第41話 親子の決闘


 父であるヨウゲンはやや小太りの男性だ。

 どちらかと言えば、弱そうにも見える体つきをしており、顔も温和そうで怒らせても怖くなさそうだ。


 幼い日を思い出すと、確か、そこそこカッコいい父親だったはずだが、やはり、人間、いろいろな部分が歳には勝てないのだろう。


 今では見る影もない容姿になっている。

 父と母が仲良く歩いていると、援助交際やパパ活だと思われるほどだ。



 それはさておき、僕はかなり油断していた。

 僕の魔法を簡単に弾き飛ばしたこともあったが、それは僕も本気ではなく、父も魔法を使えるのかぐらいの評価であった。


 だから、あまり父のことは警戒しておらず、簡単に無力化できるぐらいで捉えていた。




「…」


 僕は無言で手のひらを突き出すと、その先に漆黒の火炎が巻き起こる。

 触れただけで魂を焼き尽くす地獄の炎であり、直撃させなければ、相手を気絶させることができる。




 父を気絶させて、ここを脱出

 後はリンという女を殺せば、このゲームは僕の勝ちだ。




 そんなことを考えながら、僕はヨーヨーを構える父親へ、その炎を放つ。




「…っ!?」



 僕の右半分の視界が真っ黒になる。

 攻撃したのは僕の筈なのに、ダメージを負っているのは僕だ。


 おかしい。

 何だこれ?





「え?」



 気付けば、僕が放った漆黒の炎は四散して消えており、僕の右頭部から凄まじい激痛が走る。




 違う。

 父さんの攻撃があった。



 僕の炎を容易く消し去り、僕へダメージを与えていたんだ。





『ユウタ様!?』



 そして、瀕死の僕の目の前に、鴉天狗が飛び込んでくる。

 僕と父の間に割って入るような格好であり、まるで、父から僕を守ろうとするような行動だ。




「っ!?」



 しかし、矢継ぎ早に、僕の目の前で、鴉天狗が大きく吹き飛ばされる。

 黒い羽が雨のように舞い降りており、降り注ぐ中には、真っ赤な血が混ざっていた。



「鴉天狗!?」



 僕が鴉天狗の飛ばされた方向へ視線を向けると、腰が想像以上に回転する。

 まるで180度以上の可動域を持つように、グルリと僕の上半身は一回転する。



「げぼぼ…?」



 僕は口から大量の血を噴き出しながら、勝手に倒れる上半身を支えることが出来ず、視界が地面にまで降りていく。


 ただ倒れたのとは違う。

 僕の目の前で、僕の足は地面の上で立ったままであるからだ。



「…ぐ」


 父の苦悶の声が聞こえる。

 その方向へ視線を向けると、白い輝きを放つヨーヨーを握りしめている父の姿があった。


 噛み締めている唇からは血が滴っており、目は充血していた。




 ドサリ



 何かが倒れる音が床を微かに震わせる。

 倒れたものは、僕の上半身を乗せていない下半身だった。



「真っ二つ…」




 僕は自分が半分に切り裂かれていることに気付くと。すぐに、自分へ治癒魔法を放つ。




「ぐがぁ!!」


 瞬時に治癒は終わるのだが、その時間よりもさらに短い刹那、父は僕へヨーヨーを撃ち放つ。



「が…げボボボボ!!」


 心臓を貫かれていた。

 口から止めどなく血が溢れてくる。



「…っ!」



 すぐに治癒魔法を自分へ放つが、父は、その度、致命傷を僕へ与え続ける。



 回復と攻撃の根比べだが、先に、根が尽きるのは間違いなく僕の方だ。


 古谷市の人間を養分にした魔力がベクターから運ばれてくるが、その膨大な魔力も、このままであれば、すぐに底を突いてしまう。




「…!!」



 父は僕に急所がないかどうか、ありとあらゆる部位を潰してきていた。

 そのため、すぐに、ヨーヨーを横に薙ぎ払って、僕の首を胴体から斬り飛ばす。



 僕は、飛ばされた自分の首を、残った胴体で腕を伸ばして掴むと、大きく振りかぶって、遠くへ投げる。



 そして、すぐに治癒魔法を放つと、僕の頭部を起点として体が再生していく。




「ベクター!!鴉天狗の治療を!!」



 僕は、父から距離を離しつつ、作戦を考えることにした。わずか数秒もない時間ではあるが、あのまま消耗を続けていれば、一方的になぶり殺しに遭うだけだ。


 父の戦闘力を侮っていた。

 まさか、ここまで強いとは…



『ユウタ様!!鴉天狗は…息絶えております…』

「ぐ…!!」



 どうやら、父の攻撃から僕を庇った際に、その命を奪われていたようだ。

 魔王である僕が致命傷を負う攻撃なのだから、鴉天狗が耐えられるはずはなかった。



 僕は怒りで遠くの父を睨むのだが、そんな父が手を振り上げると同時に、僕の視界は真っ黒になる。




『ユウタ様!!!』



 ベクターの声でハッとすると、僕の視界がパッと明るく広がる。



 どうやら、父親のヨーヨーで頭部を粉砕されたようだ。




「や、魔力を枯渇させるしかないな」


 父は、僕から少し離れた位置でそう呟く。

 一通り、僕の各部位へ攻撃を終え、急所となる場所がないことを確認した父


 僕を殺しても、肉体から魂が離れるまでに時間がかかる。その間に、繋がりのあるベクターが僕を治癒することは可能だ。


 つまり、ベクターが魔力を枯渇させるまで、僕を殺し続けるしかない。




「ぐ…!!」



 相手がサキやジークなら、ベクターの魔力が枯渇するまで殺し切られることはなかっただろう。


 古谷市の住人から吸収した魔力の総量は、かなりの量だ。



 しかし、この僕が手も足も出ない父親を相手にすると、途端に、ベクターが貯蓄している魔力量では心許なく感じてしまう。

 



「…っ!」


 僕は足に魔力を込めて、一気に、父親から距離を離す。

 しかし、そんな僕へ何度もヨーヨーで追撃を行う父



 僕が後ろへ飛び退いて着地した距離は10mほどだが、その間に3回は殺されている。



「…エンジェル・ブレイカー!!」


 僕は暗黒属性の高位魔法を放つ。

 漆黒の逆十字が父の上に現れると、パッと、弾丸よりも速い速度で父親へと向かっていく。



「…」



 父は、そんな黒い十字架の先端を、人差し指と親指で掴み、見事に受け止めていた。


 そして、父が指で挟んでいる先端から、十字架の色が白く変わっていき、すぐに黒かった十字架は真っ白へと色が変わる。


 そのまま。白くなった十字架は、脆いガラス細工のように崩れていく。




「嘘…だろ…」



 直撃すれば、勇者であろうと大ダメージを受ける暗黒属性の高位魔法だ。

 かなりの魔力を消費する大技であり、その消費する魔力に相応しい威力を持つ魔法である。


 それを片腕で、しかも、指先で受け止めることなど、誰が想像できようか。



「アンタは…一体…!?」



 僕は自然と父親へ、その正体を尋ねる。




「俺は…お前の父親だ。ユウタ」


 父親は悲しそうな苦しそうな顔と声で答える。

 自分のことを父親とすら思わなくなったのかと、その表情が僕へ訴えかけていた。



「そんなことを聞いているんじゃない!」


 僕はそんな父の気持ちなど知らない。

 僕が知りたいのは、なぜ、ここまでの戦闘力を父が持っているかだ。



「そんなこと?お前にとっては…そんなことなのか…?」



 父は涙を溢れ出しながら、そう叫び、そう問いかけてくる。




「お前は何者だ!?何でそんなに強い!?」

「…ユウタ!俺はお前の父親だ!!子供が引き起こしたことの責任を取らなければならない!!」


「僕の質問に答えて!!」

「もう交わす言葉などない…!!」




「っ!!」



 本能的に首を右へ振ると、僕の左耳が吹き飛んでいく。

 どうやら、父が放ったヨーヨーが寸前で僕の横を通り過ぎていったようだ。



「ぐ…!」


 しかし、父がヨーヨーを戻す勢いで、僕の頭部は背後から吹き飛ばされる。




「…がっ!!」



 視界が真っ暗になると、すぐに、パッと明るくなる。




「ユウタ!!もうやめろ!!これ以上!!再生するな!!」


 父は苦しそうな顔でそう叫ぶ。



「ふざけるな!!負けてたまるか!!」



 父は、どうやら僕を殺すことに精神をすり減らしているようだ。

 真正面からでは敵わないが、心を折ることはできるかもしれない。


 ならば、僕とベクターの魔力が枯渇するのが先か、父の心が折れるのが先か、その根比べならば勝機はあるかもしれない。







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