第42話 記憶の底



 腕の感覚がない。

 足も…



「うぅ…」



 ボヤけた視界の奥で鴉天狗も殺されている。

 ベクターから運ばれてくる魔力も底を尽きている。


 四肢を失い、腹が破けて臓器が飛び出ている。

 そんな状態でも僕が生きているのは、僕が魔王だからだろう。



「うぅ…」


 手足はないが、自分に魔力は残っている。

 失った四肢を戻すことは容易い…



 しかし、そうしたところで、この父に勝てる見込みなどない。



「ユウタ…よせ…それ以上は苦しむな」


 自分に回復魔法を放つと手足の感覚が蘇ってくる。全身から伝わってくる痛みは鳴りを潜めていた。


 治癒は瞬時に終わるのだが、もはや、これで僕の魔力も残されていない。

 回復だけしても意味がないのだが、タダで死んでやるつもりもない。


 

 可能な限り、父を苦しめて、僕を殺させてやろう。

 僕を攻撃する度に、雄叫びをあげ、自分の頭を拳で打ち付け、涙を流し、唇を噛み締めている。


 もしかすると、殺されそうになっている僕よりも、父の方が辛いのかもしれない。




「もう…楽になれ…ユウタ!」



 父はそう言ってから、僕の頭へ向かって白い輝きを放つヨーヨーを投げてくる。

 僕は反射的に腕をクロスさせて頭を守るのだが…



「っ!?」



 父の放ったヨーヨーは僕の腕を木っ端微塵に粉砕し、右半分の頭部をも砕いていた。


 

 勝ち目がない。

 本当にサキなんかよりも強いや。


 息子である僕を殺すことに心を砕いているが、それでも、隙なんてものはなく、容赦なく僕を攻撃してきている。



 ベクターのツタも、ミスズを人質にする作戦も、父には全て通用しなかった。

 



「う…ぐぅ…」


 ドサリと倒れている僕へ、父の足音が床の振動と共に聞こえてくる。

 その足音が段々と大きくなると、僕の近くで止まる。



「ユウタ…ぐっ」


 僕を見下ろしながら、唇を噛み締めて、辛そうに再びヨーヨーへ魔力を込める父


 さすがはプロだ。

 息子を殺すのでも容赦はない。


 父は迷わず僕を殺すだろう。




「父さん…ありがとう」

「ユウタ!?」



 僕はボヤけた視界の奥に見えるであろう父へ、本心からそう言葉が出た。


 家族を殺さずに済んだのは、父が魔王よりも強かったからだ。

 家族を殺していれば、人間はおろか、魔王とも呼べない化け物になっていただろう。

 


 どうせ死ぬならば、僕は人間として死にたい。

 よかった。



 少なくとも、僕の中に、人間としての心が残っているようだ。





「殺して…もう…終わりにして…」

「ユウタ!?」



 段々と意識が薄くなっていく。

 父が引導を渡さなくても、僕はすぐに息を引き取るだろう。


 本来であれば即死だ。

 脳みそが飛び散っているのだから、こうして、思考力が残っていること自体おかしい。



 そして、段々と…走馬灯が見えてくる。






ーーーーーーー





「グルルルルルルル!!!」



 檻から逃げたライオンが真っ先に狙ったのはミスズだ。

 他にも大勢の人々がいるのだが、そんな逃げ惑う人々には目をくれず、真っ先にミスズへと襲いかかる。



「ふえ?」



 幼いミスズは手からアイスを溢しながら呆けていた。

 そのままでは、迫り来るライオンによって、見るも無残な姿にさせられてしまうだろう。



「こらー!ミスズをいじめるなぁ!!」



 僕は何も考えずに、そんなミスズとライオンの間へ割って入るように飛び込んでいく。


 両手を広げて、その背後に妹を隠す。

 そんな僕などお構いなしに、ライオンが勢いよく突っ込んでくると思いきや





「グルル…ゴロニャン…ゴロゴロ!!」


 あれだけ怒り猛っていたライオンだったが、僕の前でゴロゴロと床に背中を擦りながら、そのふさふさのお腹を僕へ見せつけてくる。




「お、お兄ちゃん!!」

「…ミスズ!?」


 僕は、そんなライオンの様子に面食らいながら、背後から飛びついてくるミスズをおんぶする。



「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!うぇええぇえええええ!!」

「大丈夫!ほら!!」



 僕がそう言ってミスズへライオンを見るように言うと、ミスズは泣き止んで、ジッと床でゴロゴロしているライオンを覗く。



「グルルルルルルル!!」


 すると、ミスズの視線に気付いたライオンはすぐに唸り声を響かせる。



「こら!」

「にゃうん!?」


 唸り声を響かせてミスズを怯えさせるライオンへ、僕が叱ると、すぐに再びお腹を見せつけてくる。


 動物から好かれる体質に気付いたのは、これがキッカケであった。




ーーーーーーー




「ユウタ、もう、こんな無茶はするなよ」

「うん!」


「でも、偉いぞ!ミスズをちゃんと守ったじゃないか!」

「うん!!」



 幼い日の思い出だ。

 ミスズを守った僕を、父は誇らしそうに頭を撫でてくれていた。



 ミスズだけじゃない。

 みんな、怪我をすることなく、あのライオンも射殺されることもなく、平穏に終わってよかった。



「お兄ちゃん!すごくカッコよかった!!」

「そ、そうかな…」

「ああ!自慢の息子だ!!」


 父はニカっと笑う。

 そんな父を遠くからお姉さん達が見惚れるように見つめていた。



 思えば、この頃のお父さんは、今よりも痩せていて、確かにイケメンだったな。

 ミスズも、今の面影が少しあり、すでに美少女の片鱗が覗かせる。



「さすがはパパの子供ね!!ユウタ!!」

「わー!!」


 母も僕を誇らしそうに持ち上げる。

 もう小学生になろう僕を軽々と持ち上げられているのは、やっぱり、普通の女性よりも力があったのだろう。



「おーい!ユウタ!無事か!?」

「ケンちゃん!!」



 ケント…



「すげぇ!流石はユウタだぜ!めっちゃ大活躍だったじゃん!」

「へへへ」



 僕とケントは小学校低学年まで仲が良かった。こうして肩を組んで並ぶこともあった。


 それが…



 どうして?




ーーーーーーーーーーー



「やっぱり、ユウタがいてくれて助かったね」

「ええ」



 運転席には父と母の姿だ。

 夕日に染まる峠を運転している。


 その車の後部座席には、僕とミスズが眠っていた。



「…ユウタを拾ってきて正解だったな」

「そんな言い方やめて!」


「…や、そういう意味じゃないんだ」

「ユウタも家族よ…大切な…家族よ」


「言い方が悪かった…」




 僕は、そうだ。

 思い出した。



 知っていたんだ。

 父と母が本当の両親ではないってことを…


 忘れていたんだ。

 思い出さないようにしていたんだ。




 ミスズの動物に嫌われる体質を、僕の体質で中和するために、僕をどこかから拾ってきていた。

 多分、父が僕を拾ってきたのだろう。



 異世界から来た母はもちろん。

 その子供であるミスズは、この世界から異物だと思われている。だから、動物達はあんなにもミスズを毛嫌いしていた。



 母は強いから平気そうだけど、まだ幼いミスズには護衛が必要だった。

 常に親がついて回るわけにはいかないから、充てがわれたのは僕だった。



 そうだ。

 最初は…お父さんも、お母さんも、僕に冷たかった。

 当然だろう。道具としてしか僕を見ていないのだから。



 幼いながらも、大人の思惑を理解した僕は、父と母の向ける愛が信用できなくなり、段々と暗い性格へと変わっていく。


 それで、ケントとも疎遠になって、僕はいじめられるようになった。




 待てよ…

 そういえば、僕が本当の子供じゃないなら…


 お婆ちゃんは誰だ?

 お婆ちゃんは…おかしい…



 お婆ちゃんが父と母…

 ミスズと一緒にいる姿を見たことがない。




ーーーーーーーーーー




「どうして…?」



 僕は起き上がる。

 砕け散った腕は元通りになっており、潰れていた右半分の頭部も再生している。



「俺には…できない…無理だ!!」



 僕が問いかけた先には、魔力を著しく消費している父の姿があった。

 おそらく、僕を殺そうとした父が、寸前のところで僕を再生させたのだろう。



 自分を治す以上に、他人を治す方が魔力を消耗する。

 ましてや、聖に位置する父が、魔に位置する僕を治すともなれば、その消費量は爆発的に上がるだろう。




「ユウタ!頼む!…罪を償おう!」


 父は涙ながらに僕へそう訴えてかけてくる。

 そんな父の言葉など、耳に入っても、心には伝わらない。



「…また、ミスズを守るために、僕を利用するの?」

「っ!?」


 僕の言葉に、父は驚きを隠せない様子だ。



「気付いていないとでも思った?ミスズの変な体質から、動物達の襲撃から守るために、僕を連れて来たんだよね」


「…最初はそうだった」

「うん、あまり覚えていないけど、お父さんもお母さんも、僕には冷たかったよね」


「…すまない」

「謝ってほしいわけじゃない」


「ユウタ?」


 父は僕の顔を見つめてくる。

 そんな父へ僕は指を突き出す。




「答えなければ殺す…」

「ユウタ!?」


 今の消耗した父ならば、僕でも殺すのは容易い。

 僕の問いかけの答え次第では、僕はヨウゲンを殺す。



「僕の記憶には…優しい笑顔の…お婆ちゃんがいる…でも」



 僕は何度も何度も思い出そうとする。

 記憶が曖昧だが、お婆ちゃんとのどのシーンにも、父や母、ミスズが出てこない。



「その光景に…お前らは出てこないんだよ!!あの家に!!お婆ちゃんの家にお前らの姿はないんだ!!」

「…」


「答えろ!!ヨウゲン!!僕はどこから連れてきた!?どうやって連れてきた!?」

「…それは」



 父が目を背ける。

 つまり、後ろめたいことがあるのだろう。



「教えてくれよ!!お婆ちゃんはどこだ!?」


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