ヒカリ
中学校の頃、どうしてもコダマ君を許せなかったことがあった。
既に私たちはお互いの間に芽生えていた感情に気づいていたので、よりそれらしい関係になろうと私が中学生なりの思考で練りに練った初めてのデート。もちろんコダマ君は喜んで賛成して楽しみにしていた。・・・はずなのに。
「・・・」
「ねぇ、私どこで何時に待ち合わせって言った?」
「え、駅の前で・・・6時に・・・」
「今、何時?」
「・・・9時・・・」
「・・・なんでこんなに待たせたの・・・?」
「いや・・・その・・・急用が・・・入っちゃって・・・」
「なんで?・・・今日なら空いてる、ってコダマ君が言うから、私はこの日にしたんだよ、なのにどうして・・・ねぇ!!どうしてなの!!」
「・・・ごめん・・・」
いつもそうだ、コダマ君は肝心な時に急用とやらが入る。そして割を食うのは、いつも私だ。今までは大した用事でもなかったので我慢していたが、この時ばかりはとうとう堪忍袋の緒が切れた。
私は、思いのたけを全てコダマ君にぶつけた。それはそれは、聞いてるだけで耳をふさぎたくなるような罵詈雑言をコダマ君はただひたすらに謝罪して受け止めた。その態度にさらに腹が立った私はさらに勢いをつけてコダマ君をなじり続けた。
「・・・」
「ばか!!・・・コダマ君のばか!!・・・もう顔も見たくない!!」
「あっ、ヒカリ!!・・・ごめん・・・」
悲しそうな顔をしているが、これで何度目だ。本当に申し訳ないと思っているのか?
・・・もうこんな思いするくらいなら、いっそ別れよう。関係をリセットしよう。
私はもう何度目かもわからない絶交を決意した後、家のベッドに飛び込んで声をたてずに泣いた。コダマ君のばか、ばか、ばか・・・
携帯の通知がうるさい。どうせ内容は想像がつく。コダマくんからの謝罪の連絡が数個、明日の天気についての通知、そして、「パシナ」出現警報・・・私は既読もつけずにふて寝してしまった。許してやるもんか、今度こそ絶対に。
ところが人間というのはうまくできていて、しばらくしたらそんなことなんてまるで無かったように、私は今日もコダマ君の家に起こしに行く。コダマ君は生まれつき独り身なうえにものぐさなので、私が起こしに行かなければ必ず遅刻してしまうからだ。
「おはよう、コダマ君。」
「あ、おはよう・・・その、昨日は」
「・・・謝ってる暇があるなら着替えなさいよ、遅刻の皆勤賞なんて誰も喜ばないんだからね。」
「う、うん・・・」
こんな感じで、自分一人では生活がままならない彼を見捨てるほど酷にはなれない私は、今日までずるずるとこの関係を引きずってきた。進学してからは彼の弁当も作ってあげている。あいも変わらず土壇場で予定が変わり、悪い癖は治っていないようだが、私はもう慣れてしまった。
でも、せめて弁当の味がどうだったかくらいは聞かせてほしい。ここ最近彼は味に対して無頓着になったのか、料理の味の感想がありきたりになっている。せっかく腕によりをかけて作っているというのにこれでは作り甲斐がないというものだ。
「コダマ君、コダマ君?」
おまけに最近はこちらがいくら呼び掛けても上の空だ。いつも何を考えているのだろうか?
「コダマ君、コダマ君?」
「・・・はっ!!ご、ごめん、ヒカリ。え、えーと・・・何の話だっけ?」
「今日私が作ったお昼のお弁当の味、どうだったってさっきからずっと聞いてるのに。」
「あ、ああ、うん、とてもボリューミーでジューシーで、とても美味しかった・・・よ。」
「じゃあ何がおいしかったか答えてよ。」
「え。えーと・・・」
「まったくもう・・・あれ、携帯なってるよ?」
「ん?なんだろう・・・」
さっきまで呆けた顔をしていたコダマ君は、スマホの画面に表示された通知を見るとまるで別人のように顔つきが変わった。いつもこのくらい真剣に人と付き合ってほしいものだ。
「コダマくん?どうしたの?」
「・・・悪い、ヒカリ。少し急用ができた。先に帰ってて!!」
「えっ・・・ちょっと!コダマくん!!・・・はぁ。」
あーあ、またか。今日は何も予定を入れていなかったのは幸いだった。というより、最近は予定を入れることはしない。どのみちふいになるものを入れたって仕方ないからだ。今日も私は置いてきぼりを食らって自分の家に帰る。とはいえ、特にすることもないので携帯を開く。携帯の通知欄は今日もニュースアプリの通知でいっぱいだ。
[またパシナ出現!!広がる被害]
[パシナ頻出期?外出自粛要請やむなしか]
[独占取材:マユズミ管理官が語る戦略機構の秘策]
[敵か味方か?青いパシナの謎]
そういえば、ここのところパシナの出現が多くなってきた気がする。前は一週間に一回か二回だった出現頻度が、最近は一日に一回は必ず現れるようになった。今まだ私たちはこの化け物が現れてから数十年間はただただ逃げ惑うしかできなかったのだが、5年ほど前から私たちに味方する謎の青いパシナがどこからともなく現れてからは、昔ほどパシナには怯えることも無くなって、私たちの生活にも大分余裕が戻ってきた。
5年前・・・そういえば、初めてのデートをすっぽかされたのもちょうどその頃だ、あの時は怒りでそんなこと気にも留めなかったが・・・いや、もう忘れよう。嫌なことを思い出してしまった・・・いつの間にか日が落ちていたことに気づいた私は、もう今日は休むことにした。明日も早く起きて、彼のお昼を作ってあげなければ。
・・・
一体どうしたのだろうか。あれきり彼はまだ家に帰ってこない。彼は遅刻こそすれど欠席は絶対にしないはずなのだが・・・だが、彼も運がいい。統治政府はパシナ頻出期に突入したと判断して、いよいよ強制外出自粛命令を発表したのだ。当然今日から学校は休みになるので彼は一日だけの欠席で済んだ。
だが、それから三日たっても彼が帰ってこないとなると、流石にいてもたってもいられなくなり、私は一人で彼を捜しに行った。このご時世だ、もしかしたら、パシナにやられてしまったのでは・・・という最悪の結果も覚悟の上で私は彼の行方を追った。
「ああ、ちょっといいかな。お嬢さん。」
急に呼び止められたので振り向くと、そこには背の高くて頬がこけた黒ずくめの男が立っていた。
「あの・・・どちら様ですか・・・?」
「私はマユズミという者だがね、ヒカリというのは、君の名前であっているかな?」
マユズミ・・・どこかで聞いたことあるような名前だ。しかしなぜこの男は私の名前を知っているのだろうか?
「はい、私の事ですが・・・」
「ああ、よかった。君を捜していたんだよ。私は君の幼馴染、コダマ君の保護者だ。」
保護者・・・?確かに彼はみなしごだが、保護者がいたなんて聞いてはいなかったような・・・でも、もし彼の保護者なら、彼の居場所を知っているはずだ、一応聞いてみよう。
「丁度よかった。私、コダマ君を捜しているんです、彼もう三日も家に帰っていなくて・・・彼の居場所に、何か心当たりはありませんか?」
「・・・彼なら今、家ではなく、私の研究所にいるよ。」
「えっ・・・研究所?」
「ついてきなさい。彼に会わせてあげよう。車に乗って。」
訳も分からず私はマユズミと名乗る男についていった。思えば知らない人についていくなんて危機感のない話だが、コダマ君のことになるとどうも考えるよりも先に体が動く癖がある。そして彼の言う研究所に着いたとき、ようやく彼がどういう人か思い出したのだ。少なくとも、悪い人ではなかった。
「対パシナ戦略機構直属研究所・・・戦略機構って、まさか・・・!」
「まあ、そういう訳だ。さあ、中に入って。」
まさか、あの戦略機構のトップ、マユズミ管理官が直々に私に会いに来たなんて・・・いったいどういう風の吹き回しだろう。そして、その戦略機構とコダマ君に一体何の関係があるのだろう・・・彼の正体が分かっても懐疑心を強めた私は、管理官に案内されて研究所の奥へ奥へと進んでいった。
「5年ほど前から現れた、青いパシナについては、君も知っているね?」
「・・・はい、人間に味方する謎のパシナ、とニュースで聞いています。」
「うむ。君にだけ教えておくが、実はそれは、我々統治政府対パシナ戦略機構が生み出した、人造パシナの内の一体なのだよ。」
「人造・・・パシナ・・・?」
管理官が言うには、人造パシナとは戦略機構が生み出した対パシナ迎撃用生物兵器で、人間の体にパシナの遺伝子を植え付ける、つまり遺伝子改造インストールを行うことによって、パシナと互角に戦える状態に任意で変態することが出来るそうなのだ。
「だが、人間の意志を保ったままパシナに変態させるのはとても骨が折れるものでね・・・人造パシナ製造のために選別されて、遺伝子改造インストールを行った100人の非検体の内、99人は自我が崩壊してそのまま自滅してしまったのだよ。」
「じゃあ、その中で唯一生き残ったのが、あの青いパシナ・・・」
「我々はあれを普通のパシナと区別するために、人造パシナ第0系統、ゼロケイと呼んでいるがね。・・・おお、ここだ。ここにそのゼロケイがいる。」
私は負傷修復室、と書かれた研究所の一室に通された。そこには管理官の言う通り、ゼロケイと呼ばれている青い人造パシナが緑色の液体で満たされたカプセルの中で寝かされていた。
味方とは言えその仰々しい姿を目の当たりにして思わず飛びのく私に、マユズミ管理官は今は眠らせてあるだけだから大丈夫と、慣れた様子でゼロケイのすぐ横に近づいた。
私も恐る恐る近づき、改めて人造パシナ、ゼロケイの全体像をまじまじと眺めてみる。普通のパシナは上から下まで気持ち悪いほどにぬるっと真っ白なのだが、このゼロケイは所々に青いラインが入っており、容易に区別がつく。ごつごつとした白い外骨格はどこか骸骨を思わせるが、骸骨ほど細くはなく、むしろとてもがたいがいい。だが、その体はとても傷ついていた。いや、このゼロケイの事はどうでもいい。そもそも私はコダマ君に会いにここまで来たのだ。
「あの、ゼロケイ・・・でしたか。それはもういいのでコダマ君の所へ連れて行ってください。」
そういうとマユズミ管理官はにやりと笑って、ではコダマ君に会わせてあげよう、とゼロケイを収納しているカプセルのスイッチを入れた。すると、それに合わせてゼロケイの体が変化し始めた。これは変態と違い、逆変態というものらしい。外骨格が崩れ落ち、中の肉が解けて再び骨を包み込み、むき出しの歯が再び口腔内へ収納されていく。ゼロケイに変態していたものの姿が露になったとき、私はマユズミ管理官の言葉の意味を理解した。
「・・・うそ・・・そんな・・・!!」
ドジで、のろまで、成績も下から数えたほうが早い平凡なひと。
肝心な時にすぐ急用ができて人との約束をほっぽりだすひと。
それでも、なんだかんだで放っておくことのできないひと。
私の目の前に写っていたのは、そんなひと。まぎれもない、コダマ君であった。
「彼はこのことを墓場まで持っていくつもりだったらしいが、もはやそんなことも言っていられまい。こうなってしまった以上我々はこの秘密を、彼の一番の理解者であり、戦う理由でもあった君、ヒカリ君に打ち明けることにしたのだ。」
ああ、そうだったのか。彼はずぼらで自己管理能力が低いわけでは無かった。か弱き人間を奴らから守る為、人造パシナとしての自分に課せられた使命の為、そして私のため・・・彼はたった一人で戦ってきたのだ。そして時には奴らのせいで私との約束を反故にせざるを得ないときもあったのだ。そういえば彼が約束をすっぽかした日は必ずパシナ出現のニュースが入っていた。
「・・・ヒ・・・ヒカリ・・・ごめん・・・ごめん・・・よ・・・」
彼のうわごとを聞いて、私はこみ上げる感情を抑えることが出来なかった。
うわごとでも私に謝るなんて・・・ばか。コダマ君のばか。
なんでそんな大事なことをずっと黙ってたのよ。
コダマ君が、皆を守るために戦っている人造パシナ、ゼロケイだと一言でも教えてくれていたら、私は・・・私は・・・あんなこと言わなかったのに・・・
「彼は今までよく戦ってくれた。だが・・・今度の戦闘で、彼は心身共に深いダメージを負ってしまった。おまけに彼の自我はいま、激しい戦闘を繰り返したせいで”コダマ君”ではなく「ゼロケイ」に支配されかけている・・・今度変態したら彼は、もう二度と”コダマ君”には戻れないだろう。」
マユズミ管理官は、やけにはっきりとした声で私にそう言った。
「しかし、彼を失えばパシナへの対抗手段がなくなってしまう。さて、どうしたものかな。」
私は、修復カプセルの中のコダマ君をじっと見た。
そういえば、私はコダマ君の裸を見た事が無かった。単に思春期特有の羞恥心があるから、と勝手に思っていたが、体中にこびりついた生々しい傷跡を見て、決して羞恥心で隠していたわけでは無いと今確信した。
こんなになるまで彼はみんなのために、この星の為に、そして私のために戦い続けていたのだ・・・私は彼の一番近くにいながら、彼を理解してやれなかった・・・もう彼だけに、孤独な思いはさせたくない。これからは、わたしが。
「あの・・・管理官・・・・」
「なんだい?ヒカリ君。」
「その・・・人造パシナの
・・・
「ではいいかね、ヒカリ君。これより遺伝子改造《インストール》を開始するよ。」
「・・・はい、管理官。」
沢山のコードに繋がれたカプセルの中に私はいた。理由は当然、私の体に人造パシナの遺伝子改造インストール処置を施してもらうためだ。
「・・・繰り返し聞くが、本当にいいのだね?」
「構いません。私は・・・」
私は彼に振り回されていつもつらい思いをしてきた。・・・でも彼は、私の知らないところで、私なんかよりももっとつらい思いをしていたんだ。
大丈夫。もう無理しなくていいんだよ。これからは、私が力を貸してあげる。貴方を理解してあげる。貴方の幼馴染として、・・・人造パシナ第百系統として!
「・・・お願いします。管理官。」
「・・・うむ。」
[遺伝子改造:開始]
その表示を最後に、私の意識はぱったりと途絶えた。
「・・・後は、お偉いさん方の始末だけか・・・」
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