第7話 当校後援者の集い


 夏休みのある日、想いをつづった文章を岩見担任に届けた。岩見担任は紙面をみることもせずに隣の現代文教師の机に置いた。血の通った人間の行動ではない。 


 この暑い中わざわざ出向いたというのに。


 涼しい図書館で自習してから帰ろうと廊下を歩いていたところ、意外な二人組に声を掛けられた。



「ごきげんよう、山中山さん。ここでお会いするとは思いませんでしたわ」


「やあ、今度の定例会のスピーチの練習でもしに来たの?」


朱雀宮すざくみや様、百虎院びゃっこいん様、ごきげんよう。今日は発表原稿の添削を先生にお願いするために登校しております」



 私はそのまま歩き去ろうとする。名家四天王が二人いる所に下手に関わっては藪蛇やぶへびというものだ。蛇どころかキングコブラが出てきてもおかしくはない。



「山中山さん、ちょっといいかな」


「何か御用でしょうか」



 百虎院に逃げ道をふさがれる。



「これから朱雀宮さんと後援会の定例会の件で話そうとしていたんだ。山中山さんも来るわけだし、一緒にどうかと思ってね」


「ぜひそう致しましょう! 山中山さんにも関係のある話題ですから。ああ、もしこの後の御予定がおありなら、後日都合がよろしい時に私の家でというのはいかがでしょう」


「そうだね、そうしようか」


「……せっかくの機会ですので、これから同席させて頂きます」



 やぶを突くまでもなく丸飲みにされてしまった。尋常ではない話の詰め方だ。当校のへびには、大鉈おおなたを装備でもしないと対策できないことが分かった。







*****







 ご丁寧に生徒会室まで招かれて聞かされたのは、余りにもくだらない話だった。革張りのチェアに座って論じるべき議題だとはとても思えない。



「高校生の人間関係など後援会の方々にしてみれば可愛いものでしょうし、隠す必要もないのでは?」


「一般の高校生だったらそうなんだろうけれど、なにせ青龍寺せいりゅうじ家と玄武堂げんぶどう家の御子息が絡んでいるからね。家同士の問題は厄介なんだよ」


「私たちの家を含めて、気にかかるシナリオがあるのです。私の兄の様子からしても確かに心配で、このままでは由々しき状況になりかねませんわ!」



 身を乗り出して語る朱雀宮。明らかに大げさだ。横を向けば百虎院がいつもの笑みを浮かべているのが見えるだろうに。それともこの余裕の表情を単なる空元気の仮面と解釈するのか。



 とにかく私が二人から聞いた話は以下の通り。



1. 夏休み前から学園祭向けのミュージカルの練習をしている

2. 青龍寺と玄武堂による超人姫山取りあい合戦が勃発ぼっぱつ

3. 2の構図を外部に知られるのは良くない



 これらを踏まえ、私は次のように整理した。



1. デマ



 当校の校則で規定されるところには、保護者の同意を得ていない男女交際は控えるように、とある。生徒の模範もはんたる生徒会役員、ないしはその役員に立候補しようとする生徒達が、校則に抵触しかねない状況を許すはずがない。


 玄武堂クレイジーキャットなどの非常識なやからなら考え得るとしても、必ず誰かが注意するはずなのだ。でなければ、私の素行に向けられた数多の叱責しっせきは何だったというのだ。


 超人周りの恋模様は大方、学園祭で披露するミュージカルの役作りか何かであろう。後援会の定例会にかこつけたくわだてがあるに違いない。そこに部外者たる私が出てくることになり、扱いに困っているものと私は予想する。


 ここは私の立場を明言し、無害であることを示しておく。



「皆様の家にまつわる事情があることを知れて良かったです。当日は私も余計な刺激をしないよう心掛けます。外部の方に勘繰られてしまわないように」


「それでは本題に移りましょう。人間模様を隠す方法を考えなくてはなりません」


「山中山さんの意見にも期待しているよ。僕たちとは違う視点を持っているだろうから」


「ご期待に沿えるよう努めます」



 私は流れに身を任せる。どういう策略を練るのか不明だが、それが成功しようと失敗しようと私には特に関係ない話だ。自分からわざわざ波を立てにいくこともあるまい。



「―――と、こんなところかな。外野の僕たちにできることは少ないけれど」


「残念ですが、無いそでは振れませんわ」


「そうですね、何事も無いことを祈りましょう」



 姫山、青龍寺、玄武堂の超三角を巡る仰々ぎょうぎょうしい話し合いは想像していたよりも早くケリがついたので、少し安堵する。



「朱雀宮さん、山中山さん、貴重な時間をどうもありがとう」


「とんでもありませんわ」


「こちらこそ貴重なお話をありがとうございました」



 今日は図書館で涼もうとした為に巻き込まれてしまった。自習時間が少なくなっただけでまるで良いことがない。当校での滞在時間を最小化すればいいのだろうが、自宅の学習環境は劣悪なので悩む所だ。



「山中山さん、良かったら送っていこうか?」


「私は少し自習して参ります。それに自転車でゆっくり帰るのも好きですから、お気になさらず」



 百虎院の社交辞令を固辞した私は、学習を終えると愛車を飛ばして家に帰った。







*****







 定例会当日の定刻前、生徒用の控室ひかえしつは、青龍寺と玄武堂による『姫山取り合い合戦』により、一風変わった様相を呈していた。


 私はスピーチの原稿に目を落として集中しているていよそおいながら、頬の肉を噛んで失笑を防いでいる。突っ立っているだけで絵になるような連中が、よくあのような醜態を演じられるものだ。



「ねえねえ、山ちゃんは緊張とかしてる?」


「え? 私ですか?」


「うん。スピーチするんでしょ?」



 気付かない内に姫山が隣に来ていた。愉快な談笑を切り上げてまで私に絡んできたのは意外だ。



「緊張は少しだけですね。今回はコンテストではありませんし、失敗しても大事には至らないでしょうから」


「山ちゃんって度胸あるんだねえ」


「そんなことありませんよ」



 後ろに立っている男達を手玉にとれるような度肝ドギモには到底及ばないだろう。



かなで、集中している山中山を邪魔するのはよくない」


「あっ、ごめんね山ちゃん」


「お気になさらず」



 姫山の背後から仏頂面で私をにらんでいた青龍寺がここで参入。


 少し前まではこの男の冷たい眼光におびえたものだ。今日はしかし、先ほどの心温まるやり取りを思い返せばむしろ笑いがこみ上げてくる。どこまで本気なのか分からないにしても、解凍されたアイスマンの様は見ものだった。




*****




「――今後も当校特有の優れた環境の中で努力し、更なる成長へ繋げていく所存です。

 最後に、私たちに成長の機会をくださる後援会の方々に改めて感謝申し上げると共に、皆様のご健康とご多幸を祈念し、ご挨拶あいさつとさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました」



 定例会は当校が誇る大講堂の第二ホールで行われ、参会者は三百名近いとのこと。盆前の忙しい時期だろうに、よく人が集まるものだ。まあ何百人集まったところで、私のスピーチを熱心に聞いていた物好きはほとんどいないだろう。


 後は原稿をゴミ箱に投棄するのみだ。生の声を反映すべきだとして添削の仕事をおこたった現代文教師への呪いを込めて。



「山中山さん、ありがとうございました。以上を持ちまして、午前中のプログラムは終了となります」


「少し、彼女に質問をしていいじゃろうか」



 司会を務める岩見担任をさえぎって後援会員が出しゃばって来た。しかしながら、質疑応答の時間は設けられていないはずだ。岩見担任の手腕によるスムーズな進行が期待される。



「はい。皆様の御協力で予定よりも早い進行ができておりますので、ぜひご質問ください」



 後援会員と岩見担任の頭に鳥の糞が落ちるよう呪う。



 それから数人の高齢者に質問をぶつけられ、少々揉まれた。何故か奴らは校内での交友関係を聞きたがったのだ。言うまでもなく、私にまともな交友関係などない。

 とはいっても、スピーチで「当校で充実した生活を送っています」というような内容をほざいた手前、回答には多大な労力を要した。


 まったく。一人の生徒を質問攻めにするのが後援会のやることか。大人しく金だけ出していればいいものを。





 さらにその後、立食形式の懇親こんしん会でトルネード兄妹に絡まれる変事が発生。



「山中山さん、発表ご苦労様。こうして話すのは花鳥祭以来か」


「朱雀宮様、ご無沙汰しております」



 生徒会長のトルネード兄は、今朝も後援会役員の応対のため控え室に居なかったのだ。望まぬ再会に身体が強張る私に、トルネード妹が追撃する。



「先ほどの質疑でダンスの練習のお話をなさいましたでしょう? 私たちの両親が、その話をもう少し詳しく聞きたいと言うものですから」


「君が練習に来ていた期間は父も母も不在だったからね。遅くなって申し訳ないが、今日改めて紹介しよう」


「……恐縮です」



 スピーチを遥かに凌駕りょうがする緊張感を味わい尽くした。


 トルネード家族から解放された段階で、私の精神は八百屋やおやのレジ袋ほどの厚みまで擦り減っていた。私はそのまま、風に吹かれる袋のような足取りで会場から逃げ出した。







*****







 控室ひかえしつの壁際に並ぶ椅子に深く腰掛けた矢先、アイスマン(解凍)が入室してきた。忘れ物でもあったのだろうか。これではおちおち休憩もできない。



「山中山、貴様に話がある」


「……わ、私に? 青龍寺様が?」


「ああ」



 心胆しんたん寒からしめる発言だった。


 私と二人で話をするために後を追ってきたらしい。原因にまったく思い当たらない。



「話は一つだけだ。貴様にも学園祭に参加してもらう」


「生徒として参加はする予定ですが」


「俺たちが行う歌劇に、だ」


「あのミュージカルに? 私が? 以前も申し上げた通り、それはできません」



 みるみる目つきが鋭くなるアイスマン(再冷凍)。壁際の椅子に座す私に向かって制圧的に歩み寄り、壁に腕をついて私を見下してきた。



「これは俺からの命令だ。出ろ」


「そうおっしゃられましても、私の家庭の事情もあることですから、できないと言う他ありません」



 アイスマンはこんな古代の暴君じみた男だったのか? ただのクラスメイトである私に「俺からの命令だ」というのはいくらなんでも神経を疑う。



「ふん、この青龍寺 明崇あきたかに逆らう気か」


「逆らうも何も、花鳥祭の時にも申し上げた立場を変えていないだけです。青龍寺様こそ、今になってどうしてお声がけくださったのですか?」


「歌劇に参加するのなら教えてやろう」



 誰なんだこいつは。


 アイスマンは実は双子だったと言われた方が納得できる位の何様なにさまっぷりだ。あるいは私は疲れて幻覚を見ているのかもしれない。



「参加は致しかねます、としか言いようがありません。このままでは平行線でしょうし、この件は一度持ち帰って検討させて頂きます」


「貴様はいずれ俺の命令に従うことになる。その反抗的な顔も作れなくなるだろう。覚えておけ」



 不穏ふおんな台詞を吐くなり部屋を出る青龍寺。起きている事態が完全に謎だ。ミュージカル本番に向けた企画か何かだとしても、一生徒に実施するものとしてはあまりに度が過ぎている。


 あれでは反抗心がにじみ出てしまうのも仕方がなかろう。私は演技が下手なのだから。




*****




 日程を消化した後で職員室に寄った。言うまでもなく、青龍寺の奇行をタレこむためだ。話を聞いた岩見担任は一言。



「そうですか、学年主任に報告しておきます」


「あの、それだけですか?」


「言い忘れたことがありますか?」


「私の今後についての岩見先生からのアドバイスが、あると思います」



 迫力ある話をあっさり流されたため、無駄に食い下がる私。



「山中山さんは今後どうするつもりですか?」


「そうですね。まず夏休み中の登校は控えます。九月は学園祭当日まで、一対一の状況を作らないよう行動してしのごうかと」


「では、そうしてください。問題があれば報告をお願いします」



 食い下がろうにも滑るだけだった。取り付く島もない。岩見担任はアイスの食べ過ぎで腹を冷やせばいいと思った。




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