ゼロケイ・アポカリプス
ペアーズナックル(縫人)
コダマ
奴らがこの星を襲い始めてからもう半世紀はたつ。
何故この星を襲うのかは分からない。そもそもあいつらとは意思疎通ができないのだ。始めは蹂躙されるままだった人間たちも、つい最近になってようやく対抗手段を手に入れることが出来た。だけど、その対抗手段というのは・・・
「・・・マくん?」
「・・・ダマくん?」
「・・・コダマくん?」
「・・・はっ!!ご、ごめん、ヒカリ。え、えーと・・・何の話だっけ?」
「今日私が作ったお昼のお弁当の味、どうだったってさっきからずっと聞いてるのに。」
「あ、ああ、うん、とてもボリューミーでジューシーで、とても美味しかった・・・よ。」
「じゃあ何がおいしかったか答えてよ。」
「え。えーと・・・」
「まったくもう・・・あれ、携帯なってるよ?」
「ん?なんだろう・・・」
[パシナ出現。直ちに迎撃せよ。]
スマホに添付されていた映像の中で、街がものすごい勢いで破壊されている。また奴らが現れた。くそっ、どうして奴らは僕とヒカリが一緒にいる時ばかり・・・
「コダマくん?どうしたの?」
「・・・悪い、ヒカリ。少し急用ができた。先に帰ってて!!」
「えっ・・・ちょっと!コダマくん!!」
僕はまたいつものようにヒカリをほっぽり出して走り去った。彼女には、この秘密を知られるわけにはいかないからね。
奴らへの対抗手段として、統治政府直属対パシナ戦略機構が作り出したのは、人間の遺伝子と奴らの遺伝子を掛け合わせて産みだした、人造パシナだった。普段は人間の姿をしているけど、薬液投与によって奴らと同じ姿に「変態」して戦うことが出来る。・・・けど、一度変態すると人間としての自我を失ってしまうから、後付けされた自我保護装置に一旦自我を移しさないと碌に制御する事すらできない。
[パシニウム化合物]
この注射を打つと僕は僕でなくなり、人造パシナ、ゼロケイに変態する。はっきり言って僕はこの姿になるのは嫌いだ。でも、僕が戦わなければいけない。僕が戦わなければパシナは倒せない。パシナを倒さなければヒカリを・・・みんなを守れない。だから僕はこれを自分の体に今日も突き刺すんだ・・・
[投与完了]
[変態開始]
[変態完了まで残り10秒]
歯がむき出しになる。皮膚が裂ける。骨が砕ける。そして、砕けた骨が肉を包んで再び結合する。今から僕はまるでパニック映画で見るような化け物になって奴らと戦う。変態の瞬間はとてもつらいけど、みんなの為、この星の為、これは仕方のないことなんだ・・・
[変態完了]
「ギギギ・・・グァッ!!」
予め脳内に送られてきたデーターを基に僕は奴らが出現した座標へ音速に近い速度で急行する。この白くてぬるっとした外骨格で覆われた人型の化け物こそが僕が倒すべき相手、パシナだ。僕の今の姿もぱっと見ではこいつらと変わりないから、わかりやすいように体の一部分に青い線が入るようにして区別している。巷では人間に味方する青いパシナと言われているが、あまりうれしくない。
「シシシ・・・キシャァーッ!!」
「グァァァァ!!」
いてっ・・・何度戦闘を繰り返しても僕は奴らの速すぎる初動を見切れない。今日もまた僕の胴体に奴のとげとげしい腕が食い込んで血しぶきが上がり、白い体が赤く染まる。始めはものすごく痛かったけど、慣れっていうのは怖いね、もう何も感じなくなっちゃった。
・・・感じなくなったと言えば、さっきのお弁当、何も味がしなかったような気がするけど・・・ヒカリはそんな料理に手を抜くような子じゃないんだけどなぁ。よっと。
ドンッ!!
「キシャッ!!」
「グギギ・・・」
何とか奴を押しのけて、間合いを取った僕はすかさず超高速で相手に蹴りをぶち込む。でも簡単に当たってくれるほど奴らは素直じゃない。難なく交わして僕に反撃を仕掛けてくる。それを短い時間の間にギギッ何度も繰り返すんだ。僕はだいぶ長時間戦ってるように思えるんだけど、どうもこの姿だと思ったよりも早く動けるみたい。試しに動画を撮ってもらったんだけど、速すぎて姿を捉えられなかったんだ。
「ギィアァァ!!」
そして、嬉しいことに僕は奴らよりもスタミナがある。だから僕はいつも持久戦に持ち込んで、相手が疲れてくるのを待つんだ。そして、疲労の末に見せる一瞬の隙を狙って・・・
ゴッ!!
「キッ・・・キヒャァァァ!!」
さっきのお返しとして、僕はこいつのみぞおちに思いっきり拳を食らわせてやった。でも、貫通はしない。パシナの体内には、コアという弱点があるから、僕はさらに両手を突っ込んで奴の体をバキバキと割いてそれを探す。それを破壊しないとギギッこいつらはキギギッすぐ復活してしまうからね。
「キヒャァ・・・キヒャァ・・・」
奴は致命傷を負ったうえコアをつかまれてもう生き絶え絶えだ、もうとどめを刺す必要もないだろう。えーとコア、コアと・・・あった。この半透明な球体ギギッこそがこいつらの本体だ。お偉いさんはこれをギギッ破壊しろというけど・・・正直これを破壊するなんてギギッもったいないよ。だってこのコアは・・・ギギッとっても・・・美味いんだ。
ガブッ
「キヒャァァァ!!」
ああ、おいしい。おいしい。一度何も食べなギギギッいでこいつらと戦った時、このコアがとてもうまギギギッそうに見えたから、ちょっとひとかじりしてみたんだ。そしたらもうギギギッ止まらなくなっちゃって・・・それ以来コアは必ず食べるようにギギギッしている。食べれば食べるほど、ますます美味しくなっていくギギギッ気がする。
「・・・」
なんてことだ。もうギギギギ食べつくしてしまった。もともとギギギギコアはソフトボールくらいのギギギギ大きさしかないから、正直一個だけだと腹の足しにもならなギギギギい。当然それで僕はギギギギ満足はしない。だからギギギギ僕はパシナの肉も残さず食べるようにギギギギしたんだ。流石に骨は食えないけどね。
[危険:パシナ反応増大]
[自我保護装置過負荷状態]
[緊急変態解除薬液注入開始]
なんだよ、ギギギギギギひとがギギギギギたべているギギギギギさいちゅうに。
うわ、ギギギギギギいつのまにギギギギギギこんなにぱしながギギギギギいっぱいだ。
たおさなくちゃ。ギギギギギギギぼくが、ギギギギギギギたおさなくちゃ・・・
[解除薬液注入:中断]
[非推奨][非推奨][非推奨]
[自我保護装置:強制停止]
[危険][危険][危険]
ギギギギギギ、ギギギギキ、ギギギギギ、ころす。
「ギィイイイイアアアアア!!」
・・・
結局、僕が「僕」に戻れたのはそれから一週間後の事であった。全身から血を噴きだして倒れていた僕を戦略機構が保護してくれたそうだ。その時の記憶は完全に「ゼロケイ」に支配されていたのか、どれだけ頭をひねっても思い出せなかった。・・・思えば、パシナのコアを食べ始めてから自我保護装置にまで「ゼロケイ」が侵食してくるようになった気がする。
今だからこそはっきり言える。僕はあの時他確かに「パシナ」になった。みんなを苦しめている存在と同じものになってしまっていたんだ。何より、自我を蝕まれる時に恐怖を感じず、むしろ恍惚を覚えていた自分自身が一番怖かった。人間を食い散らかすパシナと、パシナを食い散らかす僕との間にある隔たりはもう限りなく狭まっている。もし、僕がパシナを食らうだけでは満足しなくなって、人間の味を覚えてしまったら・・・僕は、僕の事を好いてくれるヒカリも食べてしまうのだろうか?そう思うとますます恐ろしくて・・・
絶対安静。戦略機構からそう忠告された僕は包帯ぐるぐる巻きの姿にされて入院した。人造パシナは傷の回復が速いからこんな大げさなことをしなくてもいいんだけど、一応世間体というものを考えて一週間ほど世話になることになった。けれど、僕がいない間誰がパシナと戦うんだろう・・・現有兵器は全てパシナに聞かないはずなのに・・・
「コダマくん!!」
「あっ、ヒカリ・・・」
入院したと聞いて一番に飛び込んでくるのはヒカリだろうと大体予想はしていたが、まさか病室に入って一時間後に来るとはおもわなかった。
「良かった・・・生きてた・・・ぐすっ・・・えぐっ・・・」
「だ、大丈夫だよヒカリ、そんなに大したケガじゃないし・・・一週間もすれば治るから」
「でも・・・もしも・・・もしものことがあったらと思うと・・・心配で心配で・・・うえーん!!」
思えば、僕はこの幼馴染を泣かせてばっかりだ。幼稚園からこの年に至るまで必ず一度は泣かせている。
特に一番泣かせたときは、中学校の時に僕のせいでデートをすっぽかされてしまった時だ。よりによってその時初めてパシナと戦闘になったから仕方ないとはいえ、あの時は絶交も覚悟する勢いで泣かれてしまったが、なんだかんだで昼の弁当を作ってもらうくらいの関係は続いている。
無論、彼女は僕が人造パシナなんて知る由もない。僕から人造パシナという要素を抜けば、ドジでのろまで成績も下から数えたほうが早い平凡な人間だ。だが、そんな僕でも友達、いやそれ以上の存在として認めてくれる彼女がいるからこそ、僕はパシナと戦える。この子こそ僕の戦う理由だ。それでしか彼女に報いる術がないのだ。
「ごめんよ・・・ヒカリ・・・いつも泣かせてばかりで・・・」
「いいよ・・・謝らなくて。・・・謝らなきゃいけないのは、私の方。」
?
「私・・・コダマ君がそんな重大な使命を帯びているなんて・・・私たちをパシナから守るために、ずっと一人で戦ってたなんて、知らなかった。」
「な・・・何のこと言っているのか、分からないよ、ヒカリ・・・?」
「もう隠さなくていいんだよ。・・・コダマくんが人造パシナ第0系統だってこと。」
!?
「えっ・・・!!?誰からそれを・・・」
「マユズミ管理官、ていう人から聞いたの。彼はとても弱っている、力を貸してあげられるのは、君だけだ、って。」
マユズミ管理官が!?どうして・・・
「コダマくん、ずっと戦い続けて辛かったよね。疲れたよね・・・でももう大丈夫。これからはゆっくり休んでいいからね。」
「ちょ、ちょっと待って!それってどういう意味!?」
「私が・・・これからコダマくんの代わりに、パシナと戦うの!」
そういって、彼女は病室を出て行った。僕の代わりにパシナと戦うって・・・それってつまり、彼女も
「待って!!ヒカリ!!」
僕は必死にベッドから這い出て彼女を追いかけた。傷はもう殆ど治りかけているが、この偽装ギプスが邪魔でうまく走れない。それでも彼女を追いかけた。
「行っちゃだめだ!!ヒカリ!!・・・ぐっ!!」
[即効麻酔薬注入確認]
し・・・しまった・・・後ろを取られた・・・だ、誰が・・・
「絶対安静と言ったはずだ。君にはまだ、横になっていてもらおう。」
次第に薄れていく意識の中でも、この声の主が誰かくらいは分かった。
「マ・・・マユズミ・・・管理・・・官・・・」
ヒカリが遠くへ、遠くへと消えていく。瞼が重い。体は言う事を聞かない。それでも一生懸命もがいた。でも・・・だめだった。ついに力尽きてその場で倒れてしまった。僕はヒカリを止められなかった。この時止められなかったことを僕はものすごく後悔したんだ。
僕が人間の姿で「ヒカリ」としての彼女と会ったのは、それが最後だった。
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