手紙と講義

 鎧を着替えて、わたしとラピスさんは急いで中央政庁へ向かった。

 ラピスさんの顔を見ると、門番さんや受付係さんは全然何も言わずに通してくれる。いつ見てもすごいなあと思う。

 わたしも万象の闘士になったら、いつかこんなふうになるんだろうか。国でいちばん偉い人がいるところへ、何も言わずに通してもらえるくらいになるんだろうか。

 中央政庁一階右手側の廊下の先が、王様の仕事部屋だ。前に来た時と同じように、ラピスさんは無造作に扉の取っ手に手をかけた。


「ヴィクター陛下、失礼いたします」


 返事を待たずに、ラピスさんは部屋に入る。おそるおそるついて入ると、部屋の真ん中では王様とティエラさんとソフィーさんが大机を囲んでいた。


「あら、思ったより早かったですわね。わたくし、そろそろ鎧と行糧と旅道具の準備が整いましたわよ」

「ソフィーは早いな。私はさきほど敵を倒して、ローザリアに帰ってきたばかりだぞ」

「ティエラにはかないませんわね。では、わたくしは褒賞だけいただいて終わりにしましょうか」

「こらこら、褒賞を出す方の身にもなってくれ。……相変わらずだな、君達」


 王様が、茶色の口髭を揺らして豪快に笑う。ラピスさんが、苦笑いしながら頭を振った。


「茶番はいいから、話のまとめを頼む。……まだオレの分の褒賞が残ってるなら、だけどよ」

「そこは心配いらん。一人で敵一個中隊壊滅させてくれたとしても、十分に報いられるだけの用意はあるぞ」

「相変わらずの太っ腹だな。ま、あんたの気前に関しては何も心配してないが。……で、用件は」


 王様は黙って、ラピスさんに紙を一枚渡した。見た瞬間、ラピスさんの表情が変わった。


「本当なのか、これ」

「少なくともクロエはそう書いてきている。事実だとすれば早急に手を打たねばならん。君は気が進まないだろうがな」

「まあな……」


 蒼白な顔で、ラピスさんは紙を大机に置いた。


「出撃部隊の編成は既に始めさせている。ついては、敵方が万象兵器を持っていた場合に備えて、万象の闘士も一人か二人随行してほしい」

「そのことなんだが、陛下」


 ティエラさんが手を挙げた。


「闘士の誰か一人に加えて、アリサを行かせるのはどうだろうか。剣術はまだまだだが、力は制御できるようになった。戦場での役割は十分に果たせると思う」


 急に名前を出されて、どきっとする。

 正直、皆さんの話は全然わからなくて、どうしようかと思ってたけど……それでもいいんだろうか?


「そうだな、剣術にはだいぶ不安があるが……確かに、実戦経験もそろそろ積ませなきゃならない」

「あ、あの」


 あわてて、わたしは口を挟んだ。皆さんの目が、一斉にわたしに向く。


「すみません、あの……いったい何がどうなってるのか、わたし全然わからないんですけど」

「ああ、すまなかった。ちょっとこれを読んでみてくれるか」


 さっきの紙を渡そうとするラピスさんに、わたしはあわてて首を振った。


「わたし、字、読めないです……」

「そうか、そうだったな。『当王国内で活発化している人狩りは、中央ケントロン山脈のグレモス王国によるものと判明した。背後には西方デュシス皇国も関与していると思われる。調査の結果、国境付近に実行部隊の拠点を発見。壊滅のため、国境警備隊への増援および作戦行動の許可を要請する』という内容なのだが、わかるか」

「……ぜんぜんわかりません……」

「どこからわからない」

「全部です……わたし、住んでた島の外のことは全然知らなくて。最近ようやく、ローザリアのことが少しわかってきたくらいです」


 ああ、と、場の皆さんが声を漏らした。そうだよね、ここでわたしだけがとんでもなく場違いなんだよね……。

 うなだれていると、王様の大きな手が、やさしくわたしの背中を叩いてくれた。


「そうか、君はそうだったな。では少し説明してやろう。我が東方アナトレー王国が現在どんな状況にあるのか、我々は何と戦っているのか、そういったことどもをな」


 わたしはとってもびっくりしてしまった。

 王様がわざわざ、わたしのために難しい話を一から説明してくれるなんて!


「よーく聞いておきなさいな。国王陛下自ら地理学の講義なんて、まず受けられるものじゃありませんわよ?」


 ソフィーさんの言葉に、王様は大声で笑った。


「少々長話になるだろうからな。子守歌にはちょうどいいかもしれんぞ」

「い! いえ、そんな……ちゃんと聞きます! がんばって聞きます!! だから、すみません、よろしくお願いします……」


 机につくくらい頭を下げると、王様はわたしの髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。

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