第四話『友達』

 十一時頃に駅の近くのショッピングモールで待ち合わせとのことだったので来た。

 待ち合わせ時間より三十分も早く。

 大人たるもの時間前行動は当たり前だ。それに待つ側は自分から話しかけなくていいというメリットがある。だから決して私が浮かれて早く来てしまったという訳ではない。

 まだ待ち合わせまで時間があるから、どこか座る場所でも探そうと思った矢先にスマホの通知が鳴った。


『予定より早く着いたから中で暇つぶしてるね』

『着いたら教えて』


 もしかすると璃垣さんも私と同じことを考えていたのかも知れない。

『もう着いてる』と一言連絡を入れたら、場所を聞かれて璃垣さんはすぐにこちらへ来た。

 遠くからでも一目で気づいた。

 かくれんぼをして私が鬼なら間違いなく璃垣さんを一番最初に見つける事ができる。

 それくらい私の目に映る璃垣さんは他の人とは異なる。


「ごめん、待った? 楽しみでだいぶ早く着いたから先に居るとは思わなかった」


 その言い方だと私がそれ以上に浮かれているように聞こえるからやめてほしい。


「私もさっき着いたばかり」

「そう、よかった。それにしても可愛すぎてびっくりしちゃった」

「可愛いって言うな。大人っぽいでしょ?」


 私は可愛いという言葉が嫌いだ。

 私に対する可愛いはいつも“小さくて”可愛いというように、目上の人が私を子供扱いする時に使う言葉だ。もしくは、私のことをペットか何かと勘違いしている。その証拠に、同年代の異性からは一度も言われたことがないし、女性が言う可愛いは口癖だったり思惑があっての事なので、これほど信用ならないものはない。

 そして、今日の私は少し背伸びして大学生くらいをイメージした大人っぽい格好だ、可愛いはずがない。


「きゃー怒った顔も可愛いー」

「は、離れろぉ」


 ダメだ、話を聞かないタイプの人だ。

 それに公共の場でいきなり抱きついてくるとか、もしかして璃垣さんってやばい人? 

 それにしても璃垣さんは半袖パーカーにワイドパンツという格好なんだけど、私より断然大人っぽく見える。

 多分着ている服を入れ替えても同じだ。

 低身長で無色の私と違って、璃垣さんは高身長で脚が長くてキラキラしてるから、比べると惨めな気持ちになってくる。


「璃垣さんずるい……」

「望って呼んでって言ったでしょ」

「無理……」

「望って呼ばなきゃ帰る!!!! 絵も描かない!!!!」

「うっ」


 多分……いや確実に璃垣さんは他人との距離感がおかしい。

 だって私達出会ってまだ三日だよ?

 こういうのって時間を掛けて少しずつ出来るようになるものじゃないの?

 きっと普通の高校生は親しくない人と名前で呼びあったりしないよ?

 あれ? でもここ数年間まともに他人と接してこなかった私の思考って普通の高校生に当てはまるんだろうか。

 ……もしかして私がおかしい?

 何か自信が無くなってきた……。


「えっと、望……さん」

「私のやりたいことに付き合うって言ったよね」

「…………どうして名前で呼ばれたいの?」

「仲良くなりたい以外に理由いる? だって友達でしょ」


 友達!? 私と璃垣さんが?!?!

 もしかしたらお金目当てなのかもしれない。

 もしそうなら、絵を描くことをネタに一生搾取され続けることになるかも知れないから、ここでハッキリ言わないと


「奢ったりできるほどお金持ってないよ」

「なんでそうなるかな。私は朔とデートしたいだけ」


 絶対お金目当てじゃん!

 普通なら深い意味は持たないだろうけど、このタイミングで敢えてデートと言ってくるのはおかしい。

 実は距離感がおかしいことも全て意図的なもので、既にデート代とか友達料金とかが発生しているとしたら辻褄が合う。

 流石に高額の請求書とか送り付けられたら泣いちゃうよ?


「あの……割り勘じゃダメかな……。できる範囲でなら何でもするので……」

「いいから! そういうのいいから! なんなら私が奢るから」

「いや、それはちょっと……」


 ただより高いものはない。


「あ、でも、やっぱりお願いが――」


 ほらね。知ってました。分かってました。

 人間とは欲求に逆らえない生き物だ。


「望って呼んで」

「……本当に仲良くなりたいだけ? 何も企んでない?」

「うん」

「……………………望」


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 身体がむずむずするし熱い。

 これで『嘘でした』なんて言われたら一ヶ月は寝込む自信がある。

 っていうか――


「私、頑張ったのに目を逸らすなんて酷くない!?」

「それは不可抗力というかなんというか……。いやー、身長差って凄いね」


 今なんで高身長自慢されたの?

 いつか追い抜いてやる。


「あれ? あき……望の顔赤いよ。熱あったりしない?」

「え、あぁと、今日ちょっと暑いからかな。体調は悪くないよ」


 今日は少し日差しが強い。

 そして璃垣さんは他の人より肌が白い。

 きっと日を浴びるのに慣れていなくて、日焼けとかも殆どしたことが無いんだろう。心配だ。


「ちょっと早いけど、ご飯にしない? そこで休もう」

「うん、そうしよ」


 ところで高校生同士の外食って何で済ませるのが正解なんですか?

 ここは璃垣さんに任せよう。


「何か食べたいものある?」

「何でもいいよ」


 その返し一番困るやつ。


「今日は望がしたいことするんでしょ。だから食べたいものも望が決めて」

「じゃあハンバーガーで」


 私がハンバーガーとシェイクとポテトとクリームパイを一つずつ頼んだのに対して、璃垣さんはハンバーガーとドリンクを一つずつだった。おかしくない?


「朔ってすごく幸せそうに食べるね。しかも沢山」

「私は欲求に素直なだけ。食欲は三大欲求の一つだから仕方ないの」


 だから私は悪くない。

 たくさん食べてしまうのは私のせいじゃない。


「ふーん、つまり朔はえっちなんだね」

「なっ!?」

「ふふっ、冗談だよ。朔は可愛いね」


 からかわれた上に、また可愛いと馬鹿にされた。

 まあでも私は心が広いからそれくらい許してあげるとしよう。

 何と言ったって璃垣さんは――望は、私の友達だからね。

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