第5話 家庭教師

「ダンや。ちょっといいかの」

「村長。どうしたんですかい?」

「ジンにの、家庭教師を付けたらどうかと思ってのぉ」

「ジンにですか? 必要だとは思いませんが......」

「よく考えてみるのじゃ。村を出てからもこの村にいる時と同じようなことをしてみろ。どうなるか分かったものじゃないじゃろう」

「なるほど。確かにそうですね」


そんな話をダンと村長で決め、家庭教師に来てもらうことになった。

肝心の家庭教師はというと、クリスにお願いして連れてきて貰うことになった。


ーー


約束の日、クリスがやってきた。


「村長、連れてきました。」

「王都で魔法学校に通っています。シルフィ・スミスと申しますわ」

「これはこれは、貴族様がこんな村まで来ていただいて、ありがとうございます」

「お父様に言われたことだから、しょうがないですわ。夏休みの間、お願いしますわ」

「はい。よろしくお願いしますわい。今から教えて貰う子のところに案内しますわい」


そういうと村長は、シルフィを連れてダンの元へと向かった。


「ダン! ちょっといいかの!」

「はーい。あっ、村長。もしかしてその人が?」

「私、王都で魔法学校に通っております。シルフィ・スミスですわ」

「これはこれはご丁寧に。ダンと申します。家庭教師をしてもらう子を呼びますね」


奥の方へ行くと声をかける。


「ジン! ちょっといいか!?」

「なに? 父ちゃん」

「この方に、ジンに世界の常識を教えて頂こうと思って連れてきてもらった!」

「私、王都で魔法学校に通っております。シルフィ・スミスですわ。よろしくお願いしますわ」

「うん! お姉ちゃん、宜しく! 明日から楽しみだな!」

「素直そうな子でよかったですわ」

「家の子を気に入って頂けて何よりです。では、明日から、よろしくお願いします」


顔見せが終わるとそれぞれ戻っていく。

ユイが顔を見せ、シルフィに声を掛ける。


「今日から、うちに泊まって下さいな。この村は宿屋とかないもので、すみません」

「それは、申し訳ございませんわ。よろしくですわ」


ジンはそのやりとりを見ながら思った。

この娘に何を学ぶことがあるのか?と。

魔法を使えば何でもできるじゃないかとそう思ってしまっていた。

自分が異常であることには気づかずに。

しかし、この家庭教師に教わる事で常識がわかるのであった。


ーー


次の日、早速、授業の時間であった。


シルフィが夏休みと言っても王都に帰る分を考えると1カ月しかいれない。

それまでに教えてもらわないといけないのだ。


「では、常識ということで、この王国の名前はわかるかしら?」

「ここって、王国なの?」

「そこからでしたのね、わかりましたわ」


そういうと、地図を取り出した。


「真ん中のここが我が国のアリア王国、北がフューリア帝国、西がヨーグ国、東が聖ルドルフ国で、最後に南がドルゴ連合国ですわ」

「うん。覚えた」

「そうですわ? 早いですわね。それでは、今住んでいる村がここですわ」


やや左下を指す。


「それで、王都がここですわ」


国の真ん中を指す。


「なるほど、外敵から守る為に王都は真ん中なんだね」

「賢いわね。その通りですわ。今もなお、戦争が各地で起こっていて何処も安全ではないのですわ」

「へぇ。戦争なんてあるんだ」

「そうですわよ。たくさんの人がお国の為に殉職していっていますわ」

「くだらねぇ」

「何かいいました?」

「うんん。何でもないよ。みんな大変だね」

「そうですわね。私の父も騎士団にいる為に戦争に駆り出されていますわ」

「そうなんだ。寂しくないの?」

「お国の為だもの。仕方がないですわ」

「お国の為ねぇ」

「騎士は国の為に命を張るものですわ」

「へぇ」


シルフィの話を聞いていたジンは気分が悪くなってきていた。

現代日本からすれば、戦争の悲しさ、戦争により人々の暮らしがどれだけたいへんだったか。

どれ程の罪のない人が亡くなったのか。

そのことを知っているジンは、心の中で憤っていた。


「では、お金の話をしましょうか。金貨一枚は銀貨何枚かしら?」

「あー、わかりません。」

「銀貨10枚ですわ。銀貨1枚が銅貨10枚になりますわ」

「なるほど。覚えました。」

「では、金貨1枚を持って銀貨1枚と銅貨2枚の買い物をしました。お釣りは何枚ですわ?」

「銀貨8枚と銅貨8枚です」

「は、早いですわね」

「優しい問題だったので」

「この問題は学院じゃないとやらないですわよ?」

「そうなんですか? なるほど、それが常識ですか。勉強になります」

「なんか馬鹿にされたですわ?」


このやり取りだけでジンには分かったことがある。

学園に行けるような貴族じゃないとこの程度の事も教えて貰えないのだ。

金がないと教育が受けれないという、それが常識であることが分かった。


「では、次に魔法の話をしますわね。魔法というのはわかるかしら?」

「はい。魔法陣を展開して魔力を流し発動するものです」

「そうですわね。しかし、一つ詠唱が必要というのが抜けておりましたが、よく知っていましたわね」

「はい? 今なんていいました? 詠唱が必要?」

「えぇ。そうです。詠唱をして魔法陣を展開し、魔力を流す。それが常識ですわ」

「......そうなんですね。よくわかりました。ちなみに詠唱がいらない人もいます?」

「えぇ。おりますわ。魔法士の頂点に近しい人ですわね。」

「......よくわかりました。」


ジンは衝撃を受けていた。

魔法に詠唱が必要?

詠唱なんてしたことがないジンには、理解できなかった。

なので、質問してみることにした。


「シルフィ先生! 魔法を見せて欲しいです!」

「せ、せんせい......。わかりましたですわ! 外でやりましょう」


2人は外に出て魔法を試してみることにした。


「危ないので、水魔法にしますわよ?」

「はい。お願いします」

「水よ! 矢の如く我が意のままに行け!」


そういうと魔法陣が展開される。


「ウォーターアロー!」


ズドン


岩に当たり、水の矢が弾ける。


「こんなところですわ? どうでした? 魔法というのはすごいでしょう?」

「シルフィ先生、魔法陣出てたじゃないですか?」

「ええ、出てました」

「その魔法陣を頭の中で思い浮かべてそれをそのまま投影させれば詠唱いらないんじゃないですか?」

「そんなの無茶ですわ! 魔法陣を頭の中に浮かべるのに詠唱が必要なんですわ!」

「あぁ。理解できてないから、そういうことになるのか」

「何かいいました?」

「シルフィ先生、魔法陣に無駄があるので、直しませんか?」

「そ、そんなことできるわけがないですわ!」

「俺が考えた詠唱でやってみてくださいよ」

「ふ、ふんっ。そんなに言うならやってみないこともないわ」


ふんぞり返って偉そうにしているシルフィに少しいたずらしたくなったジンは常識では無理だと知りながらも、詠唱の修正を試みる。


「では、無駄を省きます。『水の矢よ、貫け』っていって魔法を放ってみてください」

「そんなの魔導書にもありませんわよ!?」

「いいから、いいから」

「わ、わかりましたわ」


手を岩の方へ向けて詠唱を始めるシルフィ


「水の矢よ、貫け! ウォーターアロー!」


ズガァンッ


岩にヒビが入る。


「へっ? どういうことですの?」

「ねっ? 威力の速さも段違いでしょ?」

「オ、オリジナル詠唱」

「ホントはもう少し無駄があるんだけど、そこは魔法陣を直接直さないと直らないね」

「魔法陣を直接直す!?」

「そう。見てて」


ブンッ


違う岩に手をかざし魔法陣を展開させる。


ビュンッ ズガァァァァァンッ


岩が木っ端微塵に砕け散る。


「何事だ!」


ダンが駆けつける。


「大丈夫だよ。父ちゃん。シルフィ先生に魔法を見せてもらってたんだ」

「さっきのは、シルフィさんがやったのか?」

「ううん。俺がやったよ?」

「魔法をシルフィさんに見せたのか!?」

「うん。まずかった?」

「いや、まずくわない。シルフィさん、後でお話が......」

「わ、わかりましたわ」


呆然とした様子のシルフィ。沈黙したまま家に入っていく。


(やべえ。ちょっとからかいすぎたかな?)


ーー


その夜


「シルフィさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

「はい。今日の魔法のことですよね? どういうことですの?」

「私達親でさえなんでかはわからないのですが、ジンは産まれた瞬間から無詠唱で魔法を使って見せました。不思議な子です。ですが、私達の大事な子なんです。今日の事は誰にも話さないでもらえませんか?」

「誰に話してもあんな子供が無詠唱で魔法を使うなんて、信用しませんわ」

「魔法だけではないんです。こちらへ」


ダンは外に連れ出した。


「外に何かあるんです......あの明かりはなんですの!?」

「魔道具です。あれもあの子が作りました」

「えぇ!? あんなの王都でも見たことありませんわよ!」

「それだけじゃありません。これもです」

「これは!? お父様が手に入れたという途轍もない魔法剣ですの? これもジンくんが作ったんですの!?」

「そうです。私達はそれが王国に知られないように隠してきました」

「確かにこれは知られたら一大事ですわ。力ずくでも、戦争に使われますわ」

「そうでしょう。それを阻止する為に、隠し通しているのです。どうかご協力ください」


頭を下げるダン。


「私は、魔法学院に入学して自分が凄い人だと思っていましたわ。でも、今日でそれが間違いであると気づかされました。お父様がなぜこの村に行くように言ったのか。漸く理解できましたわ。頭を上げてください。ダンさん。私にもジンくんを守らせてください。」

「ありがとうございます!」

「私が常識を教える代わりに魔法を教えて欲しいのですわ!」


「いいよ」

「ジンくん!? 聞いていたんですわ?」

「途中から聞いてたんだ! なんか俺の為にすみません」

「そんなことないですわ」

「ジン。言ってなくてすまない」

「いいんだよ。父ちゃん。それで家庭教師だったんだね。理解できたよ。俺も気を付けるね」


この一件で漸く自分が普通の認識とずれていることを理解したジンは、今後親に迷惑をかけないように自重しようと誓うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る