第46話 再会




 黒板の前にいるのは平凡そうな教師だ。

 メガネをしており、ガリガリの体型をしている。


「えー、であるからして、えー」



 教科書を片手に、教科書に書いてあることをそのまま黒板へ書いていき、そのまま読み上げていく。彼の容姿や授業内容もあってか、彼に教師としての威厳は皆無だった。



 教室で真面目に授業を受けている生徒はおらず。話をしている者、ゲームをスマホでしている者、別の科目を勉強しているものなど様々だ。





「ぷくくく…」


「おい…えーって何回言うか数えようぜ」

「お前…暇だな…」

「これで90回目だぞ」

「数えてたのかよ」



 そんな声を背中で聞きながらも、教師は黙々と授業を続けていく。


 正直、彼は今の仕事に思いれがなかった。むしろ、もっと若い内に辞めてしまえば良かったとさえ思っている。


 この歳では転職ができないから惰性で続けている仕事であり、生徒や仕事へ向ける情熱などまるでなかった。


 唯一の目的と言えば、家族を養うことだ。来年には、彼の長女が大学受験を迎える。もう少しすれば、娘の晴れ姿が見られるかもしれない。それだけが彼の生きる目的でもあった。



「えー、であるからして、えー」


「せめて、教科書通りに読んでくれよ」

「あー…頭に入ってこねぇー」


「であるからして、えー」



「なぁ、今度の新作、いつ発売だっけ?」

「今月末だぞ」


「なぁ、何か聞こえないか?」

「ん?何が?」


「あっちが騒がしくないか?」

「めっちゃ楽しそうだな」

「はしゃぎすぎだろ…」


「えー、光が、えー、反射を繰り返し、えー」



 周囲の雑音に目もくれず、彼は淡々と授業を進めていく。こういったことに関心を向けて注意などすれば、余計なトラブルが舞い込んでくるだけだ。


 教師として注意や指導を行なったほうが良いことは知っているが、彼らの将来になど興味はない。



「えー…おや?」



 そんな時だ。

 教室の教卓側の扉が勢いよく開く。


 授業中に飛び込んでくるという所業を行ったのは、大人しそうな地味な生徒だ。




「君は?」



 教師の視線の先には、別の教室の生徒がいた。

 むしろ、学年すら違うかもしれない。


 そんな彼はニヤニヤとしながら自分を見ていた。教師は少しイラッとしながらも、繰り返し尋ねる。



「…今は授業中だよ?どうしたの?」




 教師がそう生徒へ尋ねると、そこにいる彼はニヤリと口角をさらに歪める。

 そして、人差し指を教師へ向けると




「ぱんっ!」




「「きゃぁああぁぁぁぁぁぁああああ」」




 退屈に満ちていた教室は、その退屈の原因である教師の頭部が急に破裂したことでエキサイティングな状況に変わる。




「ベクター!半分は絞って」

『はっ!』



 そして、教室の床からツタが生えてくると、無作為に生徒へ絡みついていき、生命エネルギーのようなものを搾り取っていく。気付けば、一瞬で教室の生徒の半数はミイラのように枯れ果てていた。




「何!!何!?」

「扉が開かねえ!!!」

「窓もだ!!!」



 阿鼻叫喚に包まれる教室で、勇敢にもユウタへ立ち向かう生徒がいた。逃げ惑う生徒の波に逆らうように出てきた生徒は…




「お、おい!!!何だよお前!?」



 体格が良く、腕は丸太のように太い。

 そんな彼がユウタのところまで歩いてくる。


 まるで威圧するように向かってくる生徒へ、ユウタは満面の笑みを向ける。




「あん!?舐めてんのか!?てめぇ!!!」



 太い腕を突き出してユウタの胸ぐらを掴もうとする生徒

 しかし、そんな彼の顔へ向かってユウタが指を向けると




「パン!!」


「ぷるぶえぇえええ!!!」


「あーあ…こいつもハズレだ」



 頭部を失った体格の良い生徒の亡骸を見ながらユウタはため息を吐く。そして、教室に残っている生徒を見渡すと、ユウタは人差し指を向けていく。



 まるで、彼の指先から弾丸が放たれているかのようにして、次々と教室の生徒達が倒れていく。顔が破裂するもの、足が吹き飛ぶもの、腕が身体から離れて教室を舞い上がるものと様々である。




「あははははははははは!!!楽しいぃいい!!!」



 ユウタは虐殺を大いに愉しんでいた。

 そんな時だ。




「…っ!!」




 ユウタは自分の胸に何かが当たったことに気付く。

 ゆっくりと胸に手を当てると、そこには大量の血が付着していた。



 自分の血であることは、激しい痛みが教えてくれる。




「撃たれた…?」


 ユウタは窓を見渡すと、その一部が割れていることに気付く。魔力でガラスを頑丈にしてあるため、割れていることに怪訝そうな顔をするユウタ




「窓の外からか?」



 彼がゆっくりと窓際に近づいていくと




「っ!?」



 教室の反対側の校舎には、黒い服装にヘルメットをした人々が大量に見えてくる。彼らはもれなく大型のライフルを構えており、その銃口は当然のようにユウタへ向いていた。




「…ただの人げ…ぶっ!」



 一斉に銃弾が放たれると、ユウタの頭部が吹き飛び、胴体が跳ね上がり、腕や足や肩や内臓が吹き飛んでいく。




『ユウタ様!?』


「…僕は無事だ…しかし…」



 倒れているユウタは、夥しい血の中ですでに再生を終えている。ベクターの魔力によって彼は蘇生していたのだ。


 そんなユウタは、地面に落ちている大きな弾丸を手に取る。



「…ただの銃弾如きに…どうして僕が?」



 ユウタは魔力も何も込められていない銃弾に撃たれてダメージを負っていることに疑問を感じる。



『恐れながら…すでにゲームは終えており、役職上ではありますが、ユウタ様が魔王ではなくなっております』

「…なるほど、戦闘力補正がなくなっているのか」

『はっ!』



「…僕の再生にどれだけの魔力を要した?」

『…申し訳ありません。100MPほど要しました』

「10倍以上に跳ね上がっているな…なるほど」



 再生に要する魔力量も桁違いに大きくなっている。防御力も低下していれば、さらにコスパは悪化している。



 ユウタは虐殺をこれ以上愉しむことは難しいと判断した。

 反対側の校舎に展開している部隊は警察の特殊部隊であろうか。


 警察の特殊部隊相手でも、今の僕では手も足も出なさそうだ。このままでは殺される可能性すらある。今は、そこまで魔力の貯金もない。



「…撤退するぞ」

『はっ!』



 ユウタは起き上がらずに、目だけ動かして反対側の校舎を見つめる。そこには仕事を終えたような雰囲気でいる特殊部隊の姿があった。どうやら陰陽庁とは無関係のようであり、僕をモンスターと思って行動しているようではなさそうだ。銃でしっかり僕を殺したと思っているような反応である。



「…届くか?」

『はっ!』


「行くぞ」

『承知しました!!』



 ベクターは教室の地面に転がっている生徒達をツタで持ち上げる。生死問わずに選んだため、中には呻き声を漏らしている生徒もいるのだが、そこにユウタ達はまるで関心がない。


 生徒達を壁の代わりにして、ユウタは窓一面に貼り付けさせる。




「…よっと、撃ってこないな」



 ユウタが立ち上がると、窓からの狙撃はまったくない。生徒達で見えなくなっているのか、撃てないのか。ま、前者だろう。



 ユウタは閉ざしていた教室の扉の魔力を解放すると、廊下から外へ出ようと、そのまま飛び出そうとする。




「…む?」


 その寸前で、自分の鼻が銃弾で吹き飛ぶのを感じる。

 左右へ素早く視線を動かしつつ、彼は後ろへ後退する。


 どうやら、教室の外の左右には、すでに部隊が展開しており、僕が急に教室から出てきたことで、慌てて銃弾を放った様子だ。


 急な状況でも、ここまで精密に射撃ができる。それなりの練度の高さだろう。




「…生き残った生徒の可能性は!?」

「間違いなく対象者だろ!?」

「あれは対象者で間違いありません!容姿が酷似しております!」

「だが、Bチームの報告では、蜂の巣になっているはずだ!?」


「貴様ら!会話を慎め!!敵に聞かれているぞ!!」



 教室の外からは部隊の会話が聞こえてくる。

 そんな大声で話すとは、まったくなっていないな。前言撤回だ。



 ユウタは急に静かになった教室の中で、残った生徒達を見つめると、彼らを盾にすることとする。




「…待て!!撃つな!!」




 教室の外へまるで吊り人形のように生徒達がゾロゾロと出てくる。その中にユウタも紛れて出ることにした。




「止まりなさい!そこで止まりなさい!」


 先頭を進むのは片腕になった生徒だ。失った腕の先からは血が止めどなく溢れ出てきており、顔面は蒼白だ。すぐに治療しなければ生死に関わるのだが、そんな彼らへ特殊部隊は銃を向けていた。



「そこで止まりなさい!」


 銃口を向ける特殊部隊員へ生徒は弱々しい声で命乞いをする。



「い、痛い…痛い…助けて…ください」

「待て!撃つな!!生きてるぞ!!」


「止まりなさい!!助ける!!だから止まりなさい!」

「止まれ…ないん…です…体が…勝手…に」



 生徒は自分の意思とは無関係に体が動いてしまっている。

 そんな彼らの異変を察知した特殊部隊の隊員達も、どこか向けた銃口の引き金を引くのを躊躇っているようだ。





「止まりなさぶるぶぇええ!!!」

「っ!?」



 そんな時だ。

 特殊部隊員の1人の顔面が破裂する。


 彼の同僚の目の前には、片腕を失った生徒が、その残った腕を上げて、その指先をこちらへ向けている姿があった。


 武器のようなものを所持していない彼の行動に、特殊部隊の全員が硬直する。



 そんな彼らに構わず




「違う…違う…」



 続けて、片腕を失った生徒は特殊部隊員へ指先を向ける。




「ぷるばぁあ!!!」



 その指先が向けられた部隊員の頭部が同じように破裂する。




「撃て!!撃て!!!攻撃されているぞ!!」

「ち…がががががががが…ぶぶぶぶぶぶぶ!!!」



 銃弾を一斉に浴びる片腕の生徒が、無惨な姿で地面に横たわると、彼の背後にいる頭を失った生徒と、片足の生徒と、腹部から内臓が飛び出している生徒が前へ躍り出てくる。



「君たちは!?」



 全員がまるで死んでいるように意識がない。

 むしろ、1人は、その頭部が吹き飛んでいるのにも関わらず起き上がっているのだ。


 しかし、3人は同じように、右腕を一斉に振り上げると、その指先を特殊部隊へと向ける。



「…お、おい!明らかに死んぶっ!!」

「がぁぁああ!!!」



 まるで指先から弾丸でも出ているかのように特殊部隊が倒れていく。そのような状況下で反撃しないわけにもいかず。



「撃て!!撃て!!!」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「…オートでも意外といけるな」

『はっ!ありがとうございます!』

「うむ。良い成果であったぞ」

『光栄です!研鑽を続けてまいります!』

「うむ」




 生徒と特殊部隊が戦闘を続ける校舎を、少し離れた建物の屋上から見つめているのはユウタだ。魔法による遠視によって、まるで双眼鏡があるかのように、彼は学校の様子を見ることができていた。



 オートでの戦闘

 仕組み的には面白いが、実際にやると退屈だ。


 やはり自分の手で殺した方が楽しい。しかし、ゲームの参加者であった頃の、あの頃の戦闘力がなければ、隠れてコソコソと殺戮するしかない…




「…こんなところにいたのね」

「おや?」



 そんなユウタの背中へ女性の声が響く。聞き覚えのある透き通った声だ。




「…アヤカさん」





 

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