第51話 勇者とヒロイン
僕とキリュウインさんは場所を変えることにしていた。
それもかなりの距離を移動している。
「…県外まで来てどうするの?」
僕は県境の看板を眺めながら、先を歩くキリュウインさんへ声をかける。
正直、ここまで長い距離を、こんな短時間で移動できる体力がキリュウインさんにあるとは思わなかった。ヒロインは戦闘力補正がないから、これはキリュウインさんの素の力ということか。
「まずは山奥に身を隠さないといけないです」
「…ヒロインだから?」
「はい」
「…わかった」
キリュウインさんは"ヒロイン"という役職だ。
戦闘力補正も何もないのだが、殺されてしまうと人間陣営の負けになってしまうという厄介な役職である。その代わりに、人間陣営の誰もが、キリュウインさんがヒロインだと把握している。
こうして、スマホの魔王ゲームの欄にある参加者一覧を見ると、確かに、キリュウインさんのところに"ヒロイン"と書かれていた。
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■参加者一覧
ユウタ:伝説の勇者
サヤ :ヒロイン
ヘイムダル
スコット
シンジ
メリー
シュクト
メグミ
サイサイシン
ペイプッシー
ミシェル
フーゴ
トレノバ
◇役職
・市民 能力:なし 戦闘力:なし
・光聖女 能力:占い 戦闘力:A
『選んだ相手が魔王か確認できる』
・賢者 能力:神託 戦闘力:A
『処刑した参加者が魔王か確認できる』
・戦士 能力:なし 戦闘力:A
・勇者 能力:護衛 戦闘力:S
『自分以外の参加者を1人選んで襲撃から守ることができる』
・伝説の勇者 能力:超護衛 戦闘力:S S
『自分以外の参加者を1人選んで襲撃から守ることができる。護衛対象の参加者を魔王が襲撃した場合、いずれかの魔王に“死”が訪れる』
・ヒロイン 能力:物語の乙女 戦闘力:なし
『人間陣営の全参加者はヒロインが誰なのか共有する。魔王陣営やその他陣営には共有されない』
『能力、襲撃、処刑などの手段を問わず、殺されてしまった場合、人間陣営の負けが確定する』
◆役職
・黒騎士 能力:防衛、準共感覚 戦闘力:S S
『自分以外の参加者を1人選んで処刑から守ることができる』
『誰が魔王か知ることができる』
・魔貴族 能力:共感覚 戦闘力:A
『同じ陣営かつ共感覚を持つもの同士で念話ができる』
『誰が魔王か知ることができる』
・大魔王 能力:共感覚、威厳 戦闘力:S
『聖女に占われても"魔王"と判断されず"市民"として表示される』
『襲撃の投票権を持つ』
『同じ陣営かつ共感覚を持つもの同士で念話ができる』
『誰が魔王か知ることができる』
・殲滅の魔王 能力:強欲なる襲撃、共感覚 戦闘力:A
『1ゲームに一晩だけ2名を選んで襲撃することができる』
『襲撃の投票権を持つ』
『同じ陣営かつ共感覚を持つもの同士で念話ができる』
『誰が魔王か知ることができる』
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僕とキリュウインさんは車や人の気配がない山道を進んでいくと、そのまま傍に進み、森の中を進んでいく。
やがて、小さな廃屋が見えてくると、キリュウインさんは何の迷いもなく中へ入っていく。
「…」
ボロボロだと思った廃屋の中には何も置かれておらず、殺風景な部屋が広がっていた。
そんな廃屋の床へキリュウインさんが手を触れると、ガコッと音がなる。
「すごいね」
「…行きましょう」
キリュウインさんが触れた床が下開きに開くと、階段が姿を見せる。どうやら、この廃屋の正体は地下にあるようだ。
僕とキリュウインさんが地下へ進んでいくと、1枚のドアが階段の先に見えてくる。そのドアを開くと、そこにはホテルのような部屋があった。
スイートルームとはとても呼べない。
こじんまりとした部屋ではあるが、食料が備蓄されており、風呂やトイレも完備、空調まである。
少しの間、ここで身を隠す分には不自由がない設備だ。
キリュウインさんがベッドに腰掛けて、僕はソファーに座る。
すると、すぐにキリュウインさんが険しい顔で僕を見つめてくる。
「…敵に、ユウタくんが伝説の勇者だと知られています」
「そのようだね」
僕が淡々と頷くと、キリュウインさんはどこか怪訝な顔で僕を見つめてくる。
「どうしたの?」
「…初日に、確実に、ユウタくんが襲撃されますよ」
「そうだね。勇者はもう1人いるから、初日に名乗り出ようと思う。そうすれば、もう1人の勇者が僕を護衛して、僕がキリュウインさんを護衛すれば、一旦のところ、僕への襲撃は防げるね」
「黒騎士がいます。おそらくですが、殲滅の魔王が平気で対応に出てくると思います」
「対抗?」
「…伝説の勇者だと自分の役職を偽って名乗り出てくることで、ユウタくんの作戦を潰しに来るはずです。2人も伝説の勇者だと名乗る人がいれば、みんなはどっちが本物なのかわからないから、勇者もどちらを護衛して良いのか確実な判断ができません」
「うーん…なるほど、そういう戦術を対抗って呼ぶんだね」
「私はユウタくんが本物の伝説の勇者だと知っていますし、みんなも私がヒロインだと知っています。だから、ヒロインだと名乗り出て、そうみんなへ周知しても良いですが…」
「リスクがデカすぎる。僕も勇者も殺されれば、負け確実だ」
「はい…私がユウタくんを伝説の勇者だと知らないように、ゲーム内では立ち回ろうと思います」
「了解だ」
間違いないな。
キリュウインさんは魔王ゲームの経験者だ。これは利用できそうだ。
「それに、仮に対抗が出てこないで、ユウタくんの作戦が成功しても…いえ、失敗しても、いずれにせよ、真聖女や賢者が襲撃される可能性も高くなります」
「ん?さっきの話だと、聖女や賢者も2人出てきそうだけど」
「いいえ、今回のゲーム、そこまで聖女は重要じゃありません。賢者は…難しいところですが」
「ん?」
「まず、大魔王は聖女の能力で暴けないんです」
「…なるほど。それなら、聖女が襲撃されても問題ないだろ」
「微妙なところです。もう1人の殲滅の魔王は聖女の能力で暴けますから、人間側にとって聖女の役割は大きいけど、魔王側にとっては対抗までして潰す価値があるかは微妙なんです」
「ん?ごめん。分からない」
「戦略として、今回のような配役では、ヒロインが誰か探りつつ、大魔王が最後まで潜伏する作戦できます。他の魔貴族や黒騎士、殲滅の魔王は現実でもゲーム内でも暴れ回る役目を負うはずです」
「つまり?」
「殲滅の魔王は勇者や処刑で殺されることを折り込み済みで立ち回ると思います。だから、聖女に占われて処刑されることも想定済でしょう。むしろ、準備さえ整えば、処刑されることがメリットにすらなり得ます。上手く行けば、この人が殲滅の魔王なら、この人は大魔王じゃないと思わせることが、会話の中でできるかもしれませんから」
「なるほどな…魔王として動けば、どこかで必ずボロが出る。時間が経過すればするほど、そのボロは大きくなって目立つようになる。だったら、役割分担を明確にして、隠れ潜む魔王と、行動する魔王で役割を分けるわけか…開き直った考え方だけど、なるほど」
隠れ潜む魔王か…
大魔王の聖女を無効にする能力は、その役割分担を見据えてのものか。
しかし、隠れ潜むのが大魔王というのは、言い得て妙だな。
「でも、殲滅の魔王と大魔王が生き残ったまま終盤を迎えると、私たち人間側はかなり不利になります。だから、聖女の能力は、魔王側と対等に立ち回る上で必要不可欠です」
「…なるほど」
「それに、賢者が殺されると、かなり不利になります」
「…処刑した人間が魔王かどうかなんて、そこまで重要か?」
賢者の能力は処刑した奴が魔王かどうか分かるというものだ。
「はい。まず、賢者も人間側にとっては重要な役割を担っていますが、魔王側からすれば対抗までするほどのものではありません。しかし、この微妙な線引きが、賢者の強みです」
「強み?」
「はい、賢者は進行と呼ばれる役割を担うことが基本です」
「進行?」
「その日に、誰を処刑するのかを決める。それが1番大きな進行の役割でしょうか」
「なぜ賢者に決めさせるのだ?」
「人間側からすれば、誰が魔王かわかりません。しかし、賢者が名乗り出て、賢者が1人だけならば、その1人は人間側であると判断できます」
「そこまでは理解できる」
「はい。進行が必要な理由は投票にあります。投票がバラバラになってしまっては、意思疎通のできる魔王側に一方的に蹂躙されてしまいます。そこで、人間側だと判断できる人に投票を委ねることで、人間側も投票にまとまりを生むことができます」
「なるほど…魔王は票を合わせることができるからな…」
「はい。だからこそ、賢者はその能力以上に、進行という役目が重要なのです」
「…だが、進行を潰すために、魔王側の誰かが出てくる可能性もあるぞ」
「それなら、賢者を2人とも処刑してしまえば、魔王側の誰かを倒したことになりますから。メリットとデメリットは、どちらにとってもトントンでしょうか」
「…なるほど」
僕が納得する様子を見せると、キリュウインさんはあらためて尋ねてくる。
「…ユウタくん。ここからの方針は2つです」
「2つ?」
「はい。もう1人の勇者を探し出して、ユウタくんの作戦を盤石なものとして…ゲーム内で勝つか」
「…勝つか?」
「魔王を現実で倒しに行くか…どちらかです」
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