第43話 新たなる参加者
古谷市の住宅街
緑豊かな公園が一望できる坂道を歩く女子中学生が2人いる。
1人は少し活発そうなどこにでもいる女子生徒だが、片方は、誰もが目を引くであろう美少女だ。
黒髪を腰までまっすぐに伸ばしており、スラリと伸びた四肢、まだあどけない雰囲気の中に紛れる色香を持つ彼女は、この年にして多くの男性を泣かせてきていた。
そんな下校中の2人へ、3人の女子生徒が駆け寄ってくる。
「ねぇ!ミスズ!!ミヤシタ先輩をフッたって本当!?」
「ミスズ!!」
「嘘でしょ!?」
3人の女子生徒は興味津々の目つきでミスズを見つめる。
そんな3人に迫られているミスズは少し慌てながら答える。
「え…誰から聞いたの!?」
「ちょっと!本当なの!?」
「何で断ったの!?付き合っちゃえばいいじゃん!?」
「う…うん…話したこともないし」
ミスズはさも当然のように答えると、3人はどこか呆れたような表情を示した。
「ま、ミスズだもんね」
「男に興味ないもんねー」
「でもさ、全中に出てる人だよ…もったいないよー!」
「ねー!」
「うーん?」
「それに!超イケメンじゃん!!」
「うんうん!すごいカッコいいよねぇ!」
「う、うん?」
「ほーら!ミスズが困っているじゃない!!」
ミスズが少し困ったように首を横に傾ける。
そんな彼女へまだまだ問いたいことがありそうな3人が、その口を開く前に、隣で歩いていた活発そうな女子が口を挟み込む。
ーーーーーーーーーーーーー
「はぁ…まるでマスコミみたいだね」
「うん…ありがとう。エミ」
「いいって」
ミスズともう1人の女子エミは、公園のベンチで腰掛けながら、どこか疲れたように空を仰ぎ見ていた。
「…でもさ、ちょっと、もったいないって…私も思うよ」
「え?」
「だってさ、将来有望だよ?スポーツしかできないわけじゃないしね」
「そうなの?」
「うん、学年で…1桁って言ってたよ…勉強の順位」
「へぇ」
ミスズが短く返事をすると、まるで芸人のように平手でツッコミを入れるエミ
彼女の細い腕がミスズの膨らみのある胸に沈み込んでいく。
「興味なしかい!」
「うーん…ぶっちゃけ」
テヘペロと笑うミスズ
そんな天使の笑みを浮かべる彼女へ、ジト目でエミは言う。
「…このブラコン」
「ちょ、ちょ、ちょっと!!!誰がブラコンなのよ!!!」
ブラコンという言葉に、ミスズは顔を真っ赤にし、ベンチから立ち上がり、両手を左右に激しく振るう。
「ほら、お兄ちゃん大好きっ子じゃん」
「違うわよ!!何を言ってるのー!」
ついにエミの肩を両手で掴んで、前後に激しく揺さぶり始めるミスズ
「ち、が、わ、な、い、で、しょ、!」
「違うってば!!!もう!!!」
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平凡で冴えないように見えるけど、いざと言う時に頼れる兄が大好きだ。
兄はカッコよかった。
本当に困った時に、いつも私を助けてくれる。
特に、幼い頃、私をライオンさんから守ってくれた。
あの大きな背中が今でも目に焼き付いている。
恋愛対象とは違うけど、でも、家族愛とも違う。
とにかく大好きだった。
怖い人たちに攫われた時
私は兄が助けに来てくれるんじゃないかって思っていたから、そんなに怖くなかった。
何でだろう。
明らかに普通じゃない人達なのに、兄なら、こんな人達から私を助けてくれるって、そんな風に感じていた。
今だって、そう。
もうそろそろ、目を開けば、そこにはお兄ちゃんがいるはずだ。
私を助けに来ていると思う。
「お兄ちゃん…?」
「ミスズ…ごめん」
ほら、やっぱり、目を開くと、そこには大好きな兄の姿があった。
「お兄…ちゃん!」
やっぱり、そうだ。
手足が縛られていて痛いし、頭もものすごく重たいけど、でも、目の前にお兄ちゃんがいるとホッとする。
こんな怖い人達がいるようなところにまで、私を助けに来てくれた。
「ミスズ…ごめんね」
助けてくれたのに謝ってるところ、完全にお兄ちゃんだ。
もう大丈夫だ!
すごい嬉しい!
本当に大好き!!
ちょっとだけ怖かったけど、でも、お兄ちゃんを信じてた!
絶対に、大好きで堪らないよね!私のこと!!
もう…しょうがないな…
こんな危険なところまで私を助けに来ちゃうなんて…もう!
「…お兄ちゃん?」
あれ?
でも、何で…お兄ちゃん…血みたいなので真っ赤なの?
「…」
お兄ちゃん?
あれ?
「ね…お兄ちゃん…」
お兄ちゃんは、そのまま背中を見せて帰って行ってしまう。
「待って…お兄ちゃん…」
私は手を突き出して兄を求めるように止めようとする。
しかし、肝心の腕が板に拘束されていて動かないようだ。
「お兄…ちゃん…」
私の意識はそこで再び途切れてしまう。
ゆっくりと去っていく、小さく見える兄の背中だけが記憶の底に沈んでいく。
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「ミスズ!!!」
「っ!?」
私が次に目を覚ました時に、最初に目に映ったのは心配そうな顔をしている母と知らない天井であった。
母は娘の自分が言うのも憚るけど、かなりの美人さんだ。
しかし、そんな母が目の下に大きな隈があり、頬も痩せこけている。
それでも、まだかなり美人なのがすごいと思うけど。
「…私?」
「良かった!!!ミスズ!!!ああぁぁあ!!あぁああああああ!!!」
母は、私の太ももの上で大泣きしてしまっていた。
私はそんな母を退かさないように上半身を起き上がらせる。
そして、泣いている母を少し見つめた後、周囲を見渡す。
「病院?」
ここは病院の個室であった。
窓には鉄格子があり、普通の病院ではない様子だ。
廊下へと続くであろう部屋のドアには、2人の警察官の姿も見える。
1人は女性で、もう1人は男性だ。
どうやら、ここは普通の病院ではない様子だ。
「…私、何か悪いこと、しちゃった?」
私が泣いている母へ尋ねると、母は私の太ももの上で顔を左右に振るう。
そして、すぐに、入り口にいる男性の警察官が私へ優しく声をかける。
「…君を警護するために、専用の病棟にいるんだよ」
「そうですか…」
警護という単語で、私は寸前の記憶を呼び覚ます。
確か、私は…
「攫われた…から?」
「あぁああああああ!!」
私が思わずそう口にすると、母からはさらに大きな鳴き声が響き渡る。
攫われた当の本人である私よりも、母親の方がダメージが大きい様子だ。
自分以上に、自分のことを心配してくれている母に、私は少し嬉しくなった。
だけど、なぜ、母がここまで泣き叫んでいるのか、その理由を知るのはすぐのことだった。
しばらくすると、女性の警察官さんが母の肩に手を置く。
すると、泣き腫らした母親が目元にハンカチを当てながら起き上がる。
そのタイミングを見て、男性警察官が私へ声をかけてくる。
「…まずは、診断を受けてもらうよ」
「わかりました…その後で、何があったのか…教えてください」
私がそう言うと、母親はハンカチで口元を押さえて、再び激しく泣き始めてしまった。
私が心配だったにしても、過剰すぎると、私は母親を見て思った。
それに、私のことが大好きな父と兄の姿がないのも妙だ。
私が起きたと知ったら、2人とも、いの一番に駆けつけてくるはず。
「話はその後で…お医者さんから許可ががががががががが」
「っ!?」
警察官さんと会話をしていると、不意に世界が灰色に染まる。
「え?」
男性の警察官は言葉を話している途中で固まっている。
泣いている母も、慰めるように、その肩へ手を置いている女性警察官さんも氷漬けにされたように灰色で固まっている。
「何…これ?」
私は周囲を見渡してみるが、目に見える光景、その全てが灰色に染まっていて固まっていた。
まるで世界が動きを止めてしまったかのような景色である。
「こんにちはー!」
「っ!?」
そんな中、不意に、無邪気な少年の声が響く。
私は再び部屋の中を見渡すが、どこにも子供の姿は見えなかった。
「こっちだよ!こっち!」
「え?」
上の方から声がすることに気づいて、私は天井を見上げる。
そこには…
「本!?」
「本じゃないよー!僕はね!!ルシファー!」
そこには、空を飛んで喋る本がいた。
天使のような翼が右に6枚、左に2枚と左右非対称でアンバランスに生えている。
その本は真っ黒で、表紙にはまるで女神のような美女が描かれている。
「ルシファー?」
「そーだよー!僕はね!ユウタ君の友達なんだ!」
「お兄ちゃんの!?」
「そーだよ!一緒によく遊ぶんだよ!」
「…」
「あの、目を擦るってことは、僕の話を信じてないね?」
「…」
「おいおい、頬をつねるってことは、僕のことを信じてないね?」
頬もしっかりと痛かった。
ということは、この本、現実かも。
「夢じゃない?」
「そーだよ!」
「…何か御用ですか?」
「切り替えが早いね!すごい!ユウタくんと似て、頭が良い子だ!」
「…」
「えっとね…お父さんの仇を討ちたくない?」
「…仇?」
「うん!言葉通りだよ!」
「私のお父さん…生きてるよ」
「ううん!殺されたよー!」
「嘘…」
「嘘じゃないよー!」
「嘘を言わないで!!」
「わー!いきなり叫ばないでよ!」
「消えて!!」
「あれれ?仇を討ちたくないかな?」
「消えて!!!」
「僕が消えてもいいけど、ま、いっか…また明日来るよー!僕から説明しても納得してくれないみたいだからねー!」
「いいから消えてよ!!!」
「ミスズ…?」
「っ!?」
私が大声で叫んでいると、パッと周囲の景色に色が戻り、大声で叫んでいる私を驚いた顔でお母さんが見ていた。
「ご、ごめん…何でもないよ」
あれは何だったのだろうか…
私が、あの本と再会する時、迷わず参加することに決める。
今の私は、そうなる未来など、まるで見当もつかなかった。
そして、これが、長く苦しい、私の復讐の物語の始まりでもあった。
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