第48話 参加者達
「…あの、お母さん」
金髪の美少女はキッチンで洗い物をしている母親へ声をかける。しかし、当の彼女は非常に忙しそうであり、スーツ姿で洗い物をしていることからも、その様子が窺えるだろうか。
「何、もうちょっとでバスが来るわよ」
「…うん」
「どうしたの?忙しいんだから、早く言って」
「何でもない」
「…そう」
娘が何か悩みを抱えていることは理解できたが、母である彼女は、娘よりも仕事などの都合を優先する。
「それじゃ、ママは仕事へ向かうから、ちゃんと学校へ行くのよ」
「うん」
そう言って母は手をさっさと洗うと、すぐに家から出ていってしまう。すぐに、家の外から車のエンジン音と走り去る音が響くと、彼女はどこか落胆したように息を吐く。
そして、彼女もリビングに置いてある鞄を手に取ると、そのまま玄関へ進み、家を出る。
彼女の目の前には長閑な田舎町が広がっており、町を囲うように連なっている山々の頂上は白い。地平線の彼方まで広がっているのではないかと思うほど広大な畑が点在している。
「…」
慣れ親しんだ土地であり、地元の友人の中にはこんなところから早く都会に行きたいと漏らすものもいる。だけど、彼女はこの景色や地元を気に入っていた。
「…」
彼女は、そんな生まれ育った景色を、どこか寂しそうに見つめると、すぐにスクールバスの止まる場所まで歩いていく。
バス停にはすでに3人の生徒がおり、2,000年になってから20年も経過しているのに、その内の1人はリーゼントヘヤーのチャラそうな男子だ。もう1人の男子は、すでに暑いのに気合を入れて黒い革ジャンを着ている。
そして、残った1人は地味で暗そうな女子である。
2人の男子と女子の間にはかなりの距離が開いている。あまり仲が良くないのは明らかな様子だ。
「お!メリー!おはよー!」
「ひゅー!今日も痺れるぜ!」
2人の男子がメリーに気付くと、満面の笑みで彼女を出迎える。
しかし、対するメリーは淡白だ。
「うん、おはよ」
「おーい!どうした!?元気ないぜ?」
「女神の元気がないと…俺らもへばっちまうぜ!?」
「大丈夫だから」
メリーはそんな2人の男子へ淡白な対応を終えると、すぐにもう1人の女子のところまで歩み寄っていく。
「おはよ…メリー」
「うん、シェリル、おはよ」
シェリルはメリーが唯一心を許せる友達だ。
彼女の隣にいるとすごく落ち着く。
「どうしたの?」
シェリルもメリーの様子がおかしいこと気付くと、心配そうにメリーを見つめる。
その仕草がやはり嬉しくて、少し気分が良くなるメリー
「…後で話を聞いてほしいの」
「うん」
「ありがとう」
ーーーーーーーーーーーーー
「…見てて」
「うん」
メリーはシェリルの目の前で空き缶を握りしめる。スチール缶であり、大の男でも握り潰すことは容易くない。
しかし
「うそ…」
「…」
メリーはいとも簡単にスチール缶を握り潰していた。彼女の細腕の一体どこに、そんな力があるのだろうか。それはシェリルも同じように感じており、メリーが潰した硬貨ぐらいに縮まったスチール缶を怪訝に見つめていた。
「…もう1回やってみせて」
「いいよ」
シェリルはゴミ箱からスチールの空き缶を再び拾い上げると、それをすぐにメリーへ渡す。投げずに手渡しするところが、シェリルの性格が表れているのかもしれない。
「…すごい」
「…」
シェリルは確かにメリーが空き缶を握りつぶすところを確認していた。
「メリー!どうしたの!?ベルブレイドの主人公みたい!」
シェリルは興味津々にメリーへ尋ねる。友人が漫画の主人公になったような気持ちなのだろうか。いずれにせよ、オカルトが現実になっている気がして、彼女のテンションは最高潮だ。
「…昨日の夜…変な本が出てきたの」
「変な本?」
「羽が生えていて、ハザエルって天使の名前を名乗った本」
「ハザエル?」
「うん…緑の翼が4枚、左右で数がバラバラに生えていて、パタパタって飛んでて」
「うんうん」
「それで、魔王ゲームに私を招待するって…拒否権はないって言われて…」
「うんうん」
「それで、スマホにこんなメールが届いたの」
メリーはシェリルへスマホの画面を向ける。その画面に書かれているメールの内容をマジマジと見つめるシェイルは、その小さな口で読み上げる。
「…魔王ゲームに…メリー様を招待…役職は勇者?」
「そう…それから…こんな力が湧いてくるようになったの」
「すごい!サーガットのゴールドナイトみたい!」
「何それ?」
「高校生がパーティに招待されるんだけど!招待された家から出られなくなっちゃうの!」
「え、映画?」
「ううん、小説!それでね!その高校生の中に、1人だけウルフマンが混ざっているの!」
「ウルフマン?」
「そう!そのウルフマンを金色の銃で撃ち殺さないと家から出られないの!弾は3発しかなくて!一晩に1発しか撃てないの!それでね!ウルフマンも夜になると人を1人だけ殺していくの!」
「人狼ゲームみたい」
「うん!この魔王ゲームも似てる!」
シェリルはワクワクした様子でメリーを見つめていた。純粋に今の状況を楽しんでいるようだ。メリーにはその楽しい感情が理解できないのだが、暗い気持ちにならずに話せて良かったと感じていた。
「…聞いてくれてありがとう」
「ううん!でも、どうするの?」
「え?」
「この内容だと…地球にいる全人類から魔王を探し出さないといけないみたい」
「…」
「何十億もいるのよ。13人ってことはゲームの参加者を探すのも難しいかも」
「…負けたらどうなっちゃうんだろ」
メリーは本のことや、身に起きた不思議な力のせいで、この得体の知れないゲームに現実味を感じていた。負けたらどうなるのかを考えると、身の毛もよだつ思いだ。
「大丈夫!私も協力するわ!」
「協力?」
「そう!任せて!」
ーーーーーーーーーー
「シンジさーん!こっち置いておきますよ!」
「もう勘弁してくれー!」
「勝手に休んだんですから!しっかり仕事!頼みますよ!」
「ひぇええ!!」
山積みの資料が置かれているデスクで、延々とキーボードを打ち鳴らしているのは無精髭の男性だ。緩めたワイシャツに身を包み、その上に羽織っていたスーツは椅子にかかっている。机に置かれているコーヒーはかなりの濃い目であり、砂糖やミルクはまったく入っていない。
「係長、こちらもお願いします」
「へいへーい!」
「係長ー!内線に課長から!」
「へいへーい!」
「係長!!」
「へいへいーい!?」
「係長!先に失礼しまーす!」
「おい!手伝ってくれ!」
「係長!勝手に休むのは大罪ですよー!」
「ちくしょー!」
「それじゃ、お先です!」
「俺も!」
「私も!」
「お前ら!非情だなー!おーい!」
「…」
「ちくしょ!」
「おわ!!!」
シンジがハッとすると、周囲の慌ただしい景色はまるで凍てついたように動かなくなっていた。色は褪せて灰色になっている。
キーボードのどこを押しても、パソコンの画面に変化はなく、作成していた資料の文字が増えることはない。
「嘘だろ…またかよ…」
シンジがこの光景を見るのは2度目だ。1度目はつい1週間も前のことである。
「こんにちはー!」
「あー!うるせぇです…」
「そう言わずに!」
「聞こえません!見えません!」
「脳に話しかけまーす!」
「ちくしょー!!」
シンジの前に降り立つのは、翼が2枚の本である。本は薄い黄色であり、何も描かれていない無機質な表紙だ。
「次のゲームへ、シンジ様を招待しましたー!わー!パチパチ!」
「ふざけないでくださいよー!もう!」
「へ?」
「あのゲームのせいでね!俺はですよ!こんな酷使される羽目になったんですよ!3日も無断欠勤ですから!部下からの信頼を取り戻すのに必死なんですよ!」
「わー!大変そうー!」
「他人事みたいに言って!」
「でもでも!ゲームで30ptも貰えたんでしょ?」
「ん?ポイント?」
「うん!勝ったご褒美!」
「何だよ…知らないですよ…ポイントなんて」
「え?1ptで100万円になるのに?」
「っ!?」
「目の色が変わったね!」
「…どうせ嘘だろ」
シンジは一瞬だけ喜びを見せるが、そんなはずがないとすぐに呆れた顔を見せる。
「わー!信じてないねー!じゃ、スマホ出して」
「はい」
「ここ、押して」
「へいへい」
「で、次はここ」
「へーい」
「…」
「ね、1ptで100万円でしょ?」
「うはああああああ!?」
シンジがスマホのポイント交換メニューを何度もタップすると、気付けば1,000万円はあろう大金が彼の散らかったデスクの上に置かれていた。
「お…おい…嘘だろ」
「本当だよー」
「…仕事やめよ」
「わー!思い切ったね!」
「で、ゲームに買って、そのポイントで暮らす」
「あははははは!どうせなら、現金じゃなくて、才能か能力まで頑張ろうよ」
「いや、要らん!俺は現金へ変えて!あとは自堕落な生活を送る!」
「うんうん!良いと思うよ!」
「早速、次のゲームだ!勝つぞー!」
「…勝つぞってキミ、前回のゲームで初回に処刑されてるから、何も貢献してないんだけどね…」
「ん?何か言ったか?」
「うーうん、何でもー!」
「よーし!遊んで暮らすぞー!えいえいおー!」
「…ゲームの拒否権なんかないんだから、一生遊んで暮らすなんて無理なのに…だから、才能か能力を買えば良いのに、たまーにいるよね。こういう馬鹿」
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