第30話 作戦会議
時刻は間も無く九時を迎える。網野と玲は夕食も既に終え、入浴も済ませていた。玲がずっと着ていた上下白のスウェットは洗濯機に掛け、代わりに網野のジャージを貸した。赤い生地に白いラインが入った網野が高校時代に使っていたものだ。玲には少しサイズが大きめかも知れないが、今は仕方がない。
網野もジャージに黒のトレーナーというラフな格好で待機していた。
テレビの前に置いてあるデジタル時計が九時になった瞬間、外から車が駐車する音が聞こえてきた。やがてインターホンが鳴らされる。玄関扉の覗き穴で来客の姿を確認すると、網野は静かに扉を開いた。
「さあ、上がって」
大波田は紺色のシャツに、ベージュのパンツ。釣井は以前一緒にセイレーンへ行った時に買ったワンピースを身につけていた。彼女らは「お邪魔します」と言いながら、靴を脱ぎ部屋へ上がる。
二人がリビングに入ると、ソファに座っていた玲が立ち上がり、
「初めまして。汐入玲だよ」
と、挨拶をした。予想はしていたが、案の定二人は驚いた。網野は玲がいることを伝えていなかったし、しかも二人の認識では玲は砂浜に立っていた怪しい少年だ。驚くのも無理はない。
「あ、網野先輩、どうして彼がここに?」
こら指を差すなと、釣井の人差し指を抑えながら網野は答える。
「まあ、それは追々話すよ。一先ず挨拶」
「初めまして。MMLで飼育員をやってます。大波田です」
釣井の横で大波田も軽く会釈する。
「え、めっちゃ普通」
「初対面の人に普通じゃない挨拶なんてしないでしょう。何なら初対面じゃなくてもしないでしょう」
「……大波田さん、オーバーキル」
釣井は縮こまりながら、片手を少しだけ上げ、
「……釣井風花です」
と呟いた。
彼女の様子に網野ら三人は笑いを堪えきれなかった。おかげで場が少し和む。もっと暗く重くなると思っていたので、網野は安心した。
「網野さん、これ差し入れです。すぐそこのコンビニで買ったものですが」
大波田がレジ袋を差し出し、網野はそれをありがたく受け取る。中身を見ると、チョコレート菓子やクッキーなどが入っていた。
「ありがとうございます。飲み物、麦茶しかないんですけどいいですか」
「全然いいですよ」
網野はもらったお菓子を大皿に出し、テーブルへ運ぶ。四人分の麦茶は釣井が注いでくれた。テーブルを四人で囲む。網野と玲が隣同士に、大波田と釣井が並んで座った。
まずは網野がどうして深夜にMMLにいたのか、玲との関係性について二人に一から百まで全て説明した。釣井からはどうして同じ研究室の自分を頼ってくれなかったのかと叱られたが、それ以外のことは二人とも全て理解してくれた。
「じゃあ次は俺から」
と、大波田が手を上げる。
「三週間ほど前のことです。今朝死んでいた同僚、鈴川が良い副業を見つけたと言っていました。鈴川は飼育員内でもあまりよく思われてなく、飼育員試験にもなぜ合格したか疑うほど人魚の扱いも雑な飼育員です。言葉遣いも荒いし、とにかく悪目立ちする奴でした。そんな奴だったからこそ、彼が副業を見つけたと喜んでいた様子を覚えていたんです」
彼は続ける。
「鈴川のことだからろくな仕事じゃないだろうと思っていました。もしかしたら、彼を殺害した犯人の関係者から請け負ったかもしれない、という話だったんですが玲君が海王会の人間となると確認できそうですね」
大波田は玲の方へ視線を送った。玲も頷きながら回答する。
「企画参加者の名前まで僕は把握していなかったけど、間違いないと思う。浦田兄さんは買収した飼育員って言ってた。あの人の性格じゃ誰彼構わず選ぶわけじゃないと思うし。それにセイレーン社がバックに控えてるだけあって、海王会は金だけはあるからね。十二分にあり得る」
「それに海王会の強みは資金だけじゃない。公安が潜んでる」
玲の説明に網野が付け加えると、釣井は思い出したように口を開いた。
「そう言えば出勤していた職員全員が事情聴取を受けたんですが、初めは神奈川県警が捜査をしていたのに公安に受け渡されたそうです」
「たった一日で……。間違いなく浦田兄さんの差金だ。思ったよりも事態は深刻かもしれない。光来、浦田兄さんはどんな手を使ってでも僕を取り返そうとしてくるよ。光来の人魚にも危害を加えるかもしれない」
玲に言われずとも、網野は今ティナが自分や玲と同じくらい危険な目に晒されているとわかっていた。一刻も早く助けに行きたいが、MMLの周りは警備網が張り巡らされているだろう。
「ティナちゃんを救出するなら早い方がいいと思います。まだ報道ではMML襲撃の件しか発表されていませんが、海王会の動きが早いのなら網野さんが指名手配扱いされるのも時間の問題ですよ。そうなればMML周辺どころか日本国内を動くことさえも難しくなります」
大波田の冷静な現状分析に「わかってます!」と網野は思わず声を荒げてしまった。すぐに自分の過ちに気がつき、彼は大波田へ詫びた。
「いえ、気にしないでください。こんなことに巻き込まれて気がおかしくなりそうなのはわかってます」
と、大波田はいつもと変わらない気遣いを見せた。その姿に網野は少しだけ冷静さを取り戻した。
「僕もできるだけ早くティナを助けたい。でも、どうやって? 僕は今MMLに近づけないし、そもそもどうやってティナを連れ出すんだ? それに連れ出すには人魚運搬専用トラックもいる。しかも免許を持ってる飼育員じゃなきゃ運転できない」
「網野さん」
大波田は真剣な眼差しを網野に向け、彼の名前を呼ぶ。
「俺がいるじゃないですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます