ノゾミ・・・?

「キシャァァァァ!!」

「グルゥアァァァァ!!」


 瓦礫とかろうじて半壊で済んでいる建物がほとんどを占めるこの街で、何処からともなく雄たけびが聞こえる。その声の主はパシナか、はたまた人造パシナか・・・それは今となってはもはやどうでもいいことだ。戦って勝ったほうが負けたほうを屠るだけ。ただそれだけに過ぎない。その光景をもうあれから永遠に繰り返している・・・


 僕とヒカリが全力で衝突したときに発生した、α-パシニウム線とは違う放射線。これこそがセントラル・クライシスの肝であった。この放射線を浴びた人間たちは遺伝子改造インストール処置を施すことなく、瞬く間に肉体が人造パシナへと変態してしまう事を、僕はマユズミが残したレポートから突き止めたのだが、すべては遅すぎたのだ。


「グルゥゥゥ・・・」

「・・・はぁ。」


 今、僕の事ををうなり声を上げながら目ざとく睨みつけている人造パシナも、かつてはどこの誰とも知れぬ人間だったのであろう。しかし今や一人の男の永遠の命に対する強烈な独りよがりから生まれた身勝手な計画によって、目に映るものをすべて敵とみなす化け物に変えられてしまった。彼だけではない。この国の、いいやこの世界、この星の全ての人が、かつて自分たちが恐れていた存在、パシナになり果てて、この終わらない地獄を繰り返している。


「グワァァァァァ!!」

「・・・はっ!!」


 攻撃パターンが人造と天然とであまり変わらないのは不幸中の幸いであった。こちらの方が場数を踏んでいるので彼らの襲撃が成功した試しは一回もない。


 ドン!!

 ボゴォ!!


 相手の打撃をうまくかわしながら、外骨格の隙間の柔らかい部分・・・みぞおちに確実に攻撃を加えるだけで、相手はもだえ苦しむ。既に彼・・・彼女か?とにかくそいつは先ほどの拳が聞いたのだろうか、胸を押さえてうずくまり、くはくはと声にならない悲鳴を上げている。その姿を見て僕は罪悪感で胸が締め付けられる思いであった。人造パシナも、セントラル・クライシスも・・・すべてはこの僕、ゼロケイが生まれたことから始まったことのだ・・・全ては自分のせいなのだ。自分さえいなければ・・・この人は・・・この星の人々達はこんな思いをせずに済んだはずなのに・・・


 ザシュッ・・・・


 彼(彼女?)に対して僕ができる精いっぱいの罪滅ぼしと言えば、こうやってなるべく苦痛を感じないように介錯してやることだけだ。終わりなき地獄から解放される時、人造パシナは一瞬だけ自分が人間であったことを示すかのように、穏やかな死に顔を見せるときがある。その表情を見るときが、何よりもつらかった。そのたびに僕は心の底から詫びた。伝わらないことは分かっていても、そうでもしなければ僕は到底人間としての自分を維持できないからだ。


 僕は人造パシナの亡骸を、かつて統治政府研究所と呼ばれていた建物の残骸の一番高い所へと持っていった。放置するとその匂いを嗅ぎつけたパシナ共や人造パシナがハイエナのようにこぞってむさぼりに来る。それで新たな争いが始まるところはもう見たくないし、どうせ屠られるなら僕とに屠られた方が幾分かマシであろうと勝手ながら決めつけて、亡骸をいつもそうやって処理している。


 残骸の頂上に着くと彼女・・・ヒカリが出迎えてくれる。あのあと四肢を失ったのでいつも横たわっているままだが、僕が持ってくる「食料」でどうにか生き永らえている格好だ。


「ヒカリ・・・起きてる?」

「あ・・・あ・・・コ・・ダマ・・・くん」

「今日も、持ってきたからね・・・食べ物を・・・」

「・・・」


 僕は亡骸からコアを抜き取ると、それを半分に分けて食べやすい大きさにしてヒカリにあげた。本当なら肉の部分も食べてほしいのだが、彼女の人間としての理性が、それを拒絶して戻してしまうのだ。コアさえ食べれれば命はどうにかつなげるので大した問題ではないが、僕はそんな彼女に対して、出来れば肉を食べてもっと元気を出してほしいと思う一方、完全にパシナに近づいた僕と違い、そのような形でだいぶ人間としての感情が残っていることにどこか羨望を感じていたのも事実であった。


「さあ、食べて・・・」

「・・・」


 うつろ気な表情で僕を見つめるヒカリ。力なく開けたその口に僕は食べやすいように細かく切り刻んだコアを口移しで食べさせる。そしてそのコアをヒカリは、ゆっくりと、ゆっくりと咀嚼する。これがあの全力で殺し合いをした人造パシナ、ゼロケイとヒャクケイのたどる末路とはまさか夢にも思わないだろうな。


「うまいかい?」

「・・・」


 ようやく嚥下を終えた後に彼女は精一杯の微笑みをくれた。何も言わなかったが、それだけで僕は救われた気持ちになる。




 マユズミが考え出し、ついに成就したセントラル・クライシス計画には3つの誤算があった。


 一つ目は、β-パシニウム線で強制的に人造パシナにされた人間は全員自我を失って暴走する事。

 肉体が進化すれば頭脳も自動的に進化するだろう、という一種の思い込みーーもっともこのセントラル・クライシス計画自体強い思い込みから始まっているがーーはものの見事に外れて、人造パシナは目に映るもの全てに、たとえ同族であろうと襲い掛かるパシナと全く変わらない化け物となり果てて、結果このような殺し殺され合う終わらない地獄を生み出してしまった。マユズミに襲い来る病魔は、そのような少し考えればすぐに分かることでさえも分からなくなるくらいには奴の体を蝕んでいたようだ。これが、お前の望んだ世界だったのか?


 二つ目は、そのβ-パシニウム線が、もとから人造パシナだったものに対しては逆効果に働くこと。

 これは僕も驚いたことであったが、僕とヒカリはそれぞれが放射したβ-パシニウム線によって、崩壊していた自我が何らかの形で正常化して、この通り人間の思考を自我保護装置なしでも保てている。ただ、やはり日々襲ってくる敵から守るために、一応首から下は変態させたまま、鎧のようにして僕らは身を守っている。しかし、こうも激変した環境下においては、むしろ自我をなくして完全なパシナのままでいたほうがいっそ幸せだったのでは・・・と思う時がよくある。最後の最後で僕らは貧乏くじを引いたのだ。


 そして三つ目は・・・セントラル・クライシス計画の当の考案者たるマユズミ自身が人造パシナへの変態に耐えられなかったこと。

 正確には奴も変態しかけていたのだが、生命維持装置がだいぶ前に停止していたことから、変態前の時点で既に生命力の殆どを使い果たしていたのだろう、は、人間ともパシナともつかない姿で口から吐き出した血だまりの中で溺れるように死んでいた。

 あれほど世界を振り回しておいて、人間どころかあれほど渇望していた人造パシナの姿にもなれずに最期を迎えるとは、なんと哀れな結末だろうか。

 それ以来、僕はもうこの男についてあれこれ考えるのはやめた。考えたところで、ただ空しくなるだけだから。




 そしてあれからもう気の遠くなるような年月が流れて、今に至るという訳だ。僕は朝から晩まで動けないヒカリをかばいながらパシナ、人造パシナを捌き続けて彼女と共にそれを屠っている。


 ・・・いったい、この地獄はいつまで続くのだろうか。


 後どれだけ、パシナを、人造パシナを屠ればこの地獄から解放されるのだろうか。


 それとも、僕はこの地獄を、ゼロケイから始まったこの黙示録アポカリプスを、この命が尽きるその時まで見届けることでしか解放されないのだろうか。


 もしそうだとしても、僕は構わない。それが僕に対する神が与えた贖罪というのであれば、僕はそれを甘んじて受け入れよう。


しかし・・・彼女だけは・・・せめて、ヒカリだけは・・・解放してやってくれ・・・彼女は何も、罪を犯していないのだ・・・。

確かに彼女は変態した後すぐに人を屠ったが、それは彼女ではない、ヒャクケイがやったのだ!彼女は悪くない!!彼女はただ利用されただけなんだ!!!彼女にも罪があるというのなら、僕が代わりに背負ってやる!!!!


だから・・・どうか・・・彼女は・・・彼女だけは・・・


「コ・・ダマ・・・くん?」


はっ!!ヒ、ヒカリ・・・


「泣か・・ないで・・・」


僕はいつの間にか、彼女の前で大粒の涙をこぼしていた。人造パシナへと遺伝子改造インストール処置を施した時にも、初めてパシナと戦って大けがした時にも、・・・そして、暴走して完全にパシナになりかけた時にも流さなかった涙が、堰を切ったかのごとく頬を伝って流れてくる。


「・・・ご、ごめん、ヒカリ・・・」


もし彼女に腕があれば、今頃その可憐な手で涙をぬぐってくれるのだろうか。その答えはおのずと彼女のうつろ気だが優しい表情に現れていた。

彼女はどんな時でも僕のそばを離れなかった。どんな時も彼女は僕を見放さなかった。そんな彼女を守るために僕は自らこの人造パシナとなったが、それがかえって彼女を巻き込んでしまった。

だが、それでもなお彼女は笑みを崩さなかった。僕のせいで異形の物と化し、僕が発端となったクライシスの衝撃で四肢を失ってもなお、彼女は僕に微笑みをくれるのだ。僕はたまらずヒカリを抱きしめた。涙は止まらず、あふれる一方だった。


「コダマ・・・くん・・・」

「ごめんよ・・・ヒカリ・・・ごめんよ・・・僕の、僕のせいで・・・!!」


僕はただただ、彼女を抱きしめるしかなかった。






それからまた気の遠くなる年月が過ぎて、ヒャクケイ・・・ヒカリはこの地獄からようやく解放された。最後の瞬間までずっとそばにいてやった。彼女は別れ際にこうつぶやいて、息を引き取った。


「わ・・たし・・・コダマ・・君と・・・ずっと、一緒に・・いたい・・・だから・・・わたしを・・・」


最後の言葉はしっかり耳にした。でも、僕はそんなことは出来ればしたくなかった。だから僕は彼女が冷たくなっても、骨とコアだけになってもずっとそのままにしておいた。

そしてその死臭をかぎつけてきたパシナ共を何度も、何度も、何度も何度も、やっつけては屠った。


だが、どうやらもう年貢の納め時らしい。

あいつらはいつの間にか徒党を組むことを覚えてから、だんだんと勝つのが難しくなっていった。そして体に負っていく傷もだんだんと深いものになっていって、とうとう僕は左腕を失ってしまった。


そして今、この星の全ての天然・人造パシナ共が、僕がいる戦略機構研究所の残骸周りに集結していた。狙いは勿論、ヒカリの肉とコアだ。一匹二匹なら手負いの状態でもなんとか倒せるが、ざっと見ただけでも地平線の先の方までびっしり埋め尽くすほどの数が見受けられる。到底勝ち目がない。


出来ればヒカリの横で穏やかに最期を迎えたかったのだが、どうやら僕にはそれすらも許されないらしい。ふん、まあいいさと、僕は己の運命を鼻で笑った。いよいよ覚悟を決めるときだ。僕は久方ぶりに、本当に久方ぶりに首から上を変態させて、完全な人造パシナ、ゼロケイの姿になった。


そして、今ではもうコアと骨だけになっているヒカリ=ヒャクケイの亡骸に対して、一人の人間として、コダマとしての最後のキスをした。僕は再び、パシナになる。パシナとして、僕はいく。それが僕の運命なのだ、贖罪なのだから。僕はそう言い聞かせると、ヒカリの亡骸からコアを取り出した。こいつらに食われるくらいならいっそ・・・


「ずっと一緒だよ・・・ヒカリ・・・」


ガブゥッ!!


「ギィイイイイアアアアア!!」


僕は雄たけびを上げてパシナの軍勢に飛び込んだ。パシナ共はそれを合図に大きな波となって僕に覆いかぶさってきた。そこから先は、めちゃくちゃに戦ったのでよく覚えていない。






「ギッ・・・ギッ・・・ゲボォッ!!」


正直、自分でも驚くほど善戦したと思っている。片腕だけでよくここまで戦えたものだ。でも、もうだめだ。息をするたびに大量に血反吐をはいてしまう。


「ハァ・・・ハァ・・・」


パシナ共の舌なめずりの音が鮮明に聞こえる。僕を屠ろうというのだ。抵抗しようにももう体が言う事を聞かない・・・少しでも動こうものなら体中から血が噴き出てしまうのだ。


もう十分だ。もうこれまでだ。いっそひとおもいに・・・早く解放してくれ・・・その思いに反するように、奴らはゆっくりと、ゆっくりと、僕に近づいてくる。

断続的に襲ってくる痛覚に、僕はいよいよ意識が遠のき始めた。いよいよだ・・・ようやく僕は、この地獄から、解放される・・・


「ヒ、ヒカリ・・・もうすぐ・・・そっちに、行くからね・・・」


僕は目を閉じた。パシナ共の息遣いが間近に聞こえる。僕が今まで奴らにしてきたように、僕も今から屠られるのだ・・・


ドクン


ああ、心臓が鼓動している。もう死の直前だというのに。


ドクン


・・・ん?


ドクン、ドクン


心臓の音にしては大きすぎる・・・いったい何の音だ・・・?

僕はいったい何事かとせっかく閉じた目を開いて様子をうかがった。そして僕は、思わず目を疑った。僕の下腹部が異様に膨れ上がっている!全身を激痛が走るせいで全く気が付かなかった。


ドクン、ドクン、ドクン!!


瞬きもしないうちに膨張していく僕の体に、周りのパシナ達も困惑を隠せず、成り行きを見守っている。既にその膨張は、僕の体の倍近くまで膨れ上がっていた。


ドクン、ドクン、ドクン、ドクン!!


・・・何かがいる。僕の直感がそう告げた。何かが僕の中で育ち、そして今、僕の体を突き破って出ようとしている!まるで、長い冬眠を越えたさなぎの中から、蝶が羽化するかの如く・・・


・・・ピキ


ピキピキピキピキピキ・・・


「・・・生まれた・・・」


それは、人間の女性の形を模していた。羽化したばかりの羽をゆっくりと伸ばして、けだるげな顔を見上げたかと思えばもうその羽で空へと飛び立とうとしている。その姿はまさしく蝶と重なった。この状況を僕の死にかけた頭で理解するのは無理な話であったが、かろうじてそれの顔にどこか「彼女」の面影を捉えることは出来た。


彼女は僕を見つけるなり両手で抱きかかえ、その羽を羽ばたかせて空へと飛びあがった。その後ろから何匹化のパシナ共が獲物を取り返さんと飛び上がったが、彼女のスピードについてこれるものはおらず、揃ってむなしく重力の枷から離れることが出来ずに沈んでいった。


やがて、彼女はある程度の高さで静止した。そして次の瞬間、彼女はその羽を思いっきり羽ばたかせて大地に向けて衝撃波を放った。その衝撃波は大地にはびこるパシナ共を文明の痕跡ごと薙ぎ払ったのだ。全て一瞬の出来事だった。彼女はたった数回羽を仰いだだけで、この星をすっかり浄化してしまったのである。


「・・・」


僕は何も言うことが出来なかった。というより、もうその体力すらなかった。

全てのパシナを全滅させた彼女は、今初めて僕と目を合わせた。そして・・・わずかに微笑みを見せたあと、僕を屠り始めた。


不思議と痛みは感じなかった。屠るというよりは、僕を吸収しているように思える。

彼女の体からあふれ出る光の粒子が僕を分解して彼女のエネルギーとして分解、吸収していると、僕の網膜に表示が出てきた。その物質を、[Γ-パシニウム線]と表示してすぐに停止してしまったが、大して気にはしなかった。


僕は完全に屠られる寸前、残された最後の力を振り絞って彼女を呼んだ。彼女がそう名乗るかどうかは分からなかったが、その名前が彼女を表す名前としては違和感がないように思えたから、その名で彼女を呼んだ。僕が彼女に送る、最初で最後の言葉として・・・






「・・・ノゾミ・・・」





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ゼロケイ・アポカリプス ペアーズナックル(縫人) @pearsknuckle

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