マユズミ

~~




[遺伝子改造率:80%]

[精神状態:安定]

[識別個体名:人造パシナ第百系統]


「・・・以上が、セントラル・クライシス計画の概要です。彼女の変態をもってこの計画はようやく第一段階へと進むわけです。」


統治政府対パシナ戦略機構直轄の、人造パシナ研究所の地下深くに設置された会議室は不安と困惑のどよめきで埋め尽くされた。それも当然だ。人類を脅かす宇宙からの脅威パシナに対抗するために、人類そのものをそのパシナと同質の存在に変態させようなどと言われればこうもなろうな。


「本当にそれしか、我々人類が生き残る道はないというのかね?マユズミ君。」

色々な策は全て無駄足に終わったのは君が一番よく知っているはずだよ国連理事長。

「現有兵器での攻撃でパシナを退治できないのか!?」

我々同士の殺し合いでしか通用しない兵器が宇宙外生命体に通用するなどと、まだそのような幻想を信じているのか地球連合軍総司令官。

「どうにか、人造パシナ以外でパシナに対抗する策はないのですかね?管理官・・・」

弱腰の君が考えてもしょうがないだろう、君は君が率いる政権の支持率だけ気にしていたまえ内閣総理大臣。


無論、これらはすべて心の中での返答だ。思ったことをそのまま口にするほど私もバカではない。私はあらかじめ用意されていた人造パシナの戦闘データーをホログラフィに転送して映し出す。思い思いに愚痴をはくお偉いさん方にはデーターで黙らせる方がこちらとしても楽だ。


「・・・ゼロケイのデーターを見てわかる通り、人造パシナこそが我々人類が唯一パシナに対抗しうる策で唯一かつ最善なのです。だからこそ、この能力を全人類が身に着ければパシナなど簡単にこの星から駆逐できます。」

「だったら、そのゼロケイとやらにこれからも頑張ってもらえばいいだけではないか。」

「ですが、彼は度重なる戦闘の末、人間としての自我がパシナとしての自我に蝕まれるほどの状態に陥っており、これ以上の戦闘継続は不可能なのですよ、司令官。我々は彼に負担をかけ過ぎました。」

「マユズミ君、君の言いたいことも分かるが、何でも人造パシナは・・・その、遺伝子改造インストールするだけでかなり難しいと聞く。なんでも100人集めた被検体の内99人が失敗したそうじゃないか。今回の”ヒャクケイ”のインストールも果たして無事うまくいくかどうか・・・」


ああ、その時はこちらもまだ何も理解していなかった。とにかく人造パシナ計画を進めなければならなかったからな。だが、ゼロケイは本当に我々にいろいろなことを教えてくれた。


[遺伝子改造率:90%]


よし、いいぞ。もう少し時間を稼げば・・・


「心配ご無用です、理事長。・・・彼女は”濃厚接触者”です。」

「濃厚接触者・・・では、彼女はα-パシニウム線を・・・?」

「ええ。たっぷりと浴びています。」


パシナについて研究するうちに、我々は奴らやゼロケイがいつも特殊な放射線を放っていることに気づいた。その放射線は数時間体に浴びた程度では特に何も起こらないが、一週間や一か月、さらに一年や二年も間近で数時間も浴びるとなると、知らぬ間に体組織がこの星の動植物のそれと比べて明確に変質することが分かった。

そして、その変質体組織を持つ動植物に限って、遺伝子改造の成功率が上がることも・・・

だからこそ、彼女が選ばれた。ゼロケイの次に人造パシナになれるのは、ゼロケイ・・・いや、コダマのそばに誰よりも寄り添った、彼女しかいなかったのだ。


「あ、あの・・・マユズミ管理官、即ち、戦えなくなったゼロケイの代わりに、ヒャクケイを出すというのなら・・・その、全人類を人造パシナに変態可能とさせる、セントラル・クライシス計画は、不要ではないですか・・・?」


ふん、まだいうか小童。言いたいことは全てその紙切れに書いてあるだろうが、よほど私の口から言わせたいらしいな。まあいい、お望みとあらば好きなだけ聞かせてやる。


[遺伝子改造率:95%]


「いいえ、この計画は直ちに実行されなくてはならない。なぜなら、・・・このパシナ禍は我々人類に対して与えられた、試練だからです。」

「し、試練・・・?」


再び地下会議場はどよめいた。全くいちいちリアクションの大きい奴らだ。


「ま、マユズミ君、冗談はほどほどにしたまえ・・・」

「冗談などではありません。理事長。」


すっくと立ちあがった私に会場の目線がくぎ付けになる。


「そもそも我々はこれほどまでの目まぐるしい文明の躍進を遂げていながら、肝心の肉体や精神の方はクロマニヨンのころから全く発達していない。我々はいい加減その高度な文明に似合った高度な存在に生まれ変わるべきなのです。そして、とうとうそのきっかけが、悔しいですがあの忌々しい化け物共によってもたらされたのです。」


あまりこういう役割は私の感性に合わないのだが、この連中は文字で目に焼き付けるよりも言葉にして耳に刻んだほうが分かりやすいから仕方がない。


[遺伝子改造率:97%]


・・・まあ、こっちとしてはいい時間稼ぎになるからまんざらでもないがな。


「そもそも我々は丸裸にされれば貧弱です、脆弱です、軟弱です。だから鎧で体を包みます、武装します、戦います。そうしなければ、生き残って歴史を紡ぐことが出来ないからです。ですが、丸裸の状態でもある程度の戦闘力を持った、そうまるでパシナのような存在になれば我々は心身共に強くなり、醜い争いをせずとも歴史を紡げます。幸い我々にはその存在になれる基盤がある。我々は今こそ、パシナをも超えた高次元の存在に進化すべきなのです!!」


・・・あれほどどよめいていた会場がしん、と静まり返った。頭に浮かんできた言葉をそのまま紡ぎだした我ながらつたないであったが、少なくともこいつらの表情を見る限り私が言いたいことは嫌というほど伝わったようだ。


「・・・なるほど、よくわかったよマユズミ君。」

「・・・光栄です。では、戦略機構の研究予算大幅増額を了承していただけますね?」


だが、どうやら理事長を含めた、私以外にこの地下会議室にいる全員は同じビジョンを描いていなかったようだ。

まるで予定調和のごとく司令官が合図をすると、ドン!!とドアをけ破る音と同時にどこで隠れていたのやら防衛軍連中がどかどかと転がり込んできて銃を突きつける。狙いは勿論、この私だろうな。やれやれ、そんなことを思いつく暇があったらその武装でパシナに向かって行ったらどうなのかね。


「・・・これはいったい、どういうつもりですかな。」

「・・・理由は簡単だ。君は戦略機構に長らく勤務するうちに、心がパシナに魅入られすぎてしまった。それだけだ。」


きっぱりと言い切った司令官に続いて、今度は半ば会話の輪から外されていた内閣総理大臣が申し訳程度にもごもごと言葉を垂れた。


「ま、マユズミ君、これはもう決められたことなんだ・・・でも、君がもし、せ、セントラル・クライシス計画を見直してくれるというのなら、命だけは助けてやってもいい・・・どうかな?」


ほほう、いつも弱腰だなんだと言われているこの男からそのような言葉を聞くとは思わなかった。私はこの男を5ミリほど見直した。そして、少し落胆した。これがこの男にとって最初で最後の”男気”になるとは・・・と。


「お気持ち感謝いたします、総理大臣閣下。・・・ですが、どうやら私はその行為には応えられないようです・・・残念ながら。」

「ふん、愚かな男よ。最後の助け舟すら拒否するとはな。」

「滅相もない、言葉通りの意味です。司令官。それに・・・」


[遺伝子改造率:100%]


「阻止限界点はすでに突破しました。もう止めたくても止められなくなりましたので、悪しからず。」


そして次の瞬間、防衛軍は私に向かって一斉射撃を放った。今思えばこの時弾を無駄遣いしておかなければこの後の惨事を少しは回避できたろうに、この程度ではパシナに敵わないのも当然か。


私は部屋からの去り際に、遺伝子改造が終わったヒカリ・・・いや、人造パシナ第百系統に最初で最後の命令を下した。彼女にはあえて自我保護装置を付けていないのでな。最もつけたところですぐ壊れるのがオチだろうが・・・


「ヒャクケイ、対象どもを・・・屠れ。」


「ア・・・ア・・・」




~~




私がパシナに魅入られた理由はいたってシンプルだ。

調査すればするほど、パシナには人間とは比べ物にならない生命力、寿命、そして知能が備わっていることが分かった。既にこの通り全身を生命維持装置に繋がなければ生きられない私にはそれはそれは魅力的に見えたものさ・・・そして、君から発せらるその放射線が人造パシナの遺伝子改造に好影響を及ぼすと知ったときに、私はこのセントラル・クライシス計画を思いついたのだよ。


「・・・人造パシナ計画も、何もかも・・・・すべては、お前の自己満足の為の道具だったのか・・・マユズミ!!」


とんでもない、人造パシナ計画が始動した頃は私もこの星のために尽くそうとしていたさ。一番最初の人造パシナに致命傷を負わされて、立体電子代理構成体ホログラフ・ボディなしでは歩き回れなくなるまではな。だが、そのおかげで先の防衛軍の暗殺も避けられることが出来たから結果オーライだな。そのすぐ後に”ヒャクケイ”に始末されるとも知らずに弾を無駄遣いする姿はなかなか滑稽で面白かったよ。


「あの部屋の死体は・・・全部、ヒカリがやったのか・・・!?」


そうだ。やはり私の見立て通り、放射線をたっぷり浴びて”濃厚接触者”となった君の幼馴染は、君の時よりもスムーズに遺伝子改造インストールできたよ。彼女を究極のパシナへの逸材に仕立て上げてくれた君にはなんて礼を述べればいいか・・・ほら、あの画面を見たまえ・・・ひとつ空気を仰ぐだけで周りにクレーターが出来る破壊力を持った彼女こそ、我々人類が目指すべき進化の形だ・・・


「マユズミ・・・!!貴様ァァァァ!!」


ははは、私を殺そうというのか。コダマ君。まあそう急くな・・・どのみち私は長くない。既に研究所は君の幼馴染によって壊滅、予備電源もあと数分で切れる。その時にはこの生命維持装置も停止して、私はこの世を去るだろう。それよりも、ヒカリ君のもとへ行ってあげた方がいいのではないのかね?


「黙れ!!」


見たまえ・・・彼女が変態して纏っている外骨格は、まるでウエディングドレスのようでとても美しいではないか・・・所々に入っている青いラインは彼女自身が望んで入れたのだ、コダマ君とお揃いにする、と言ってな。今、彼女は君のことを待っている。女の子をあまり待たせてはいけないぞ、コダマ君。彼女を止めたければ君が行くしかないのだ。


「・・・」


ああ、パシニウム化合物ならそのミニデスクの引き出しの中に入っている。君に渡す最後の一本だ、これを打てばもう二度と人間には戻れないだろう。いや、もう戻る必要もなくなるか・・・


バキィッ!!


行ったか。引き出しごとぶっ壊していくとはなんと乱暴な。・・・それほどまでに直情的になっていればもう全ては思うままよ。後は・・・ゼロケイと、ヒャクケイが全力でぶつかり合えば・・・うっ・・・ゴボッ!!・・・ああ、なんてことだ、もう予備電源がダウンしたのか。


バキバキバキ!!!


おお、コダマ君がどうやら変態したようだ、衝撃波がこちらまで伝わってくるぞ。


「ア・・・ア・・・コ・ダマ・・クン・・・」

「ギ・・・ギィィィガァァァギィィィ!!!」


ああ、なんと麗しきことだろうか、彼らは完全に自我を支配されているはずなのに互いに愛する者の名を呼びあっている・・・これが愛の力だというのか、人知を超越した姿になっても忘れることのできない感情のなせる技なのか。


ドン!!

バコォッ!!

ギギギギギギ!!


パシナ同士の死闘、いやちがう、これは人間でいえばじゃれあいに値するのだ、人造パシナの世界を人間の常識で見ようとするから脳が視覚にそう認識させるのだ・・・ゴホッ、ゴホッ・・・早く・・・早く・・・


『もう、ちょっとしつこいよ!コダマ君!!』

『いてっ!』

『あっ!・・・ごめん、大丈夫?痛かった?』


連続攻撃の一瞬の隙をついて出たヒャクケイの一撃にひるむゼロケイ・・・うう、ダメだ!違う、恋人同士のじゃれあいを戦闘映像に変換するなど、まだ私は人間の思考回路を捨て去れないのか!ゴホッ、ゴホッ・・・ああ、段々血の量が多くなってきた・・・早く・・・早く・・・


「ギギ・・・」

「ア・・・ア・・・」


ん?どうしたのだ、何故動かぬ。何故距離を取る。何故戦おうとせぬ!!・・・ああ、違う違う違う違う!!常識よ私の邪魔をするな!!うわああああ!!


[α-パシニウム線計測値:急上昇]


!!・・・ああ、そうか、そうだったのか・・・ようやくこの時がやってきたのか・・・やっと、やっと成就するぞ・・・私の・・・夢が・・・!!


『あはは、ヒカリー!!』

『うふふ、コダマくーん!!』




ドン!!




なんと・・・なんと・・・なんと神々しい・・・これこそが、α-パシニウム線の発生源同士が高エネルギー状態を保ったまま衝突することで発生する、β-パシニウム線・・・いや、違う。・・・地を照らす救いの光だ・・・!いよいよ人類はパシナをも超える高次元体に進化するときが来たのだ・・・!


[危険:パシニウム反応急上昇]


おお見よ、あれほど苦しかっガガた体から束縛が消えてガガいくぞ・・・生命維持装置なしで呼吸をするのガガはいったいいつぶりだろう・・・ああ、なんと空気の美ガガ味しいことか・・・


あの預ガガガ言書の言葉はガガガ決してまやかガガガしでは無かっガガガたと今ここに確証を持ってガガガ言えるぞ!!


ガガガガ私はガガガガやったガガガガんだ・・・ガガガガわたしはガガガガガ・・・






ガガガガガガガガガガガガガ!!!セントラルクライシスをじょうじゅしたぞ










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