第4話 時代の徒花
ある土曜日の朝。今日は待ちに待った花鳥祭の日だ。正確を期せば、待ち焦がれているのはこの
『大講堂』、ダンスホールなる謎めく会場さえ含まれる複合校内施設に入ると、
非常に文化的なその会場で、いつもの制服に身を包んだ私は明らかに浮いていた。私とて多少は考えたものの、とにかくドレスを借りる金が惜しかった。要はドレスコードをクリアすれば良いのだ。
「あら、ご覧になって? 花鳥祭に似合わしくない花が一輪咲いていましてよ?」
「花鳥祭を何だと思っているのだろうね?」
来て早々、見るからに脳内が花畑な女にコケにされた。隣の男共々、こちらを横目に聞こえるような調子で受け答えをしており、不快極まりない。
「私のことでしょうか」
「えっ。あ、コホン。誰も貴方のこととは言っていませんわ。ねえ?」
「そ、そうだね。まあ、場を読めない人にはわからないかもしれないけどね」
話しかけてみれば二人で見合って
「私達にとって制服は正装であり、花鳥祭は当校の学校行事です。私は当校の誇りある生徒として、制服での参加に恥じる点は一切ありません」
私が当校の
「あ、貴方のことではないと言ったでしょう!」
「ほ、ほら、もう行こう」
男子生徒が
あら、よく拝見すればラフレシアのような
まったく、お上品な当校とはいえ、金を積むしか能の無いロクでもない連中が一定数いるので困る。どこぞの金も積まないろくでなしよりは良いかもしれないが。
無駄な問答のせいで多少注目を集めた。また面倒なのに絡まれては
*****
「これより第百三十四回、花鳥祭を開催します」
生徒会の男子生徒が宣言し、見事な冗長さをみせた開会の儀が終わった。
ややあって音楽が流れ、生徒たちが踊り始める。ペアのいない私はひとまず壁際のテーブルまで移動し、水差でグラスの中身を満たして口に運ぶ。
花鳥祭では
生演奏の音楽に耳を傾けつつ
生徒会長であるトルネード兄に代表される、生徒会メンバーのペアがかなり目に付きやすい。その他にも目立つのが何組かはいるようだが。
その何組かの内に顔見知りのペアがいる。
ただ、コロコロ表情を変える姫山と凍てつくアイスマンの対比はかなり笑えた。ぜひアルバムの一ページにでも収まって貰いたいところだ。何だったら、キラキラした特殊効果をつけてくれても構わない。
*****
フリータイムになると、女子生徒はダンスフロアから外れていく。ダンスの申し込みを待つためだ。どうにも、誘うのは男子生徒からというのが通例らしい。
男女共同参画社会を
私は他の女子生徒とすれ違うようにしてフロアへ移動する。
「私と踊っていただけませんか」
「……喜んで」
私の申し出に顔を引き
この調子でペアを見つけて踊ればいいだろう。幾分疲れて見える男子生徒に一礼して次の犠牲者を探す。ところが警戒されているのか近場に生徒がいなくなり、私は円形の
辺りを見回しても顔を
そんな中で、奥の方からこちらに歩いてくる生徒が見えた。威風堂々と歩み寄って来たのはトルネード兄、その人。
正直に言うとあまり会いたくなかった。私は結局、この男の要求水準を満たせないまま本番に
「僕と踊っていただけますか、お嬢さん」
「喜んで」
苦虫を噛み潰す番が私に回ってきた。無論、表情に出すわけにはいかないので、私は努力の笑顔でもって手を取る。
兄からの評価は悪くとも、トルネード妹からは何とか合格点を貰えている。くだらないミスなどしてしまえば、
「練習の成果をみせてごらん」
「…そう致しましょう」
不意に耳元で
そのままリードに身を任せていると、当校の理事や
なるほど、奴らにアピールしろということか。私は確信を持ってトルネード兄に視線を送る。トルネード兄は
と言っても私が気張る必要はあまりない。優れたリードを信頼し、正しい姿勢を維持してフォローしていればいいのだ。
酷い猫背の私とはいえ、
これが練習でなく本番だろうが、地位の高い
「ありがとうございました」
「うん、及第点といったところかな。続けて花鳥祭を楽しむといいよ」
トルネード兄から初めて及第点を貰った。厳しさの中にふと
ただ私は、優しさに心動いたというよりも、トルネード貴族共から解放される喜びをひしひしと感じていた。
生徒会長がペアを務めてくれたおかげなのか、その後は逆指名をする必要がない程度には相手に困らなかったし、露骨に嫌な顔をされることもなくなった。トルネード兄の求心力の高さが伺える事例だ。
*****
くだらないフリータイムの終了が告げられて昼食の時間となった。鬼門を抜けた私は、普段は入れない学内レストランで料理を皿に移している。
なんと花鳥祭の運営費用は当校後援会の寄付金から拠出されるらしく、生徒はタダ飯が食えるのだ。
どうやら青龍寺と姫山を中央にして、生徒会ペア三組が同席しているらしい。生徒会役員の男子生徒は会計、書記、庶務。私と同じ二年の連中だ。
超人姫山はアイスマンのペアとして
そんな訳で彼女は、異常な人脈を気味の悪い速度で作り上げている転入生として注目を集めに集めている。私が生徒会長と踊った事件など誰も気にしていないだろう程だ。その調子で存分に高校生活を
私は食事に満足すると、午後の部が始まるまでトイレに籠って安全に過ごすことにした。
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