第44話 キリュウイン家



 窓に鉄格子がされている病室には、絶世の美少女がいる。完全な個室なのだが、出入り口には警官がいるため、プライバシーが守られているとは言えない。



「…」



 そんな病室で美少女はテレビを緊張した面持ちで見つめていた。何気ない全国区のニュース番組なのだが、特集されているのは地元の古谷市だ。



 報道されているのはテロのことではなく、連続殺人事件のことであった。


 あの事件からすでに1週間は経過し、テロ活動は鎮静化されたと警察から発表があった。

 


 連続殺人事件が世間を賑わせてはいるが、警察の警戒の中、学校も今日から再開される。


 古谷市はいつもの日常へ戻ろうとしていた。



 でも、私は、病院のベッドで寝たままだ。

 こうして、ニュース番組に釘付けになっているのは、兄のことがどこかで報道されないかと期待しているからだ。




「遺棄されていた20代女性は、古谷氏日番谷在住のマルヤマ リンさんだと身元が判明しました。警察は、古谷氏で立て続けに起きている連続殺人事件との関連性を調べています」



 私は、兄の名前がいつニュースに出てくるのではないかと、胸がドキドキしている。



「…っ」



 ニュース番組が終わると、私はホッと胸を撫で下ろす。

 別に報道されていないからといって、兄が無事だとは限らない。

 そんなことが脳裏をよぎるが、ネガティブに考えてしまうと、途端に、兄を失う恐怖が極寒のように体を震わせてくる。



「…ミスズ」

「うん」



 そんな私の様子に察した母親は、ギュッと私を抱きしめてくれる。

 私を慰めるつもりで抱きしめた母親だが、しばらくすると、私の耳元で微かにスンスンと声を鳴らしていた。



「…」



 未だに、父が死んだ実感がなかった。

 私が囚われていた山奥の神社で父の死体が横たわっていたそうだ。


 死因の詳細は警察の人から教えてもらえなかったが、かなり残酷な状態で父は発見されたそうだ。


 

 父を殺した犯人は、私を誘拐した人と同一人物である線で警察は捜査していると話してくれていた。

 必ず捕まえると私に約束してくれた。



 でも、それでも、私は父が死んだ実感が湧かない。

 もう1週間も、父に会えていないのだが、それでも、私は実感がわかなかった。




「…お兄ちゃん」



 私は窓の外を見つめる。

 鉄格子の向こう側には、古谷氏の街並みが見える。



 この街のどこかに、まだ兄はいるのだろうか。

 いや、どこにいようと関係ない。お兄ちゃんとまた一緒に暮らすために、私は悪魔と契約したんだから、必ず見つけ出してみせる。




「お母さん…」

「ミスズ?」



 そして、父を殺した犯人を必ず私が見つけ出してみせる。そうすることで、私は父の死を受け入れることができるだろう。

 きっと、父の仇を討てば、父の死に涙が流せるのかもしれない。




「お父さんの仇…私が討つよ」

「え?」



「お兄ちゃんも私が探し出すから!」

「ミスズ…?」



 母は覚悟を決めた私の顔をジッと見つめている。

 すると、その表情がだんだんと不安と焦燥に駆られていく。



「ミスズ!!!まさか!?」

「え、お母さん?」



 母は私の肩をギュッと掴む。

 物凄い形相だ。こんなお母さんは初めてだ。



「ダメ!!絶対にダメよ!!」

「ど、どうしたの?」


「ゲームへの招待状が届いたんでしょ!?」

「っ!?」



 母の言葉に、私は思わず表情が引き攣る。

 あの非現実的な存在が私をゲームに招いたこと…そして、私に超常的な力が芽生えたこと…そのどれも母は知っているような素振りであった。



「お母さん…何か知ってるの?」

「…っ!」


「お母さん!!話して!!」

「ミスズ!!ゲームに参加してはダメ!!」

「どうして!?」


「アナタには拒否権があるはずよ!!良いから!!参加してはダメよ!!」

「拒否権!?」

「良いから!私の言うことを聞いて!!」


「嫌!!!このゲームに参加すれば、お父さんの仇も!!お兄ちゃんの行方も!!!わかるかもしれないの!」

「それは騙されているのよ!!お願い!!絶対に…絶対に後悔するわよ!!ミスズ!!」




 私へ一向に説明しようとしない母

 そんな彼女の代わりに…




「エリシャ様、ミスズ様」

「っ!?」




 病室の入り口には3人の警察官と、着物を着た老齢の女性がいた。




「キリュウイン!!!」

「キリュウイン?」



 母は、その老齢の女性を、まるで親の仇を見るような顔で見つめていた。



「どうして!?アンタがここに来るの!?」



 お母さんはひどい剣幕で老齢の女性へ叫ぶ。

 しかし、対する女性は、落ち着いた様子で話し始めた。


「私はキリュウイン家の直系です。ミスズ様のおりますところへ出向くのは必然かと」

「そうじゃないわ!何で今更!?」


「…ヨウゲン様とのお約束がございました」

「ヨウゲンとの!?」


「はい、自分が死ぬまでは、皆様に関わらないとのお約束にございます」

「…っ!」


 老齢の女性の言葉に、母の息を荒くさせ、肩を激しく上下に動かす。

 かなり激昂している様子であり、家族の私ですら少し怖かった。



「ミスズは渡さないわ!!」

「残念ながら、エリシャ様に拒否権はございません」



「…どういうこと…ですか?何で私を?」



 私が老齢の女性へ尋ねると、すんなりと目的を話してくれる。



「はい、ミスズ様…アナタはキリュウイン家の当主に相応しい器にございます」


「やめて!」



 母は勢いよく飛び出すと、その老齢の女性へと飛びかかる。

 しかし、3人の警察官に阻まれて、母は身動きが取れなくなっていた。



「ミスズを巻き込まないで!!ユウタを返して!!」

「…ユウタは、元はキリュウイン家の所有物です」


「ふざけないで!ユウタはモノじゃないわよ!」

「…これは妙なことを仰いますね…いずれにせよ、ユウタの所在も、私共は存じ上げておりません」



「嘘!?嘘よ!!!」

「落ち着いてください!」

「エリシャ様を別室へ!」

「離しなさい!!」

「エリシャ様!どうか!」



「お母さん!!」



 母は警察の人にそのまま連行されていく。

 そんな母を追いかけようと私も飛び出すが、さらに駆けつけた警察官によって阻まれてしまう。



「お母さん!!」

「ミスズ様、ご安心を…エリシャ様が落ち着かれましたら、無事に解放させていただきます」



 老齢の女性は、私へそう説明してくれた。

 今は…母よりも、この女性の方が、私に色々と教えてくれそうだ。




「…お名前を教えてください」

「はい、私は…キリュウイン イズモと申します」


「…私はスズキ スズキ ミスズです。キリュウインの当主と言われても、苗字が違います」

「キリュウインの当主は、家督を継ぐことではなく、より…才能のあるものがその席に座るのです」


「席?」

「INF-KJ…世界の政治と経済を裏から動かす5家、その1家が日本のキリュウイン家でございます」




 老齢の女性は陰謀論のようなことを言い始める。



「…」

「ミスズ様…ゲームの招待状は届きましたか?」

「っ!?」



 私は、いきなりの質問にギョッと驚いてしまう。



「そうですか、それは行幸」



 私の反応を肯定と捉えた老齢の女性は、満面の笑みで何度も頷いていた。




「…どうして?」


「はい、魔王ゲームの参加が、キリュウイン家の当主には必須条件にございます」

「…必須条件?」


「はい、魔王ゲームに勝ち続ける才能…それがキリュウイン家の当主に欠かせない能力でございます」



「世界の政治や経済を動かせるほどの人と、魔王ゲームなんかがどうして結びつくの?」


「魔王ゲームでの勝利が、まさしく、世界を動かすにたる才能と能力を得ることになるからです。魔王ゲームを勝ち進むことにより、歴史に名を残すほどの才能や能力が手に入ります。それだけの才が得られれば、世界を動かす程度の地位や名誉、金などは幾らでも手に入るでしょう」



「才能や能力?」


「はい。ミスズ様のお父様、ヨウゲン様も、元はキリュウイン家の次席でございました」

「お父さんが!?」


「はい。ヨウゲン様は魔王ゲームにて得た才能を使い、世界に陰陽機関を立ち上げ、多大な功績を挙げられました」


「…」


「ミスズ様…何も世界を裏で操る黒幕になって欲しいと、我らは願っているわけではございません」

「え?」


「こうして、この世界が外宇宙や未来…異世界からの侵攻を防げているのは、ヨウゲン様のおかげなのです」


「お父さんの?」


「はい。ミスズ様にも…この世界をより良く、誰もが幸せに…そして、ご自身の夢のために…どうか、キリュウイン家の当主という立場をお役立ていただきたいのです」

「…」


「もし、キリュウイン家の当主ともなれば、お兄様の行方も分かるかもしれません。それだけの力が、キリュウイン家にはあります」


「お兄ちゃんは…そこまでしないとならないところにいるの?」


「はい…良くて現在」

「良くて?」


「下手をすれば…異世界…いえ、過去や未来なんてこともあるかもしれません」




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