甲冑と視線
「それじゃ試着してみるか。服、脱ぎな」
訓練場の控室に入って、わたしはあらためて訓練用の上下を脱いだ。
「なにやってんだ」
「え。服……脱ぎましたけど」
「まだ全部脱いでないだろ」
「……下着まで全部……脱ぐんですか……?」
何を当然のことを、と言いたげに、ラピスさんは頷いた。
「戦場じゃ、魔導鎧が上着で下着みたいなもんだからな。これ以外は何も着けない。力の巡りを阻害するからな」
「は……はい……」
諦めて、わたしは胸当てと下穿きも脱いだ。なにひとつ身に着けていない姿になってしまうと、身一つの自分がとても頼りなく思えてしまう。
胸も股も覆うものがなくなったわたしを見て、ラピスさんは満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ着けるぞ。手、上げな」
言われるがままに手を上げると、胸になんだか柔らかいものが押し当てられた。硬い鉄を想像していたわたしは、ちょっと驚いてしまった。
「鎧……やわらかいんですね……」
「裏に革が張ってあるからな。万象術で精製した薬品でなめしたやつだから、力への影響も最小限だ」
ラピスさんの手が、背中で何かを留めた。
そして、股の間にも柔らかい革の感触が押し当てられて……ラピスさんの手で、腰の両脇で留められた。
「できたぞ。……よし、なかなか様になってる」
「そう……でしょうか……」
今のわたしはほとんど裸で、胸と股以外に覆うものがない。万象術を使うには、確かにとてもよさそうだけれど……これで人前に出るのは、ちょっと、いやだいぶ、恥ずかしい。できれば男の人は見ないでほしい。
「ああ、なかなかのものだ。いちど姿見で見てみるといいぞ」
ラピスさんがわたしの手を引く。促されるままに、わたしは控室の外に出た。
「まあ、これは美しいですわね。
「アリサ、とても綺麗で格好いいよ。白い肌に、薄紫色が良く映えている」
外で待っていたソフィーさんとティエラさんが、口を揃える。
控室のすぐ外には大きな姿見がある。剣や槍を構えるときに、姿勢が正しいかどうか自分で確かめたりするための物なのだけれど……わたしはそれで、自分の姿を見てみた。
「……きれい」
思わず声が出た。自分にじゃなくて、鎧の方に。
鎧は綺麗な薄紫色をしていた。ライラックの花の絞り汁を鉄にそのまま混ぜたら、こんな風な色になるんじゃないか。そう思えるくらい、ローザリア中央通りに咲くライラックの花色が、そのまま鎧の色に写し取られていた。
そして胸当てには、左右それぞれに三房ずつ、ライラックの花の房があしらわれていた。三つの房がそれぞれ、渦を巻くように胸の膨らみのてっぺんへ向けて伸びている。花の房は根元の方が太いから、ちょうどわたしの胸が、三房のライラックに包み込まれているような
股当ての方には房ではなくて、ひとつひとつばらけたライラックの花が全体に散らされている。胸当ての方もそうだったけれど、股当ての方も彫りがとても細やかで、職人さんがとても苦労して作ってくれたんだろうなと、思った。
……職人さんは、着るのがわたしだってこと知ってるんだろうか。まだまだ未熟な、半人前の小娘だってこと。
「これでアリサも、名実ともに一人前の万象の闘士になったわけだ」
ラピスさんが誇らしげに、わたしのむき出しの肩を叩きながら言う。
「え、でも、まだまだです。まだ剣はろくに扱えませんし」
「だが力の方は、もう一人前と言っていいだろう。アリサもそろそろ――」
ラピスさんが言いかけた時、訓練場に突然大きな男の人の声が響き渡った。
「ティエラ様~! ティエラ様は……あっ、ティエラ様!!」
入ってきた男の人は、ヴィクター陛下の紋章――盾と双剣――が入った
「君、なにか私に用かな」
「はい、ティエラ様。陛下からご伝言です、早急に――」
そこまで言って、伝令さんの言葉は止まった。
伝令さんがこっちを見ている。なんだか少し、ぽーっとした感じで。
見られてる――それに気づいた瞬間、わたしの全身はかっと熱くなった。
「す、すみません。あ……あの、見な――」
「あああ! も、申し訳ありませんでした!!」
言って、あわてて伝令さんは視線を外す。
でもわたしの身体は熱いままで、どうしようもなく恥ずかしくて……消えてしまいたくなる。
「それで君、陛下からの伝言は」
「は、はっ! 陛下から、至急中央政庁へお越しになるようご命令が。クロエ様からご報告が届いたとのことです」
「何!?」
ティエラさんの表情が、一瞬で変わった。やわらかく笑っていた顔が、またたく間に戦士の顔になる。
「師匠から連絡があったのか! 予定の期日を過ぎてもお戻りにならないので、心配していたのだが」
「私では詳しいことはわかりかねますので、急ぎ中央政庁へお越しいただければと」
「わかった」
ティエラさんは、今すぐにでも王様のところへ飛んでいきたそうだ。これだけ浮足立ってるティエラさん、初めて見る気がする。
「ソフィー様、ラピス様。他の闘士の方々も、できれば来てほしいとのことでした」
「あら、そうですの? でしたらわたくしも同行いたしますわ」
「オレたちが行くなら、アリサも当然行くべきだよな。こいつももう、立派な万象の闘士だ」
「あ……あの」
話がどんどん進む中、わたしはおそるおそる口を挟んだ。
「行くのは、いいんですけど……その前にこの鎧、着替えちゃっていいですか……?」
「できれば、陛下にもこの勇姿お見せしたかったんだがな。着替えたいか?」
この格好、勇姿って言えるんだろうか……。
わたしが無言で頷くと、ラピスさんは軽く溜息をついた。
「それじゃ、ティエラとソフィーは先に行っててくれ。オレはこいつを着替えさせてから行く」
ラピスさんと二人で控室に入る前、ちらりと視線を感じた。
あの伝令の人、やっぱりわたしの背中を、見ているみたいだった。
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