第49話 少女の異変



 私は町の広場で時計台を見上げている。

 学校帰りのバスは、この時計台の前で停まる。


 時計台は長閑な町の象徴であり、天辺からは町が見渡せるほどに高い。この時計台に、幼い頃、シェリルとこっそりと登ったのはいい思い出だ。



「メリー?」

「あ、うん」




 時計台を見上げていると、幼い頃、お父さんに怒られたことを思い出す。当時は、わんわん泣いちゃったけど、今となっては大切な思い出だ。



 父との…大切な…


 その懐かしい気持ちが顔に溢れていたのか、シェリルが心配そうに私を見つめていた。




「そういえば、この時計台、一緒に登って怒られたよね」



 シェリルも同じことを思い出したのか、そう私へ問いかけてくる。私は少し嬉しくなって、弾むように頷く。



「うん」



「あれ?時計台に誰かいるみたい」

「え?」



 私は再び時計台を見上げると、頂上に子供がいることに気付く。まだ小学校低学年ぐらいだろうか。

 三角形のシルエットの傾斜のある屋根だ。足を滑らせれば、そのまま地上へ真っ逆さまだ。




「あれ…大丈夫かなぁ」

「…怯えてる」



 子供はガクガクと震えながら地上を見つめている。屋根まで登った良いが、降りられなくなっているようだ。



「誰か呼んでくる!!」

「シェリル!?」



 シェリルはそう言って駆け出していくと、商店街の方へ勢いよく広場を走り抜けていく。


 私も追いかけようと思ったが、あの子を置き去りにするのは気が引ける。ただ見ていることしかできないけど…




「…わっ!!」



 そうこうしていると、子供が意を決して屋根の上でモゾモゾと動き始める。目指しているのは足場のある小さな隙間だ。きっと、あの隙間から屋根へ登ったのだろう。



「危ないよ!ジッとしてて!」


 私は大きな声で叫ぶのだが、子供は聞く耳を持たず、そのままモゾモゾと屋根を動いていく。

 不安そうに見つめる私を他所に、子供は順調に屋根の上を伝っていく。



 そんな時だ。




「リゲル!?」




 突如として、叫び声にも似た女性の声が広場に轟く。

 私がびっくりして振り返ると、そこには恰幅の良い女性がまるでムンクの叫びのような表情で時計台を見上げている姿があった。そして、その女性の背後には、保安官とシェリルの姿もある。



「危ないっ!!」



 続けてシェリルが叫ぶと同時に、時計台の屋根へ向けて指を向ける。

 私はハッとして、時計台を再び見上げると、そこには足を滑らせて落ちてくる子供の姿があった。


 おそらく、母親と思われる女性の声を聞いて、慌ててしまって足を滑らせてしまったのだろう。




「危ない!!」



 落ちてくる子供を受け止めようと私は条件反射的に体を動かす。




「…っ!」

「…」



 気付けば、私は見事に子供を両腕でキャッチしていた。





ーーーーーーーーーーーー




 漆黒の軍服に包む人々が箱詰めにされてパソコンで何かの作業をしている広い部屋がある。その1番奥のデスクへ腰掛けている軍服の男性へ、1人の女性が早歩きで駆け寄ってくる。




「…メシュリー、どうした」

「はい、大佐…この記事を見てください」



 黒髪の凛とした美女は、手にした新聞と資料がまとまった束を大佐と呼ぶ軍人のデスクへソッと置く。デスクの主である大佐は、その紙の束を手に取ることはなかったが、1番上に挟まれている新聞には興味がある様子だ。




「ん?これは昨日の新聞か…地方のど田舎の記事か…」



 『少女お手柄』と見出しの書かれている新聞であり、そこにはかなりの高さの時計台と、そこから落ちたとされるピンピンした子供と、メリーの姿が写真として掲載されていた。




「…こんな少女が…この子をねぇ」



 大佐はそう言ってニヤリと笑う。

 その様子を見て、黒髪の美女メシュリーは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。




「魔王様へ報告すべきと判断します」


 メシュリーの言葉に、大佐はすんなりと頷く。

 そして、女性越しに、デスクで作業している黒人の男性へ呼びかける。




「ああ、了解だ。報告しよう…おい!ゲルナンド!」

「はっ!」



 ゲルナンドと呼ばれた黒人の男性は、素早く大佐と呼ばれる男性のデスクの前へ移動すると、メシュリーの隣で大佐へ敬礼して立つ。



「キルキルル州へ2名回してくれ…この記事だ」


 大佐はそう言って、ゲルナンドへ資料を手渡しする。

 すぐに、彼は渡された資料を手にすると、隣にいるメシュリーを一瞥する。



「…少女…子供を見事にキャッチ…」


「この時計台の屋根から落下した子供を、この少女が見事にキャッチしたそうだ」

「…戦闘力補正の形跡を感じますね」


「そうだ。この子の身辺を洗え」

「はっ!」



「おい!みんな聞いてくれ!まず、メシュリーが一つの手柄を挙げた!良いか!異変に気付く!これは大きな前進だ!小さなものでも構わない。結果的に気の所為だったでも大いに結構!兎に角だ!異変を見逃すな!小さな、どんなに小さなものでもだ!良いか!!」


「「はっ!!」」


「我らの仕事は地味で地道だ!だが、世界の成功者や救世主、そういった人間の功績のほとんどは地味で地道な仕事の積み重ねだ!」


「「はっ!!」」


「我らの仕事には大きな意味がある!それこそ!世界の命運を左右するほどの意味が!!この地味で地道で、気を抜けば油断し、睡魔に襲われるような仕事でも!我らは忍耐強く!堅実に!そして、誠実に!こなしていこう!その先には必ず大きな意味があるのだ!!」


「「はっ!!」」


「では、みな、仕事へ戻ってくれ」


「「はっ!!」」






ーーーーーーーーーーー




 いつもの長閑な景色を見つめながら、私はバスが来るのを待っていた。

 正直、学校に行くの気が重い。



「はぁ…」



 思わずため息が漏れてしまうと、誰かの足音が聞こえてくる。シェリルかと思って、足音の方向を見つめると、そこにはリーゼントと革ジャンの2人がいた。



「おう!メリー、今日も可愛いな」



 リーゼントじゃなければモテそうなのに。

 革ジャンも、その季節を弁えない格好をしていれば普通なのに。




「…ありがとう」

「な、なぁ…今度のパーティなんだけど、メリーもどうだ?」



 革ジャンがメリーの隣に座ると、彼女をパーティに誘い始めていた。




「…楽しそうだけど…ごめん…人が多いところ苦手なの」

「そ、それなら…」


「あっ!ごめんね…またね」

「あ!メリー!」



 私はシェリルがやってくることに気付くと、その場を離れて、彼女の元まで歩いていく。




「おはよー」

「うん、おはよー」



 まずは朝の挨拶を交わす私とシェリル



「…メリー、大丈夫よ」

「…うん」



 時計台で落下した子供を助けたニュースは、刺激の少ない田舎町で大きな話題となっていた。気付けば、私は町で一種のスターになっていた。


 少し前だったら浮かれてしまうような状況かもしれないけど、私には別の不安があった。



「すごい力があるとか書かれてるけど、ただの表現だから!」

「うん…」


「国の研究者が来て、連れ去られたりとか、実験動物にされたりとか、そういうのって迷信よ」

「口にして言わないでよ…シェリル」

「あ、ごめん…」


「あ、バスが来たわ…行きましょ」

「うん」




 私とシェリルがバスへ乗ると、その奥の席には嫌な奴がいた。

 5人シートを3人で占有しており、ちょうど真ん中で腕を組んで偉そうにしている女の子はマリアだ。




「あら…町のスターのご同乗よ」

「うふふふ」

「きゃー!メリー様!」



 マリアとその取り巻きは私を見て笑ってくる。どうやら、話題の中心が私になったことが気に入らないそうだ。町長の娘であり、町で1番の金持ちだからだろうか、町の同じ歳の中で、何でも1番でなければ気に入らないようだ。



「…いつもは北のバスから行くくせに」

「相手しちゃダメよ」

「うん」



 わざわざ、私をからかうために、このバスへ乗っていたようだ。

 そこまでするのかと思うし、腹が立つけど、相手にして得はなさそう。




「…」



 私とシェリルは無視して着座する。シェリルの優しいところは、私を窓際に座らせてくれて、自分は通路側に座ってくれる。




「ね!ちょっと!?生意気ね!」



 反応がないのが気に入らないのか、マリアは最後尾からこちらまで歩いてくる。




「あら、すごい!スターともなると私へ挨拶もしてくれないの?」


 マリアの言葉を後押しする様に、取り巻き達が声援のように罵声を浴びせる。



「えー!調子に乗ってない?」

「ちょー傲慢!」



 そんなマリアが私のところへくる前に、私とマリアの間の途中で座っているリーゼントと革ジャンに呼び止められる。



「おい!マリア、バスが走るぞ、席を立つなよ」

「バスが発進できないぞ…ほら、運転手さんを見てみろ」


「…っ」



 2人に言われたマリアは、顔をどこか赤くして元の席へ戻っていく。

 どうしたんだろ?




「…あの2人のこと気になっているのよ」

「え?」



 私が怪訝な顔をしていると、シェリルが話しかけてくる。



「あの2人、メリーのこと好きでしょ」

「え?そうなの?」


「はぁ…」

「シェリル?」


「…で、あの2人、特にリーゼントのことをマリアが好きだから、メリーに嫉妬してるのよ」

「うーん…でも、何で急に?」


「急でもないわよ…あの2人はずっとメリーにアタックしてたでしょ?」

「…それなら、どうして、マリアが急に?」


「メリーがあの子を助けてチヤホヤされているのが導火線に火をつけて、今まで溜まっていたものを爆発させたのかもね」

「…」


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