第二話『連絡先』
朝一で璃垣さんに謝罪するつもりで昨夜たくさん練習もしたのに、どうしてもう放課後なんだろう?
今日一日璃垣さんを見続けて、何度か目が合った気さえするのに一言も話すような状況にはならなくて……。
今はプリントを眺めているようだけど、帰るのは時間の問題だ。
自分から他人に話しかけるということを長い間しなかった結果、知らず知らずのうちにここまでポンコツになっていたとは……。
時間が経てば経つほど話しかけづらくなるというのに明日は休みだし……。
この機を逃したら多分一生後悔することになる。
だからどんなに怖くても、今ここで勇気を出して一歩踏み出さないといけない。
「あのっ! 璃垣さん、 昨日はごめんなさい!」
普段より大きな声が出たせいで余計に恥ずかしい……。
璃垣さんは突然の私の謝罪に「何の事?」と言いたげな表情を浮かべている。
「怪我とかしてないかなって」
「あー、何ともないから気にしないで」
「そっか、よかった」
おかしい!
昨日した脳内シミュレーションでは、この後、会話がたくさん広がっていたのに、私のことなんてどうでも良いのか鞄の中いじり始めたんですけど! この人コミュ障ってやつですよ!
でも謝罪はできたし、これ以上考えても仕方がないので、色々する予定だった話を端折って本題に入ろう。
「あの、お願いがあるんだけど、絵を描くところを見せてくれないかな?」
「どうして?」
「昨日見た絵に感動したから。自分で描けるようになりたくて帰ってから練習してみたけどダメダメで」
「私より絵が上手い人なんて、そこら中にいると思うけど」
「私はただ上手な絵が描きたいんじゃなくて、璃垣さんのようにキラキラして綺麗で特別な絵が描きたいんだ」
私がそう言うと、璃垣さんは鞄からタブレットを取り出して渡してくる。
「今すぐには描けないから前に描いた絵なら見せてあげる」
「ありがとう」
これは女児向けアニメのキャラクターかな? 小さい頃アニメで見ていた魔法少女のキャラクターに雰囲気が似てる。こっちは私でも知ってる有名なキャラだ。
うん、すごい。色々な絵があるのに、そのどれもが他の人が描く絵とは違ってキラキラしてる。璃垣さんには何か特別なものがあって、きっとそれが絵や璃垣さん自身のキラキラに関係しているんだ。
「引いた?」
「え、何が?」
「中学生や高校生にもなれば、絵を描いてるだけで良くない偏見を持つ人も少なくないし、ましてやアニメやゲームのキャラばっかり描いてるなんて気持ち悪いって思う人が多数でしょ」
「そういうものなのかな? でもテレビとかで話題になってる映画ってアニメが多い気がするし普通なんじゃない?」
「安良城さんって変わってるね」
いや、私より璃垣さんの方が絶対変わってるよ。こんな色してる人見たことないもん。
「もっと見ていい?」
「私の絵そんなに気に入ってくれたの?」
「うん、純水と海水くらい他の絵とは違うかな」
「ごめん全然分からないや、その例え。でも私の絵がとても綺麗ってことね。純粋な心を持つ私のように!」
……うん? 璃垣さんの絵は不純物が混ざっていても綺麗な海水のようだって伝えたかったんだけどまぁいいや。
「明日空いてる?」
「……暇だけど」
「じゃあ遊ぼ。せっかくの休みだし」
「はい?」
「私、やりたい事しかしないって決めてるから。色々な物に触れて、感じて、『描きたい』って気持ちになった時にだけ絵を描くの。それ以外の時に絵を描いたらそれはもう今の私の絵じゃないから。絵を描いてるところ見たいんでしょ? だから明日は私のやりたい事に付き合って」
「わかった」
何はともあれ、当初の予定通り謝罪は出来て、絵を描くところも見せてもらえることになった。後悔するようなことにならなくて本当に良かった。
「そうだ、連絡先教えて。時間とか場所とか決めないとでしょ。今日は予定があるから、もう帰らないといけないし」
「う、うん」
嬉しい気持ちを抑えきれず、同級生と初めて交換した連絡先をじっと見つめてしまう。
でも流されるままに連絡先を交換してしまったけど、私なんかがして良いんだろうかと思って、恐る恐る璃垣さんを見ると、そんな私の不安を払拭するかのように素敵な笑顔をしていて、心が少しだけ軽くなった。
「一緒に帰る?」
「ううん、少しだけ残ってく」
連絡先も交換したし、遊びに誘われはしたけど、まだ親しくない人と心の準備も無しで一緒に帰るほどの勇気は流石にない。それに私は基本的に徒歩通学だけど、璃垣さんがどうなのかも家の方向がどっちなのかも何も知らないわけで……。
「そっか、それじゃあ夜連絡するね。そうだ、私のことは望って呼んで。またね。朔、明日楽しみにしてるから!」
試練を乗り越えたら再び試練が訪れた。
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