第4話 時代の徒花


 ある土曜日の朝。今日は待ちに待った花鳥祭の日だ。正確を期せば、待ち焦がれているのはこのもよおしが終了する瞬間である。練習するうちに踊るのが楽しみになってきた、などという愉快ゆかいな話では断じてない。



 『大講堂』、ダンスホールなる謎めく会場さえ含まれる複合校内施設に入ると、豪華爛漫ごうからんまんにドレスが咲き乱れていた。男子生徒は女性を引き立たせるようなタキシードを着ている。


 非常に文化的なその会場で、いつもの制服に身を包んだ私は明らかに浮いていた。私とて多少は考えたものの、とにかくドレスを借りる金が惜しかった。要はドレスコードをクリアすれば良いのだ。



「あら、ご覧になって? 花鳥祭に似合わしくない花が一輪咲いていましてよ?」


「花鳥祭を何だと思っているのだろうね?」



 来て早々、見るからに脳内が花畑な女にコケにされた。隣の男共々、こちらを横目に聞こえるような調子で受け答えをしており、不快極まりない。



「私のことでしょうか」


「えっ。あ、コホン。誰も貴方のこととは言っていませんわ。ねえ?」


「そ、そうだね。まあ、場を読めない人にはわからないかもしれないけどね」



 話しかけてみれば二人で見合って狼狽うろたえ始めた。制服のどこに問題を見受けたのか聞き出したかったが、話にならない反応だ。爆弾花の異名を(内心の自称で)とる私に絡むとは、さては私の人となりを知らない一年か。



「私達にとって制服は正装であり、花鳥祭は当校の学校行事です。私は当校の誇りある生徒として、制服での参加に恥じる点は一切ありません」



 私が当校のほこりであることは長年掃除していない棚の上に置くとして、実は当校の制服はそこらの華美なドレスよりも遥かに高価なのだ。デザインはもちろん、生地や縫い目の仕上がりを見ても素晴らしいの一言に尽きる。



「あ、貴方のことではないと言ったでしょう!」


「ほ、ほら、もう行こう」



 男子生徒が衆目しゅうもくを意識したのか、ペアはそそくさと去っていった。


 あら、よく拝見すればラフレシアのようなはなやかなドレス。そちらの方もきらびやかなタキシードでまるで銀蠅ぎんばえのよう。よくお似合いのペアですね。もう二度と私を視界に入れないで頂ければ幸いです。ごきげんよう。


 まったく、お上品な当校とはいえ、金を積むしか能の無いロクでもない連中が一定数いるので困る。どこぞの金も積まないろくでなしよりは良いかもしれないが。



 無駄な問答のせいで多少注目を集めた。また面倒なのに絡まれてはたまらないので、トイレに逃げ込んで開宴かいえんを待つことにする。







*****







「これより第百三十四回、花鳥祭を開催します」



 生徒会の男子生徒が宣言し、見事な冗長さをみせた開会の儀が終わった。


 ややあって音楽が流れ、生徒たちが踊り始める。ペアのいない私はひとまず壁際のテーブルまで移動し、水差でグラスの中身を満たして口に運ぶ。あせる必要はない。


 花鳥祭では親睦しんぼくを深めることを目的に、ペア以外と踊る時間が設けられている。そのフリータイムを待つのだ。


 生演奏の音楽に耳を傾けつつはたから見ていると、華があるペアというものが確かに存在していることに気づく。


 生徒会長であるトルネード兄に代表される、生徒会メンバーのペアがかなり目に付きやすい。その他にも目立つのが何組かはいるようだが。



 その何組かの内に顔見知りのペアがいる。すなわち青龍寺と姫山だ。



 細工さいくの入ったグラスを置いて彼らを見ていると、動きにかたさが見え隠れする姫山が、時にこの上なく優雅ゆうがに印象付けられる。それを導く男側の技量には感服するほかない。


 ただ、コロコロ表情を変える姫山と凍てつくアイスマンの対比はかなり笑えた。ぜひアルバムの一ページにでも収まって貰いたいところだ。何だったら、キラキラした特殊効果をつけてくれても構わない。







*****







 フリータイムになると、女子生徒はダンスフロアから外れていく。ダンスの申し込みを待つためだ。どうにも、誘うのは男子生徒からというのが通例らしい。


 男女共同参画社会をうたう昨今においては、時代の徒花あだばなとも言うべき黴臭かびくさい習わしだ。そんな腐った慣習に縛られる私ではない。


 私は他の女子生徒とすれ違うようにしてフロアへ移動する。



「私と踊っていただけませんか」


「……喜んで」



 私の申し出に顔を引きらせた男子生徒と踊り出す。他の生徒よりも逃げ足が遅かったのが彼の敗因だ。喜んで応じてくれたのだから、ここは大人しく犠牲になってほしい。


 この調子でペアを見つけて踊ればいいだろう。幾分疲れて見える男子生徒に一礼して次の犠牲者を探す。ところが警戒されているのか近場に生徒がいなくなり、私は円形の空隙くうげきの中心に追いやられてしまった。


 辺りを見回しても顔をらさんとする男子生徒がうつるばかりだ。


 そんな中で、奥の方からこちらに歩いてくる生徒が見えた。威風堂々と歩み寄って来たのはトルネード兄、その人。


 正直に言うとあまり会いたくなかった。私は結局、この男の要求水準を満たせないまま本番にのぞんでしまっているのだ。



「僕と踊っていただけますか、お嬢さん」


「喜んで」



 苦虫を噛み潰す番が私に回ってきた。無論、表情に出すわけにはいかないので、私は努力の笑顔でもって手を取る。


 兄からの評価は悪くとも、トルネード妹からは何とか合格点を貰えている。くだらないミスなどしてしまえば、苦悶くもんに満ちた練習の意味がかすんでくるというものだ。



「練習の成果をみせてごらん」


「…そう致しましょう」



 不意に耳元でささやかれて泡も食う。不味まずいことに冷静さを欠くスタートだったが、身体はしっかり動いてくれた。練習していない動きは控えて頂きたい。


 そのままリードに身を任せていると、当校の理事や来賓らいひん鎮座ちんざする席の真正面に移動してきた。


 なるほど、奴らにアピールしろということか。私は確信を持ってトルネード兄に視線を送る。トルネード兄は一見いっけん優しげな微笑みを見せると、私のフォローを要求した。


 と言っても私が気張る必要はあまりない。優れたリードを信頼し、正しい姿勢を維持してフォローしていればいいのだ。

 酷い猫背の私とはいえ、伊達だてに過酷な練習をこなしてはいない。加えて、ここ最近の主なストレス源からの解放が近い状況。


 これが練習でなく本番だろうが、地位の高い爺婆ジジババの前だろうが、リラックスして踊れるというものだ。もうそろそろ終わりだと思えば、今回の取り組みの中で嫌悪を抱いた社交ダンスでも、楽しんでやろうという気すら沸いてきそうだ。



「ありがとうございました」


「うん、及第点といったところかな。続けて花鳥祭を楽しむといいよ」



 トルネード兄から初めて及第点を貰った。厳しさの中にふとのぞかせるこういった優しい笑顔が、生徒からの人気を集める要因の一つなのだろう。


 ただ私は、優しさに心動いたというよりも、トルネード貴族共から解放される喜びをひしひしと感じていた。




 生徒会長がペアを務めてくれたおかげなのか、その後は逆指名をする必要がない程度には相手に困らなかったし、露骨に嫌な顔をされることもなくなった。トルネード兄の求心力の高さが伺える事例だ。







*****







 くだらないフリータイムの終了が告げられて昼食の時間となった。鬼門を抜けた私は、普段は入れない学内レストランで料理を皿に移している。


 なんと花鳥祭の運営費用は当校後援会の寄付金から拠出されるらしく、生徒はタダ飯が食えるのだ。


 ぜいを尽くした品々がバイキング形式で並んでおり、これらをどう組み合わせていくかが悩みどころだ。こういう時は小食な我が身が恨めしい。



 すみの方の区画で孤食にはげんでいると、多くの生徒が様子を伺っているテーブルがあることに気付く。



 どうやら青龍寺と姫山を中央にして、生徒会ペア三組が同席しているらしい。生徒会役員の男子生徒は会計、書記、庶務。私と同じ二年の連中だ。


 超人姫山はアイスマンのペアとして鮮烈せんれつな登場をかざっただけでは飽き足らず、フリータイムで生徒会役員を完全制覇したらしい。


 そんな訳で彼女は、異常な人脈を気味の悪い速度で作り上げている転入生として注目を集めに集めている。私が生徒会長と踊った事件など誰も気にしていないだろう程だ。その調子で存分に高校生活を謳歌おうかして欲しい。


 私は食事に満足すると、午後の部が始まるまでトイレに籠って安全に過ごすことにした。



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