鉄鎧と紫花

 目が覚めると、わたしは魔導具屋さんの隅でラピスさんに抱かれていた。すぐ側にはガラスのはまった窓があって、周りの棚には鉄や陶器の護符が並んでいる。奥の部屋からは、いつの間にか戻ってきたみたいだった。


「ったく、いきなり倒れるなよ」

「すみません……ちょっと、信じられなくて」

「こちらも、不用意なお話をして申し訳ございませんでした」


 店長のお婆さんが、横で深々と頭を下げた。


「いや、気にすんな。隠しててもどうせいつかはバレる話だしな……ところでアリサ、起きたばかりですまないが、一つ考えてほしいことがある。魔導鎧を作るにあたって欠かせないことだ」

「……なんでしょう?」

意匠デザインだ」


 横で、店長さんが大きく頷く。


「魔導鎧は、万象の闘士ひとりひとりに合わせて作られるものだ。陣羽織サーコートやその他の服を着られないオレたちにとって、鎧の意匠は旗印にも等しい。……どんなものがいい、アリサ」

「え。……ええと」


 突然そんなことを言われても、どうしていいかわからない。

 でもわたしが知っている皆さんの鎧は、確かにみんな綺麗だ。深い青に黄金の蔓草が巻きついたような、ラピスさんの鎧。白銀の上に薔薇の花が彫り込まれた、ティエラさんの鎧。赤い帯のような胸当てに、金色の縁取りや細かな宝石がついたソフィーさんの鎧。どれも、それぞれの魅力をひきたてていて素敵だ。


「旗印ってことなら、ローザリアの皆さんとは被らない色がいいですよね……」

「それは確かにな。ただ転属とかもありうるからな、被りはそこまで気にしなくていい」

「万象の力を引き出すのに、良い絵柄悪い絵柄はあるんでしょうか……文字を彫り込んだりとか……」

「それはない。魔導鎧はあくまで、オレたちの力を阻害しないためのものだからな。意匠は機能性に影響しないから、好みで決めるといい」


 つまり、色も絵柄も好きにしていい。ってことだろうか。

 そうなるとますます決められない。誰か、わたしに合う色や絵柄を教えてくれたらいいのに。

 と、いうより。

 同じ重さの金と同じ値打ち、なんてものすごいものの見た目を、わたしだけで決めちゃっていいんだろうか。


「あの。ラピスさん」

「なんだ」

「わたしに似合う色とか絵柄とか……どんなのだと思いますか」


 ラピスさんは苦笑いしながら、わたしの肩をぽんと叩いた。


「自分のものなんだから、自分で決めな」

「で、でも……こんなものすごい値段のもの、わたし一人で決めるわけには――」

「アリサ様のもので、いいんですよ」


 店長さんが、陶器のカップを差し出してくれている。カップから、甘いいい匂いが立ち上ってくる。


「先日の火事でのご活躍、耳にしておりますよ。……もしあのまま炎が燃え広がっていたら、街の損害は金数十枚程度ではきかなかったでしょう。アリサ様はもう既に、魔導鎧の価格に値する働きをしておられます」


 そう言われても、なんだかあんまり実感が湧かない。

 あのときはただただ必死で、自分のやったことがどれだけの値打ちを持つかなんて、考えもしなかった。


「こちら、心の落ち着くカモミールティーです。飲みながら、ごゆっくりお考えなさいませ」

「どうしても決められなかったら、思い出のあるものをあしらってみてもいい。何かないか、北にいた時とかに」


 出されたお茶は、匂いの割に渋かった。けど、温かいものは確かに心を落ち着かせてくれた。飲みながら、あれこれ考えてみる。

 けれどラピスさんの言葉にも、わたしはなにも思いつかなかった。北の地にはなにもいい思い出がないし、ここでも――

 と思いかけたとき、不意に、ガラスの窓が目に入った。

 窓の向こうに、ライラックの花が揺れていた。ローザリアの中央通りに植えてある並木は、そろそろ花が終わりかけていて、薄紫の花が道にいっぱい積もっている。

 ふと、思い出した。

 あの火事の夜も、通りにはライラックが咲いていた。


(アリサ!)

(アリサ! アリサ!!)


 街の人たちが、そう呼びかけてくれたとき……焼け跡の近くには、月の光に照らされた薄紫の細かな花が咲いていた。

 ああ、思い出すよ。

 あの夜の歓声。歓声を聞いた時、泣き出しそうなくらいに熱くなった胸。

 わたしのやったことで、みんなが喜んでくれた。

 それを思い出せたら、わたし……戦えそうな、気がする。


「……あの花で、お願いします」


 窓の外を指差しながら、わたしは言った。


「色は薄紫で……ライラックの花で、いっぱいにしてください」

「承知いたしました」


 店長さんはわたしに向けて、深々とお辞儀をした。


「おう、いい柄だな。いかにもローザリアの闘士って意匠だが……北の思い出じゃなくていいのか」


 ラピスさんの問いに、わたしは首を縦に振った。


「はい、ここがいいんです」


 ライラックの花の下を、多くの人が行き交っている。この人たちが、わたしの名前を呼んでくれた。みんなで、呼んでくれた。

 あの人たちのためなら、わたし、がんばれるよ。


「わたしを闘士にしてくれたのは、この街……ローザリアですから」


 店長さんとラピスさんに向き直って、わたしは笑った。うまく笑えたかどうかは、わからなかったけれど。

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