第五話『知らない味』
「そういえば、保健の先生が望のこと美少女だって褒めてたよ。会いたそうにもしてた」
「あの怖い先生?」
「優しいよ?」
お菓子くれるし
「鞄届けた時、朔のこと見ててほしいって頼まれたんだけど、戻って来た後、あまりにも様子がおかしくて、思わず逃げだしたくらい怖かった……」
あれ?
阿井先生に望の名前教えちゃったけど、もしかしてまずいことした?
まあでも優しい先生だからきっと望の誤解だろう。
「あと美少女って私じゃなくて朔のことじゃない?」
「望ってたまに変なこと言うよね」
「朔には言われたくないかな」
今まで見た中でも一二を争うくらいキラキラしている望と、誰よりもキラキラしていない私では、どちらが美少女かなんて比べるのもおこがましい。
きっと望は自分が絶世の美女だということに気づいていない残念な子だ。
こうやって今一緒にいるのは望が鈍感なおかげでもあるけれど。
「そろそろ行こっか?」
「この後、何するの?」
食後の休憩を終えて、これから望がしたいことに付き合う訳だけど、私はただ付き合うだけなので予定は聞いていない。絵を描くところさえ見せてもらえたらいい。大抵のことは許容できる。
「本当は映画とか色々考えてたんだけど、成り行きでいいかなって。朔に似合う可愛い服でも探す?」
それは許容できません。
「他ので」
少し考えて望は再び案を出す。
「おもちゃ屋さんとか?」
「却下」
いくら私が小さくて幼児体型だからと言って、流石におもちゃで遊んだりなんてしない。
「じゃあ、あれは? 動物プチケーキだって。可愛くない?」
「……行く」
私はさっきクリームパイを食べたけど、望はデザート食べてないし、量も少なかったから食べ足りなかったんだよね。付き合ってあげよう。
私はクマの、望はウサギのプチケーキを頼んだ。
――んだけど、
「……そろそろ食べていい?」
「そんなに食べたいの? 私のも食べる?」
「いいの? あ、違う。そうじゃなくて、いつまで写真撮ってるの?」
「んー、まあそろそろいいかな。二つとも食べて食べて」
「いや望が食べなよ」
結局、二つともおいしく食べた。
友達からの好意は無下には出来ない。
「朔は小動物みたいで可愛いね」
よく言われます、近所の人達に。
身長が低いせいでいつまでもこうやってからかわれる。
私は望みたいな大人の魅力が欲しいのに……。
「望って身長いくつ?」
「一六六だけど。朔は?」
「…………来年には一五〇」
聞かない方が良かったかも知れない。
望を抜いてやるって思ってたのに、あまりの身長差に絶望した。
今日の私はローヒールで普段より目線が少しだけ高いから、望の身長がもっと低いものだと思いこんでいた。
「私、小学生の時から全然伸びてないよ。朔は止まってないの?」
「今年も伸びてたから卒業までには望のこと追い抜いてるかもね」
「卒業かぁ……無理だと思うけど楽しみにしてるね」
少しだけ希望が湧いた。
これから望との差は縮まる一方だ。
よく食べてよく寝る生活を続けていればいつかきっと……!
「あっちの方、人集まってるね。なにかあったのかな?」
人溜まりの方へ行くと、ピアノの音が聞こえてきた。
「ストリートピアノだって」
「昔ピアノやってたけど結構体力いるんだよね。疲れるからすぐ辞めちゃった」
「ピアノで疲れるって、どんだけ体力ないの」
それだけ身長があって脚も指も長くて綺麗な望がピアノを弾いているところはちょっと見てみたい気もするけど。
「面白そうだから聴いてこ」
「うん」
数曲聴いたけど知らない曲だらけだ。
でも音色は綺麗で、さらにこの場には沢山のキラキラが入り交じっていて綺麗なので、決して退屈するようなことはない。
それなのに私の隣にいる少女は――望は、それ以上に目を惹くから不思議だ。
「なに? そんなに見つめられたら照れる」
「望は綺麗だなって思って」
「さ、朔はもっと可愛いよ!」
「嫌い」
「なんでぇー!?」
私はその場から立ち去る。
別に怒ってはいない。
すぐからかってくる望のことを、ちょっとからかい返したくなっただけだ。
「ねぇ、あそこで美味しい物飲んで機嫌直そ? 立ってて疲れたでしょ?」
あれは私のような無色で空っぽの人間には縁が無く、行くことさえ億劫になる有名なコーヒーチェーン店ですよ。流石に場違いです。拷問ですか。
「注文とか分からなくて怖い」
「大丈夫大丈夫。私も分からないから」
「なんか意外」
億劫な気持ちと一度は行ってみたいという探求心が葛藤し合い、結局行くことになった。食欲に負けた訳では無い。
望は女性店員に、私は男性店員に対応してもらい、望の容器には感謝の文字と絵が、私の容器には『また会いたい』というメッセージが書かれていた。
私にだって恋愛したいという気持ちはある。
私みたいなモテない人間がキラキラした男性店員にこんなこと言われたら当然ドキッとする。
こうやって心を掴まれて、また行こうかなって気持ちにさせられるんだ。
おいしい……。別の種類も飲んでみたい。
「朔のやつなんて味? 美味しい?」
「おまかせしたから分からないけど美味しいよ」
「私のも美味しい」
「飲んでみたい」
「あ、じゃあ――」
「また一緒に行ってくれる……?」
「…………そうだね。また行こうね」
自然に友達と遊ぶ約束が出来た。
昔から受け身な性格の私からしたら、とても大きな変化だ。
久々に出来た友達だから大切に出来たらいいな。
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