第34話 追跡者
今朝も訪れていたファストフード店の駐車場で網野と玲は二人からの連絡を待っていた。
上手くいっているだろうかだなんて、考えていても二人の成功に繋がるわけではない。こちらの心配と不安が増すだけだと、網野は無心で手に持つスマホを眺めていた。
そのスマホがバイブレーションと共に、着信音を奏でる。網野はすぐに応答した。
「もしもし」
『今MMLを脱出しました』
「良かった。すぐに行く」
『あ、何があるかわからないので電話は繋げたままでお願いします』
大波田にもわかりましたと答え、スピーカーモードにしたスマホを玲に預ける。その後、車のエンジンをかけ発進した。
無事に脱出できて良かった。第一関門は突破したというわけだ。報告を聞いた玲も少し安心しているようだった。
ファストフード店の駐車場を出て、MMLの方へ向かう。すると一台の人魚運搬トラックがタイミング良く現れた。
「あれだな」
『網野さんたち、サイドミラーで確認できました。このまましばらく走りましょう』
金沢シーサイドラインに沿って車を走らせる。イオンが左手に見えてきたあたりで、網野は玲の異変に気がついた。彼の顔に先ほどまでの安心した顔はない。網野も緊張感が戻ってきてるが、玲はそれ以上に心配そうな顔をしていた。
「玲、どうかした?」
「いや……暗いから自信はないんだけど。後ろを走ってる車、浦田兄さんの車と同じ気がする」
玲のその言葉で車内の空気が凍る。トラック側もそうであると電話越しでもわかった。
『網野さん、万全を期して俺たちから一、二台分離れて走行してください。その車に網野さんたちが乗っていることもバレてはまずいです。もちろん既にバレている可能性も考慮できますが、備えるに越したことはありません』
「それが懸命ですね」
と、網野は車線変更をする。しかしトラックを見失わないように、追いかけられるように速度を気持ちだけ落としておいた。
車線が変わったことで浦田のものだと思われる黒いポルシェがトラックの真後ろに着く。網野らからすれば斜め前にポルシェがあった。
玲がそのナンバーを一瞥する。
「……間違いない。浦田兄さんだ!」
玲の疑問が確信に変わる。ただでさえ冷えていた四人の間の空気が氷点下を下回った気がした。
『研究室の書き置きに気づかなかったんですかね』
自分で準備した釣井は気がついてもらえなかったことに不満そうだった。
『気が付いてもらえなかったのなら、仕方がありません。このまま撒けるまで走ります』
「撒けるって、どうやって」
相手は公安。広い道路。夜や交通量のハンデがあっても、逃げられる見込みはゼロに近いだろう。大波田は何か策があるというのだろうか。
『……運ですよ』
「一ついいかい」
そこで玲が口を開く。
「仮に浦田兄さんらが書き置きに気がついていないのだとしたら、何も気にせず追ってっくるということでしょ? どうしてこんな風に気配を消すようにして、コソコソ追いかけてるんだろう」
『確かに、どういうことでしょう』
大波田も玲の疑問に同意した。しかし網野はすぐに原因が思い当たった。
「トラックが向かった先に僕と玲がいると考えているのかもしれない」
『なるほど。だから今は泳がせてるってことですね』
「浦田兄さんらしい、やり方だ」
『え、じゃあこれっていつまでも追いかけられるんじゃないですか?』
釣井の言う通りだった。浦田の予想は外れている。彼の目的の網野と玲はここにいるのだから、トラックが行く先に二人がいることはない。それはつまり永遠に追走されることを示していた。
『今は俺たちが気づいていることを彼に悟られないように。後は研究室の書き置きに誰かが気がついて浦田に報告してくれると願うだけです』
「それしかないですね」
車は緩いカーブを進み、南部市場の隣を通り過ぎた。
危惧していたことが起きてしまった。しかし予想していた緊急事態だったことにより、皆冷静を保っていた。
網野は浦田のポルシェの斜め後ろという絶妙な位置を保ちながら、玲と共に奴の動向を探ろうと試みる。日中ならともかく、真夜中なので車の中を覗き見るのは難易度が高い。それどころか不可能とも言えた。
道路は大岡川分水路に差し掛かりトラックと網野はウィンカーを付け、左折の準備を始めた。しかし浦田のポルシェは突然トラックを追うのをやめ、そのまま直進して行った。その奇行に四人は逆に戸惑いを隠せない。
「どういうことだ?」
一番親交が深かった玲さえも彼の行動に唖然としていた。
浦田のポルシェはどんどん離れていき、網野らは環状2号を進む。
「え、でもこれってつまり、追手がいなくなったってこと……?」
緊張感がまだ残っているが故に安心していい根拠が欲しかった。それを他の三人に網野は求めた。
『ということになりますね。思ったよりも短いカーチェイスで助かりました』
大波田の回答に真っ先に喜びの声を上げたのは釣井だった。
『ああああ! 良かった! 怖かった!』
網野らには声しか聞こえていないが、思いっきり伸びをしている釣井の姿が網野には容易に想像ができた。
網野も心の底から安堵した。ようやく緊張感が解け、どっと疲れが押し寄せてくるようだった。もちろん、まだ疲れただなど言っていられない。ゆっくりと深呼吸をして、再び気を引き締める。
『念の為しばらく車を走らせて、市沢町で合流しましょう』
彼の提案に頷き、網野はハンドルを握り直した。
市沢町に着き、コンビニの駐車場にトラックとイグニスを停める。腹拵えも兼ねてチキンとコーラを買い、作戦成功を祝った。柔らかい肉を噛みちぎると口の中に肉汁が溢れる。ただのコンビニのチキンだが、今夜はやけに美味しく感じられた。
網野はティナにも会ってご飯を上げたいと大波田に言ったが、さすがに街中ではやめた方が良いと断られた。
「俺の車はこのコンビニに放置で構わないので、網野さんと玲さんは後部座席に乗ってください」
「わかりました」
長居はしていられないと、チキンを食べ終えると四人はすぐに次の準備を始める。イグニスに積んでいた四人分の着替えの鞄をトラックの座席に移し、それぞれが抱える形で座った。
「これからどこへ逃げるんですか?」
網野が大波田に尋ねると、彼はスマホでナビを設定しながら答えた。
「甲府に行きます」
「甲府? どうして」
「安直ですが人魚を連れていながらも、あえて内陸に行こうっていうのがまず一つ。もう一つは芸大に進んだ高校時代の先輩が甲府にいるんです。このトラック、逃亡するには目立ちすぎるのでリペイントしてもらおうと思って。その後にガソリン補給です」
ティナの救出から逃走まで何もかも大波田がやってくれていた。頼りになる存在が味方にいることに網野はどれだけ感謝しても足りない気がした。
「大波田さん、本当にありとうございます」
「お礼は全部終わってからにしてください」
大波田はハンドルの横にあるスタンドにスマホを設置し、シートベルトを締めた。
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