってくれたんだよ。アパレル系の内職をやってるせいかこだわりがあるみたいで」



 他のブースよりも目立たなければ客は来ないとのこと。


 どこからか布までくすねてくる力の入れ様で、統一感を出すための服飾製作をはじめ、仮設テーブルの上に刺繍をあつらえたクロスをかけてから陳列するといった、客に高級感を刷り込む手口までプロデュースする徹底ぶりだ。


 コンセプトは西洋の田舎のカフェらしい。国外はおろか町外すら行かない割に大層なことだが、そこそこ良い雰囲気なのではと思う。店番の顔を見さえしなければ。



「へぇー、本格的」


「かなで、ぼくかえない......どうしよう」


「うーん、しょうがないなあ、私が買ってあげるよ。はるか君にプレゼント、ね?」


「うん...!」



 ぬるい会話を披露した二人は、商品を一つばかり購入した。



「はい、はるか君!」


「ありがとう......かなでにも、これ...」


「わぁ、これさっきのお店の! ありがとう!」



 目の前で繰り広げられる楽しいプレゼント交換会は、売上への貢献を踏まえて黙認する。







*****







 帰宅してからせまっ苦しい自宅で勉強にいそしんでいると、私宛わたしあての電話がかかってきた。岩見担任からだ。日曜に仕事とは恐れ入る。



「もしもし、山中山です」


「お休み中すみません、岩見です。山中山さん、今日はどこかに出かけましたか?」


「フリーマーケットに出店しに行きましたが」


「なるほど、それでしたか」



 いつもの淡白な声色で一人に落ちる岩見担任。要領を得ない。



「まさか私の休日の過ごし方を聞いてお終いではないですよね? どのような要件があるのでしょうか」


「失礼しました。主題は学園理事長からの要請の連絡です。学園祭で行われるミュージカルに衣装係として参加するように、とのことです」


「嫌です」



 私は電話を置いた。


 今年度は花鳥祭、後援会と学校行事に流されてきた。しかし、学園祭のミュージカルだけは参加しない。それにより大きく不利益を被るとしても絶対に参加しない。



 理事長からの要請の背景は聞かなかったが、どうにも青龍寺様とかいう、現代に解凍された化物の顔がちらつくのだ。ミュージカルなどに出てしまえば、奴の言いなりになったのと同じだ。



『貴様はいずれ俺の命令に従うことになる』



 誰が従うものか。反抗した所で何も得るものがないことは分かっている。これは私の不健全な性格が生む意地だ。


 私は電話の着信音量を下限値にしてから学習に戻った。


 例えこれで評価を大きく落としたとしても、満点のテストを握りしめて泣き付く女子生徒がいれば、何らかの救済措置が取られるものと私は信じている。







*****







 始業式の日の朝、私は家でくつろいでいた。本日は高校生活初めての欠席である。母には驚かれたが、



「五日休んで来週から必ず復帰するから、理由は聞かないで欲しい」



 と伝えて納得して貰った。一週間程度の理由なき欠席程度、一年半皆勤した実績がかき消してくれよう。私は出がらしの麦茶を飲みながら優雅に電話をかける。呼び出すのはもちろん岩見担任だ。



「おはようございます、岩見です」


「おはようございます岩見先生、山中山です。突然の連絡で申し訳ありませんが、本日は登校できそうもないので欠席致します」


「体調不良ですか?」


「ええと、いえ、どう言ったらいいか……。その、どうしても学校に行きたくなくなってしまってですね」


「…………」



 さしもの岩見担任も絶句といったところか、一瞬間があく。



「昨日の話ですか? それなら」


「すみませんが、今の私では話を消化できる自信がありません。気持ちが落ち着いたらまた連絡するという形では駄目でしょうか」


「――わかりました。山中山さん、欠席は誰でもするものです。ゆっくり休んでください。ただし、毎日声だけは聞かせてください」


「ありがとうございます。また電話いたします」


「お大事に」



 衣装係なる生徒を舐め切った雑務から逃れるため、今週末まで夏休みを延長することにしたのだ。理事長だの何某なにがし家だのと校内で猛威を振るう物々しい肩書も、学校を休んでしまえばおそれるに足りない。



 大海の魚、井の中を知らず。ましてやヘドロでよどんだ側溝など。




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