試着と価格
あの火事から、三日が経った。
原因が何だったのかは、結局わからずじまいだった。わたしは「万象の種火」が何か関係していると思ったし、あの火はたぶん万象術に関係しているものだと思ったけれど、ラピスさんたちに話しても取り合ってもらえなかった。ローザリアの家々はだいたい万象の種火から取った火を使っているし、多分かまどや暖炉の不始末だろう、ここじゃよくあることだ、と片付けられてしまった。
確かに北でも、火の不始末で火事になることは珍しくなかったけれど……でもあの火は、なんだかちょっと「混じり気がなさすぎる」感じがした。野山の日の光や風とは、少なくとも全然違っていた、気がする。
けれどラピスさんたちが気にしてないなら、きっとわたしは気にしすぎなんだろう。
そしてわたしは今、ラピスさんたちに連れられて、中央政庁近くの魔導具屋さんに来ている。
万象術に必要な魔法陣や秘薬、呪文を記したたくさんの魔導書や巻物、魔導文字が書き込まれた石や鉄の護符……初めて見る物ばかりのお店だ。なによりびっくりしたのは、窓に透明な何かがはまっていることだ。「
「この子……アリサに、魔道鎧を作ってやってほしい」
ラピスさんは、黒くてつやつやした
「この子は『器』を持ち、『力』にも開眼した。万象の闘士としての装備品が、もうすぐ必要になるだろう」
「あ、あの……ラピスさん」
わたしは、おそるおそる言った。
「わたし、まだちゃんと武器も持てなくて……力だって、思ったところに思ったようにはまだ出せないです」
「まだ早い、って言いたいのか?」
小さく頷くと、青いダブレットとズボン姿のラピスさんは豪快に笑った。
「武器はまあ頑張らなきゃならないが、力については大丈夫だろう。吸い取り、放てるようになったんだから、あとは制御の仕方だけ覚えればいい。おまえの素質なら、そんなに時間はかからないだろう」
「そういうものなんでしょうか……」
「オレは、力を自分一人で放てるようになるまで一ヶ月近くかかったからな。おまえの素質はすごいよ」
え。
とするとあの火事の時、わたし、だいぶ無茶なことをやってたのかな……?
なんて考えていると、黒い長衣のお婆さんが戻ってきた。手には、鉄のお椀みたいなものをたくさん持っている。
「それでは、魔道鎧の『合わせ』をいたしましょうか。アリサ様、試着室へどうぞ」
名前に「様」をつけて呼ばれるのが、なんだかちょっと恥ずかしい。けど、うれしい。
お婆さんに導かれて、ラピスさんとわたしは、魔導具屋さんの奥へと通された。
◆ ◇ ◆
その部屋に入ったとき、わたしは思わず声をあげてしまった。
「わぁ……これ、鉄ですか? 銅とか銀とかですか? それとも宝石ですか……?」
部屋いっぱいに、綺麗な彫り物が飾られていた。その全部が、鉄をなにかの染料で染め上げたような、不思議な色艶をしていた。
緑色の鉄――よくわからないから、とりあえず鉄ということにしておくけれど――の上に彫り上げられた蔓草。桃色の鉄の上に咲いた一枝の花。青い鉄の上に浮かび上がった、綺麗な女の人の顔。
「これは魔導金属ですよ」
お婆さんが、見た目に似合わずしゃんとした声で言った。
「万象術で精錬された金属です。魔導金属は万象の力の巡りを妨げにくく、軽くて強度も高い。……ゆえに、万象の闘士の皆様がまとうにはうってつけなのです」
お婆さんは、持ってきた鉄のお椀を、部屋の真ん中にある机に並べながら言った。
「もっともつい二十年ほど前は、これを人の鎧に使うことになろうとは夢にも思いませんでしたがねえ。人の世は何があるかわかりません」
お婆さんはわたしの頭から足先までをじろりと見た。
「ともあれ合わせてみましょうか。……『氷』使いなら、温熱親和性は低い方から始めてみますよ」
お婆さんは、いきなりわたしの服をたくし上げた。そして
「ひゃ!」
思わず、叫んでしまった。
冷たい。とっても冷たい。氷を素肌に押し付けられたみたいに。
「どうです?」
「つ、冷たい……です。とっても」
「ふむ」
首を傾げつつ、お婆さんは鉄のお椀を離してくれた。ほっとしていると、また急に、別のお椀が押し付けられた。
「あつ、っ……!」
今度は熱い。赤く焼けた炭に触ったみたいに。
「ふむ、温熱親和性は高すぎてもだめですね。ではこれは」
今度のお椀は、熱くも冷たくもない。ほんのり人肌くらいにあったかくて、それはいいんだけど……なんだか、触っていると背筋がぞわぞわする。なにか、身体の中から吸い取られているみたいだ。
「熱さは大丈夫なんですけど……なんか、気持ち悪いです」
「なるほど、極性が合いませんか。でしたら――」
「あの、これって、何をやっているんですか?」
「おまえの『力』に合う素材を選んでいる」
横で見ていたラピスさんが、口を挟んできた。
「万象の闘士としての力は、人によって違うからな。合う魔導金属の材質も人によって違う。魔導鎧はおまえにとって、これからずっと共に戦う戦友だ。合うものを見定めなければ、戦場で苦しむことになるぞ」
また新しいお椀を、お婆さんがわたしの胸に当てた。
今度のは、なんだかとても心地よかった。人肌くらいに温かいのはさっきと同じなのだけれど、吸い取られるような嫌な感じは全然ない。むしろ鉄に触っているところから、温かい力が――万象の力が――すこしずつ流れ込んでくるようだった。
「あ、これ……いいです。ちょうどいいです」
「ほう」
お婆さんが笑った。
「では……これでは、いかがでしょうか」
もうひとつのお椀が、左胸に押し当てられた。
お椀が二つになると、一つの時よりももっと心地いい。まるで両方の胸を、温かい人の手が包み込んでくれてるみたいで……流れ込んでくるかすかな力が、胸の膨らみをやさしく揉んでくれているような、そんな感じさえ、する。
「とっても……気持ちいいです」
「そうですか、ではこれに決めましょうか。他の物も試さなくてよろしいでしょうか?」
少し考えて、わたしは言った。
「いえ、大丈夫です……たぶんこれが、一番合う気がします」
「では、こちらであつらえさせていただきましょう。……アリサ様はお目が高いですね」
お婆さんは、皺だらけの顔をくちゃくちゃにして笑っている。
「温熱親和性・極性・流体度数、その他ほとんどの指標について、これはほぼ中間値をとる素材なのですよ。すべてを高くもなく低くもない状態で、精錬・加工するのはとても難しい。高度な万象術に加えて、熟練の鍛冶師の技芸が求められるのです。それゆえ値段も最も高価で――」
「店長!」
ラピスさんが突然叫んだ。
え、今、一番高価って聞こえた気がする。周りに置いてある赤や緑の彫り物が、高そうなのはわかるんだけど……胸に当たってるこの鉄のお椀、それよりも高いんだろうか。
「どうかなさいましたか、ラピス様」
「すまん、この子の前で値段の話はしないでやってくれ。気にするんでな」
「あの……この鉄のお椀、いくらぐらいするんでしょうか」
お婆さんは、わたしとラピスさんを困ったように見比べた後、ためらいがちに口を開いた。
「魔導金属の価値は、安い物から高い物までさまざまですが……一番高いこちらは、同じ重さの金の価格で取引されておりますよ」
ふっと、気が遠くなる。
思わず倒れたわたしの身体を、ラピスさんが抱き止めてくれた、ような気がする。
「だから言うなって言ったろうが!」
「ああ……すみません。まさか、ここまで衝撃を受けられるとは」
ラピスさんの声を聞きながら、わたしの魂は、どこかへ飛んで行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます