第52話 予兆




「…こちらです」

「ああ」



 刑務所の面会室へ通されたのはゲルナンドと呼ばれる漆黒の軍服の男性だ。

 入り口に立つ彼の視線の先には、まるでゴリラのような体格をした大柄な男性がいた。彼の腕は丸太のように太く、固定された机と手錠で繋がっているのだが、そんな机や手錠など強引に引き千切ってしまいそうに感じるほどの威圧感があった。



 しかし、そんな大柄な男性にも臆せずゲルナンドは淡々と進んでいくと、彼の前の席に座る。




「…スコット・ハーバンドだな」

「そうだ」


 ゲルナンドが資料に目を通しながら、目の前にいるゴリラのような男性の名前を呼ぶ。



「懲役30年…これまたすごい」

「何だ。俺と世間話に来たのか?お偉いさんは暇なんだな」

「そう邪険にするな。俺はお前と交渉に来たんだ。世間話は交渉の、そうだな、前菜みたいなもんだろ」


「ふん」



 スコットは鼻で笑うと、目の前のゲルナンドに関心なさそうに天井を見つめ始める。



「…おいおい、どうした?」

「お前と話すよりも、こうして天井のポツポツを数えていた方が楽しい」

「はははは!こりゃ手厳しいな」



 ゲルナンドは笑うのだが、対するスコットは本当に天井のポツポツの数を目で追って数えている様子だ。




「…」

「仕方ない。なら、早速、本題へ入ろうか」



 ゲルナンドがそう言うと、スコットはスッと視線を下ろすと、目の前のゲルナンドをジッと睨む。




「とある少女を殺してほしい」



 ゲルナンドはスコットと視線を合わせると、そう堂々と告げる。



「…俺に殺しの依頼か?はん!国のお偉いさんは何を考えてやがる」

「まぁ、そう言うな…受けてくれるなら刑期を半分にしてやろう」


「…っ」

「目の色が変わったな。意外と分かりやすい奴だ」



 スコットが刑期の話をされると、明らかに顔色が変わる。



「受けるだけで刑期が半分とは気前が良いな…俺は依頼だけ受けてサボるかもしれねぇし、もしかするとトンズラするかもな」

「おいおい、俺の気前がこんなもんだと思うのか?」


「あん?」

「…もしだ。もし、とある少女を殺すことができれば、特典は2つある」


 ゲルナンドがそう告げると、スコットは顎で続けろと合図する。



「1つは完全な恩赦だ。お前をここから出してやる」

「…もう1つは?」


「お前の復讐に対して、国は目を瞑ろう…一般人に被害が出れば話は別だが、マフィアはいくら殺してもらっても構わない」


「…」


 スコットは怪訝な顔でゲルナンドを見つめる。

 いくら何でも気前が良すぎると思っているようだ。



「…おまけにだ」

「おまけだと?」


「お前の復讐のターゲット、その居場所を教えてやる」

「…」


「どうだ?」



 ゲルナンドが問いかけると、スコットは顔を上げて天井を見つめる。今度は、天井のポツポツの数を数えているのとは違うようだ。



「…とある少女というのは?」

「キルキルル州の北部、中学校に通うただの女子生徒だ」


 そう言ってゲルナンドは写真と資料をスコットへ見せる。



「…ど田舎じゃねぇか」

「そう言うな。オートミールはクソ上手いらしいぞ」

「そりゃ良い。俺の嫌いなものトップ3にオートミールがあるからな」


 スコットはそう言って写真の少女を見つめる。

 そこには垢抜けてはいないが、美少女と呼んで差し支えのないメリーが映っていた。



「…この少女に何かあるのか?」

「ああ、もちろん」


 スコットの質問に、ゲルナンドは笑顔で頷く。

 美少女なだけで、どこにでもいる田舎町の子供だ。わざわざ、凶悪犯罪者に恩赦を与えてまで殺す指示を出す意味がわからない。



「…話すつもりはないな」

「ああ、もちろん」


「…」

「俺達は隠し事はするが、嘘は言わない」



「…考えさせろ」

「そうか、残念だ。この件の参加枠は2つしかない。もうすでに1つは埋まっている。もう1つも時間の問題だろう。ああ、残念だ」



 ゲルナンドはそう言って席を立つと、踵を返して、面会室から出ようとする。




「待て!」

「どうした?考える時間ならやるぞ。どれぐらいそれが残されているかは知らないし、結論が出た時に枠が空いている保証はできないがな」



「…受ける」





ーーーーーーーーーーーーー



「…ゲルナンド氏、よろしいのですか?」



 刑務所の所長は、この所内で最も凶悪な犯罪者を解放する手続きをしながら、ソファーに座っているゲルナンドへ問いかける。



「よい?あいつを解放することがか?」

「いえ、それは大したことではないでしょう。問題は、その子が魔王側だった場合です」



 刑務所の所長は、メリーと呼ばれるターゲットが参加者であり、魔王陣営であれば、スコットに殺させることがデメリットになると危惧していた。


 しかし、彼の懸念をゲルナンドは鼻で笑う。



「安心しろ。今回のゲーム、魔王側の役者は揃った」

「何と!?」


「…これから報告のある戦闘力補正のある人物は、みな、人間側の役職者だ」

「素晴らしい!魔王様の勝利が着実に近づいておりますな!」


「ああ、それにだ。もし、このメリーという少女が役職者ならば、あのスコット如きに殺されることなどないだろう」

「では…なぜ?」


「殺せと命じれば、必ず、この子に戦闘力補正があるのかどうか分かるはずだ」

「ふむ…」


「俺の任務は調査だ。この子が違ったら違ったで構わない。次を探すだけだ」

「なるほど…しかし、仮にですが、人間側の役職者だと判明した場合は、どうやって排除するおつもりで?」



「もし、人間側の役職者だとすれば…」



 ゲルナンドはソファーから立ち上がると、部屋の奥まで進んでいき、所長室の窓から外を覗く。

 青く晴れた空が広がっているのだが、どこかボンヤリと巨大な人型の影が浮かんでいるようにも見える。



「俺の役割ではなく、我らが黒騎士様の出番というわけだ」


「黒騎士…」



 所長は首を傾げているのだが、そんな彼へ全てを説明しなければならない義務はない。

 そう言わんばかりに、ゲルナンドは部屋の出入り口へと歩いていく。



「どちらへ!?」

「手続きは任せる。俺は次の任務があるのでな」


「もう次の任務ですか?」

「ああ…ヒロインの居場所を探しに行かねばならん」






ーーーーーーーーーーー



 メリーとシェリルは図書館で本を読んでいた。神話などの創作物が多く、どうやら魔王ゲームについて色々と調べているようだ。



「オタクのシェリル!オタクのメリー!2人は仲良く読書ですかー!?」

「きゃははははは!!」



 すると、マリア達3人が図書館へやってくると、2人が読んでいる本の一つを取り上げる。



「世界を裏で動かす5家について…だってさ!」

「何これ!?陰謀論でも学んでるの!?」

「「きゃはははははは!!!」」



 大騒ぎするマリア達3人

 図書館にはその3人とメリーとシェリルの合わせて5人しかいないため、誰も彼女達を注意する人はいない。




「…図書館では静かにって教わらなかった?」


 メリーがそうマリアへ言うと、3人は顔を見合わせてから大笑いする。



「わー!良い子ちゃん!」

「メリーちゃんは優等生でちゅねー!」



「…静かにして」



 シェリルはメリーがバカにされ始めると、我慢ならない様子で3人へ静粛にするよう促す。

 しかし…



「シェリルちゃんも良い子ちゃんですねー」

「2人は仲良くオタクのお勉強ですか?」


「私も一緒にお勉強しょうかしら」



 マリア達は余計にヒートアップする。

 手に持っていた本をパラパラと捲り、中身の朗読を大声で始めるマリア



「えー!世界を裏で動かす5家で、特に強大な力を持っているのがムフェト家とキリュウイン家である!」

「きゃはははは!!世界を裏で動かす!?何これ!?」


「…もう」

「最悪」



 マリアの朗読にメリーとシェリルは辟易していた。

 しかし…



「古くから魔王ゲームに参加している2家は…」



 マリアが続きを読み上げると、メリーとシェリルがハッと席を立ち、マリアから本を奪い取る。



「「魔王ゲーム!?」」


「な、何よ!?」

「キモっ!」

「すごい必死ね…」



「…魔王ゲームによって得た才能を駆使…富と名誉…世界を裏で動かすに至る…」



 マリア達がブツブツと文句を言っているのだが、まったく構う素振りもなく、メリーとシェリルは本を読み進めていく。



「待って…これ…アメリカもムフェト家の支配下にあるって書かれているわ」

「ムフェト家…代々、魔王側であることを生業として…」



 本を熱心に見つめるメリーとシェリル

 当人達は生きるか死ぬかの問題に近いのだが、周りから見れば、訳の分からないことに必死になっている理解不能のオタクに見えるだろうか。



「マリア、行こう…何か気持ち悪い」

「うん…おええぇ」



 吐き台詞すら聞く耳を持たずに、メリーとシェリルは本を読み進めていく。




「ね…メリー…これが本当なら、この国は魔王によって支配されているってことにならない?」

「…」


「メリーって勇者よね?魔王の敵…ってことは」

「…こ、こんなのデタラメだよ」



 メリーはそこ知れぬ不安を抱えながらシェリルへ笑ってみせた。

 確かに、魔王ゲームという単語が出てきているからと言って、ここまで荒唐無稽な話を鵜呑みにするわけにもいかないだろう。


 国中、いや、世界中にいる人間側を国家の力で排除するとまで書かれているのだ。

 そんな話を鵜呑みにするのは流石に無理がある。




「おや、メリーとシェリル…ここにいたのかい?」

「「先生!?」」


「ど、どうした?2人とも、汗だくだぞ?」



 メリーとシェリルの前には、少し髪の毛が後退しているが、優しそうな男性教諭がいた。



「あ、いえ、何でもありません」

「そうか?あ、そうだ。この間の件で、メリーに表彰状が届いているから、校長室へ来なさい。あ、シェリルもだよ」


「はい、分かりました」

「はい!」



 メリーとシェリルは先生に言われた通り図書館を後にしようとする。



「本は私が片付けておくから、校長先生をあまり待たせないでくれよ」

「はーい!」



 メリーとシェリルは先生に言われた通り、本の片付けを男性教諭へお願いすることにした。この学校の校長はせっかちで有名だ。少しでも待たせてしまうと不機嫌になる。




「…おや」



 そして、誰もいない図書館で、男性教諭はとある本に気付く。

 先ほどまで2人が読んでいた本だ。




「…」



 男性教諭の目が黄色に変わると、目の前にあった本は音も立てずに燃え、灰も残さずに消え去る。




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