月虹ダイアドレス

咲鞠

第一話『出会い』

 物心が付いた頃には、普通の人には見えていない物が見えていて、この世界がキラキラで溢れていることを知った。

『共感覚』といえば聞こえはいいけれど、普通ではないそれは、周りからすれば気味が悪く、忌避する対象にもなりえる事もあるし、程度によっては一種の病気と見なされる場合だってある。

 そんな変わった体質のせいで、少しだけ……ほんの少しだけ性格が捻くれてしまった私こと安良城朔あらしろさくは、花の女子高生一年目の五月下旬に差し掛かろうというのに、毎日ぼっち生活を送っている。

 正確には偶に声を掛けてくれる人はいるが、お昼を一緒に食べたり、放課後に遊んだりするほど親しい友達がいないというだけの軽めのぼっちなので、寂しくなんてない。

 まあでも『友達になって欲しい』なんて言われたら、連絡先を教えてあげるのも吝かではないけれど。


 帰りたい。

 決して寂しくはないけれど、親しい友達もいなければ、他の楽しみを見出したりということもない学校はやっぱり退屈なのであって……。

 かと言って、家に帰っても何もすることがないのだけれど。

 そんなことを考えていたら担任の教師が教室に入って来て、朝のホームルームの開始を告げる。


「ホームルームを始めます。欠席は……大丈夫そうかな。それじゃあ入ってきて」


 担任の教師がそう言うと、開いたままのドアから見知らぬ女生徒が入って来て、その子を一目見た瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が走った。

 高めの身長と細身の身体に加えて、白い肌や肩まで伸びた薄い茶色の髪が感じさせる今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気は、その整った容姿と相まって見た者の庇護欲を掻き立てる――そんな女性だ。

 でも、驚いたのはその優れた容姿にではなく、普通の人がしているキラキラとは違って彼女のそれは黒く、そして強く、輝いていたからだ。


 こんな色初めて見た。なのに存在感の塊のようなこの感じはまるで昔のお姉ちゃんのよう――


 そう考えた途端、激しい吐き気に襲われて、辛くて、苦しくて、呼吸も上手く出来なくて……。

 あ、これやばいかも……。

 そう思い、透かさず水道へと向かい教室を後にした。


 ……またやっちゃった。三十分くらい経ったかな。まだ気分悪いし今戻るのも気まずいし一旦保健室にでも行こう。


 今回で二度目だ。前回は入学式の日に抜け出して担任の教師に怒られはしたけど、その時に軽く事情を説明しているので、後で謝れば多分なんとかなるはず。


「失礼します」


 保健室に着いたのでドアをノックして入る――が、返事も無く、誰も見当たらない。

 保健の先生とは前に会ったけど、美人で綺麗で優しかったから、会えなかったのはちょっと残念だ。

 勝手にベッド借りても大丈夫だよね……? 一応病人だし。

 カーディガンはそのままに、リボンとワイシャツの第二ボタンを外してベッドに横たわる。

 落ち着く……。なんか眠たくなってきたかも……。


 ◇ ◇ ◇


 あれ? ええと、あ、そうだ。確か保健室に来てベッド借りてそのまま……。

 えっ、この人……どうしてここに……?

 目が覚めると目の前には何故か今朝の見知らぬ女生徒が居て、何かをしているようだったが、私が起きたことに気づいて、その手を止めて話しかけてくる。


「おはよう?」

「……おはよう」

「えっと、私、璃垣望あきがきのぞみ。ずっと休んでて今日が初登校なの」


 璃垣さんといえば、一度も学校に来ないせいで席替えの際に一番邪魔にならない後ろの窓際の席を宛てがわれた人と同じ名前だ。


「隣の席だった?」

「うん」

「それで、どうしてここに?」

「全然戻って来なくて心配だったから鞄持ってきたの。もう放課後だから」

「え、あっ、ありがとう」


 どうやら今日一日保健室で寝て過ごしてしまったらしい。体調不良とはいえ、複数の授業を初めて休んでしまったのは少し悲しい。真面目な事くらいしか取り柄がないのだから。


「…………」

「…………」


 会話が途切れて気まずい時間が流れる。

 一人で居るのは問題ないけれど、誰かと一緒に居るのに沈黙の時間があるのは苦手だ。

 この状況は精神的に良くないので、目を覚ました際に彼女が手を止めて膝の上に伏せたタブレットを見て質問する。


「さっきは何してたの?」


 すると彼女はばつが悪そうな顔をして謝罪してくる。


「ごめんなさい! 安良城さんを一目見て絵が描きたくなって……。嫌だったらすぐに消すので!」


 そう言って彼女が差し出してきたタブレットを受け取り、そこに描かれた絵を見た瞬間、喜びと悲しみが入り交じった感情が込み上げてきて涙が頬を伝うのを感じた。


「…………えっ……本当にごめんなさい。泣くほど嫌とは思わなくて」

「……違うの」


 絵の中の私は色が塗られていないにも関わらず、実際の私には無いキラキラした色が――失ったはずの色が付いていて……。

 彼女は――璃垣さんは、空っぽで何も無い無色の私に色をつけてくれる人。


 あなたはどうしてこんな絵を描けるの?

 あなたはどうしてそんな色をしているの?

 ――知りたい、この人の事をもっと――。

 頭の中が目の前の璃垣さんでいっぱいになり、そして――


「危ない!!」


 気が付くと、前のめりになってベッドから落ちかけた私を受け止めようとした璃垣さんの事を押し倒す形になっていた。


 目が離せない――

 まるで夜中の海のような色と神秘さだ。

 あと少し、あと少しで――

 その時、ガラガラッと音を立ててドアが開き、外にいる保健の先生と目が合って、再び理性が戻った。


 待って。私、今何しようとした?!?! 事故とはいえ同級生を押し倒してキスしようとして……しかもそれを見られて……。


 誤解を解かなければいけないのに、頭が混乱して上手い言い訳の言葉が出てこない。

 恥ずかしさで居た堪れなくなり、すぐさま自分の荷物を持って――


「す、すみませんでしたあああああ」


 その場から逃げた。


 鼓動が早い、顔も熱い。羞恥心と全力疾走のせいだ。

 璃垣さん……凄かったなあ、また話してみたいなあ。明日も学校来るかな。

 絶対変な人だと思われたから、まずは謝罪して誤解を解かないと。

 そうしたら、また絵を見せてくれるかな。

 よしっ!

 その日、私は小さな決心をした。

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