第53話 渡米
「範囲は地球だ。魔王を探し出すことなど容易ではないぞ」
キリュウインさんの言葉に、僕は異を唱える。魔王相手には、まずはゲームで勝つ方が現実的に思えるが。
「ユウタくんは大魔王をチケットで選んでいたんですよね?」
「…隠れて聞き耳を立てていたのか?」
キリュウインさんがあの場面にやってきたのは最後の方だ。僕が大魔王チケットを購入したのは、割と中盤である。
つまり、隠れて、僕とアヤカさんの会話を聞いていたということだ。
「すいません…」
キリュウインさんは素直に謝罪する。しかし、今はそんなことなど後回しだ。
「それで、僕が大魔王チケットを買ったことに何の関係があるんだ?」
「普通は、なかなか大魔王を選ぶことはできません」
「ん?」
「魔王や普通の役職を希望できる人は稀にいますが、大魔王ともなれば別です」
「つまり?」
「えっと、誰かまでは分かりませんが、ムフェト家の人間が参加者にいると思います」
キリュウインさんの話は突拍子もなくて理解が難しい。
「ムフェト家?」
「はい。先祖代々、魔王側に特化した家系です」
「家系?家族ぐるみで魔王ゲームへ参加している奴らがいるのか?」
「そうです。ムフェト家は世界を裏で動かしている大家の一つです」
「話が壮大すぎるな」
「そのムフェト家の本拠地はアメリカです。もしかすると、大魔王はアメリカにいるかもしれません」
「つまりだ。大魔王を希望できる人間は貴重で、心当たりのある人間がムフェト家に連なる人物しかいない。そして、そのムフェト家の連中はアメリカにいると…そういうことか?」
「はい。ムフェト家は魔王に特化した家系ですから、今回も魔王側を希望してゲームに参加しているはずです」
「なるほどな。組織で動けた方が、確かにこのゲームは遥かに有利だ。それも人間側と魔王側でコロコロ変わるよりも、どちらかに特化した方が勝率も高い」
「はい…」
「地球上で魔王を探すよりも、アメリカって範囲を限定された方がまだマシだな」
魔王を探し出すのもアリかもしれない。今の能力値なら、1週間もあればアメリカ全土を探し回ることぐらいはできるかもしれないからだ。
「ですが」
「ですが?」
「ユウタくんとムフェト家の接触は危険な気がします」
「同じ参加者だとすれば、接触は避けられないだろ」
「…それは…そうですが」
「何が危険なんだ?」
「ムフェト家は魔王を希望できる参加者を欲しています。大魔王を希望できる人物ともなれば、このゲームを捨ててでも、ユウタくんを手に入れようとするかもしれません」
「そうか」
つまりだ。
逆に、僕がそのムフェト家を乗っ取ることができれば、組織が自然と手に入るわけだ。僕の意向を妨げる愚か者も出てこなくなる。
これは都合が良いぞ。
「キリュウインさん」
「はい?」
「賭けになるかもだけど、アメリカに行こう」
「…わかりました」
キリュウインさんは自ら提案しておいて気後れしていそうな雰囲気だ。
他にも何かあるのかもしれないが、あまり関心はない。
「で、どうやってアメリカへ向かう?」
僕は肝心の移動手段を問いかけると、キリュウインさんはスッとベッドから立ち上がる。そして、奥にある本棚から1冊の本を取り出す。
「…?」
「これはキリュウイン家に伝わる転移魔法陣の場所を示す本です」
キリュウインさんは怪訝そうにしている僕へ説明を始める。
「ここから300km先、古森市の別荘に、アメリカへ転移できる魔法陣があります」
「アメリカのどこに転移するんだ?」
「キルキルル州です」
キルキルル州は知らないけど、転移できるのはありがたい。船や飛行機というのはなかなか難しい移動手段だ。前者は時間、後者は金と身分だ。
それに、アヤカさんに僕が伝説の勇者だと魔王側へバラされているだろう。目立つ交通手段は避けたい。
今思えば、アヤカさんはムフェト家と関わりがあるのかもしれない。今回のゲームの参加者にアヤカさんはいないから、僕の情報を魔王側へ渡すメリットが他に考えられない。
「300kmか…電車で行けるか?」
「長野県の軽井沢まで新幹線で行って、そこから古森市兵向かうのが一番近道ですが…」
「アヤカさんが魔王へ情報を漏らしているはずだから、新幹線を使うのは得策じゃないな」
「はい…ユウタくんを簡単に殺せないと知っているはずですが、その行動を鈍らせようと、様々な妨害工作をしてくるはずです」
「その過程で、万が一、キリュウインさんが殺されてしまっては負けになるわけか」
「はい…」
「歩いていくのも無謀だな…車がベターか」
「車ならそこの部屋の外にあります…運転できるんですか?」
「ああ、意外と自信あるぞ」
ーーーーーーーーーーーーーー
真っ赤なスポーツカーが高速道路を駆け抜けていく。
すでに宵闇に包まれているためか、道路に車は少なく、右車線と左車線を交互に行き来して前方の車両を追い越していくことで、スポーツカーは凄まじい速度を維持していた。
時速は…180km
このままの速度なら1時間ちょっとで目的地に辿り着けるな。
僕は真っ赤なスポーツカーのアクセルを全開にしながらもカーブを曲がる。車体が浮き上がるような感覚があるのだが、そこはベクターの出番だ。
浮き上がりそうになる車をツタで地面に固体させて、速度を落とさないまま、車はカーブを綺麗に曲がりきる。
「きゃぁああああああ!!!」
隣の助手席でキリュウインさんが悲鳴をあげている。このフワリとした感覚で絶叫しているのだろうか。
「止めて!止めてー!!止めてーーー!!」
運転している僕の肩を揺らしてくる。ハンドル操作を誤って他の車やガードレールと衝突するかもしれないから、余計に危険だ。
ま、車がこの速度で事故ったぐらいでは、彼女に怪我一つ負わせない自信はある。
そんなに叫ばなくても良いだろうに。
「む…」
そんな風に高速道路を進んでいくと、僕の目の前の道を2台のトラックが塞いでいた。
左車線のトラックを追い越すために、右車線へ出たトラックのようだ。
そして、右車線のトラックの速度は100kmにも満たない速度のようだ。悪いが、その速度に付き合ってやる暇はない。
「…ベクター」
『はっ!』
車線を塞いでいるトラックをベクターのツタが持ち上げると、その下を僕の車が通り抜ける。
「よし」
「ユウタくん…あのトラック…ムフェト家の…」
「ん?」
隣で青白い顔をしているキリュウインさんが何かを僕へ伝えようとしていた。
すると…
「む!?」
僕の目の前の道が爆発する。どうやら背後から放たれたロケット弾によって生じたもののようだ。
僕が急ブレーキを踏むと、爆発によって粉砕された道路のちょうど手前で車が停まる。
このままでは先へ進めないようだ。
「…む」
続けて、僕達ではなく、道へロケット弾が次々と放たれる。
度重なる爆風に耐えきれず、道はガラガラと大きく崩れ落ちていく。
完全に、前方の道路と遮断されてしまっていた。
僕がルームミラーで後方を覗くと、そこにはトラックからゾロゾロと兵士が出てきている光景が映っていた。
「ユウタくん!?どうするんですか!?」
「まずは敵を排除する…ベクターを使えば、この車を向こう側まで持っていくことは可能だ」
車は必須だ。
魔法で飛んでも構わないが、流石に車の方が速いし疲れない。
「排除!?」
キリュウインさんは怪訝そうな顔で僕を見つめる。
まるで、僕に人殺しなんかできるのかと問いかけているような瞳だ。
「…安心して」
「え?」
「僕の趣味は人殺しだから」
ーーーーーーーーーーーー
「…」
キリュウインさんは複雑な表情で窓の外から景色を見つめていた。
時速は相変わらず180kmで運転しているのだが、もはや慣れているのか、叫ぶ様子すらなく平然としていた。
しかし、あの部隊はやはりムフェト家の私兵だったようだ。
逆に言えば、こちらの読み通り、魔王側にムフェト家の者がいる可能性が高い。
「ムフェト家が関与していると分かった。それは収穫だったな」
「…そうですね」
「どうした?」
「…」
「僕が人間を簡単に殺したことが不満か?」
キリュウインさんが見ているからか、遊ぶことなく、ちゃんと彼らは殺した。
本当は色々と遊びたかったけれど、今はキリュウインさんとの関係を悪くすることはしたくない。
「いえ、それはどうでも良いんです」
意外に、僕が人を殺したことへの関心はないようだ。
「なら、どうした?」
「…ムフェト家とキリュウイン家は因縁があります」
「キリュウイン家?」
どうやら、ここにくる前に、あの隠れ家で見せた表情は、家のことが原因だったようだ。
「はい…私の実家は…ムフェト家と対立する勇者の家系なんです」
「勇者の家系ってことは、ムフェト家の勇者バージョンってことか」
「はい…」
「で、それで、どうして、そんな憂鬱そうなんだ?」
「私は本家から勘当された身です。もう、あの家とは関わらないと決めたんです」
「…だが、今回のターゲットはムフェト家だ。キリュウインさんの家とは関係ないだろ?」
「違います…キリュウイン家の方針は途中から変わってしまったんです」
「変わった?」
「はい、キリュウイン家とムフェト家で手を組んで、ゲームをコントロールし始めたんです」
「なるほど、勇者に特化した家と魔王に特化した家同士が組めば、ある意味で最強だな」
「はい…もしかすると、キリュウイン家の本家も出てくるかもしれません」
「つまり…キリュウインさんの実家が、僕達の行く手を阻む敵として出てくるってことだな」
「…はい」
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