第54話 現代兵器
飛行機のコックピットで誰かと話しているのはゲルナンドだ。
「よろしいのですか!?」
無線に向かって大声で叫ぶゲルナンドだが、彼は激昂しているわけではなく、エンジンの音がうるさいため、こうでもしないと相手に聞こえないのだ。
「ああ、魔王様からの命令だ。是非はないだろう」
「ラジャー!」
向こう側から大佐の声が響くと、ゲルナンドは命令を受領する。
「ゲルナンド氏!我らはどこへ?」
「エジプトだ!」
「ラジャー!」
操縦士へ行き先を伝え終えると、ゲルナンドは再び無線を手に取る。
「シュクト様…聞こえますか!?」
『聞こえるよー!』
「シュクト様に頼みたいことがあります!」
『なになにー!?』
「伝説の勇者の排除です!」
『わー!最大の敵ってやつでしょ!?』
「そうです!万が一に備えて、コックピットから降りないことと、名前が相手に伝わらないようにしてください!」
『もし俺が逃しちゃったら、処刑されかねないからだよね!?』
「そうです!相手もシュクト様と同じぐらい強い相手です!万が一の万が一にも備えておいてください!」
『ラジャー!』
「伝説の勇者は日本にいます!GPSのデータを送りますので確認してください!」
『へいへーい!』
「シュクト様!何かあれば私へご連絡を!」
『了解!それじゃメッシュ!行こうぜー!』
ーーーーーーーーーーーーーーーー
僕は車を走らせ続けていた。
背後からはサイレンが聞こえてくるのだが、ただの警察だろう。相手にはしない。
トンネルで反響してくるサイレンの音がちょっとだけウザい。
「…あれ?止まった?」
「はい、追いかけて来ないで減速していますね」
そんなウザいサイレンの音が鳴り止んだことに疑問を感じて、ルームミラーで背後を覗くと、キリュウインさんの言葉通り、白バイや白い覆面パトカーは減速しており、僕の車との距離がみるみる内に広がっていく。
「…諦めたのか?」
「嫌な予感がします」
「…」
僕もキリュウインさんと同じ予感がする。
しかし、先を急ぐ身だ。このまま車を走らせるしかない。
僕の運転する車が長いトンネルを抜けると、すぐに異変に気付く。
「ヘリコプター?」
空には数機の武装したヘリコプターが飛んでいた。
翼のようなものの下には円形の筒が左右に取り付けられており、まるでガトリングガンのようにも見える。
「…撃ってきます!」
「っ!」
僕は咄嗟にキリュウインさんの腕を掴むと、勢いよく飛び上がり、車の上へと出る。
同時にヘリコプターから弾丸が秒速何千発という勢いで放たれると、乗っていたスポーツカーはすぐに蜂の巣となり、炎上して大破していた。
「…ベクター!キリュウインさんを頼む!」
『はっ!』
ベクターのツタによって包まれたキリュウインさんは、ベクターの領域と呼ばれる亜空間へと姿を隠す。そこなら物理的干渉を受けることはまずないそうだ。
「さて…」
すぐにヘリコプターは空中にいる僕に気付くと、今度はミサイルを何発も撃ち込んでくる。
人間相手に使う兵器ではないだろうに。
「ファイア・ウォール!!」
僕は炎の壁を生じさせると、その炎の壁とミサイルが接触して、互いに大きく爆発していく。
その爆風に煽られて激しく揺れるヘリコプターの1台へ、炎に身を隠しながら、僕は取り付く。
「…っ!」
僕がヘリコプターの中へ入り込むと、すぐに弾丸が飛んでくる。どうやら機内にいる軍人が放ったもののようだ。
「…」
僕は拳銃を構えている軍人の頭部へ指を向けると、その頭部がパンっと破裂する。
同じようにして、すぐに機内の人間を無力化していく。
ヘリコプターの狭い機内を進んでいくと、すぐに運転席が見えてくる。
そこには2人の操縦士がおり、必死に計器類を操作している。
「ぶぺぇえ!!」
「…くそ!脱…ぶぺぇえ!!」
2人の操縦士の頭部を破裂させると、僕はヘリコプターの操縦席へ座る。
「やばい…車なんてもんじゃないぞ…これ」
計器類の数々に僕は眩暈を覚える。
どうやら自動操縦化されているのか、勝手に飛んでおり墜落することはなさそうだ。
とはいえ、思い通りの方向へ飛ばすことすらできない。これでは移動手段として欠陥があるな。
「仕方ない…」
僕は計器類を適当にいじくり回す。
すると、ピッという音と共に、コックピットに映っている他の2機のヘリコプターへ残っていたミサイルが放たれる。
「おー!すごい!」
目の前でミサイルが直撃して、まるで花火のように炎を撒き散らす2機のヘリコプター
乗っていた人間が燃えながら飛び出してくるのも面白い。
「…ん?」
2機のヘリコプターを撃破した筈だが、まるで何かの警戒を促すように、計器類からピッピッピという音が連続して鳴り響いていた。
「…何だ?」
僕が怪訝そうに周囲を見渡していると…
「っ!?」
大きな衝撃と共に、僕の体を爆風が包み込む。
どうやら乗っていた僕のヘリコプターも、どこかから放たれたミサイルによって撃墜されたようだ。
僕はバラバラになった肉体を再生しつつ、黒い煙と炎の中から飛び出すと、3機の戦闘機がこちらへ向かってくるのが見える。
「そこまでするか…」
僕は空に浮かびながら、こちらへ向かってくる戦闘機から光が放たれることに気付く。
「っっ…っ!!」
防御魔法を放っているのだが、戦闘機から放たれた弾丸は、それを容易く貫通してくる。
人間が手で持つ銃とは比べ物にならないほどの火力があるようだ。
「まずい…意外と手強いぞ」
軍隊を相手にすることなど、今の僕なら容易いと思っていたが、相手が戦闘機などとなれば話が別のようだ。あの火力で攻撃されれば、僕は怪我もするし、何ならさっきのミサイルの直撃でほとんど死んでいた。
ベクターの魔力の貯蔵が少ない今、これ以上の負傷は避けたいところだ。
「…仕方ない。撤退するか」
僕は額に手を当てて発光する魔法を放つ。
すると、編隊を組んでいた戦闘機の隊列に乱れが生じる。
目眩しは有効なようだ。
「…よし」
その隙に、僕は地上へと降下する。降りる場所は道路の上ではなく、その外にある森の中だ。
木々の中に身を隠して僕は目的地まで進むことにする。今の位置的には、長野県には入っているだろう。残り40kmもない。隠れながら歩いても十分に行ける距離だ。
僕は深い山の中を進んでいく。
しかし、相手は簡単に見逃してくれるつもりはないようだ。
「…む?」
深い木々の隙間から空を見上げると、ヘリコプターや戦闘機が飛び交う様子が見える。
そして、バラバラと何かを空から降り注がせていた。
「…まさか」
すぐに、周囲の森が爆炎と共に炎に包まれる。簡単には消えない科学の炎だ。
「そこまでやるか…」
1000℃前後の炎や煙なんかは魔力で防げる。
しかし、この状況で最も不味いのは酸欠だ。
「くそ…」
意識が遠のいていく。
魔法で人体を強化することで、銃や有害な物質に耐えられるようにすることは可能だ。しかし、人体の構造自体を変えることは難しい。必要なものが摂取できなければ、いくら勇者だろうが、魔王だろうが、魔力があろうがなかろうが、訪れるのは死だ。
ぐ…くそ…
まさか…こんなところで…
いや、僕があいつらを舐め過ぎていた。
魔王に特化した家系…ならば、敵対する勇者の特性など研究し尽くしているだろうに…
僕は薄れていく意識の中、魔力で肉体を保護しながらも燃える森の中を進んでいく。
しかし、気づけば、僕は地面に倒れ込んでいた。
立てない…
体が…動かない…
魔力をコントロールするどころか手足すら動かせない。
しかし、こんな炎の中でも、僕が生命機能を維持できているのは、誰かが僕を守ってくれているからだろう。
「…ぷふふふ」
「ナイア…か…?」
「ユウタ様、苦戦しておりますねぇ」
「…ああ、どうだ?愉しいか?」
「はい!それはそれは!とても!」
「そうか、それは良かった」
「…おやおや?私へ助けろとお命じにならないので?」
「ああ、そんなことをしたらツマラナイだろ」
「ぷふふふ!そうですねぇ!!」
ハッと気付くと、周囲の炎は鎮火している。
空を見上げると、ヘリコプターや戦闘機はすべてが爆散している。
そして、僕の目の前には両手を広げて空を仰ぎ見ている黒い影でできた人の姿があった。
「…どうして助けた?」
僕は黒い影の背中へそう尋ねると、グルリとその首だけが背後へ向きを変える。
「何を仰いますか!?私はユウタ様の忠実なる下僕…主人のピンチに駆けつけるのは当然にございます!」
胸の前で腕を組み、健気な少女の声で、まるで祈るようにそう言い放つナイア
「…この状況が面白いとは思えないぞ」
「いいえ、愉しいのはこれからですよ」
「これから?」
「はい…ユウタ様は私に愉悦を覚えさせました!」
「…そうかもしれないな」
「はい!ですから!ユウタ様にはその責任を取ってもらわなければなりません!」
「ほう…お前が僕に何かを求めるか」
「僭越ながら!求めさせていただきます!私を退屈にさせないでください!」
「…善処しよう。助けられたのは事実だ。その恩に報いるのは、お前を退屈させないことが最も適切か」
「はい!」
「…よかろう」
ナイアは"魔王"であった頃の僕の言うことは本能的に従う素振りがあった。しかし、今の僕には素直に従ってくれる気がしない。むしろ、少しでも、こいつの期待を裏切るようなことがあれば、僕はこいつによって消される可能性すらある。
やはり、魔王でなくなることにはリスクがあるな。
「ぷふふふ!愉しみにしていますよ!」
「…ああ」
「あっ!それと!あと2回ですよ!私がピンチだと思って助けるのは!」
「ほう」
「それを過ぎたら…分かりますか?」
「面白い。僕を脅かすのか?」
「ぷふふふ…私は愉しければ…何でもしますよ…それでは!」
シュルリと黒い影が絞った雑巾のようになると、そのまま音もなく姿を消していく。
残ったのは黒焦げになった森にポツリと残された僕だけであった。
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