第40話 混沌



 僕は暗黒の中で浮かび上がるスマホを見つめている。

 

 見つめているというのは正確ではないかも。

 今の僕には意識だけが存在していて、目の感覚なんてものは存在しないのだから…


 そんなつまらないことはどうでも良いか。

 これで勝敗は決した。



 相手は2人、こっちは僕だけ。

 多数決をすればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。



『こんばんは』

「っ!?」


 不意に少女の声が響く。



『やっとお会いできましたね。ユウタ様』


 続けて聞こえてくるのは若い女性の声だ。

 まさか…



「ナイアか?」

『はい。貴方の忠実なる下僕、ナイアでございます』


 男性の声でそう名乗るナイア

 しかし、なぜ、こんな場所にいるのか?



『ユウタ様、ここは時間停止した完全なる暗黒、つまり、私にとって、そうですねぇ…魚にとっての海に等しいと申し上げれば、ご理解いただけますでしょうか?」


 どこかキザったらしい口調で語るナイア

 まるで僕の思考を読むように、僕の疑問に答えていた。


 そういえば、こいつは闇を好む類の神だと言っていたな。

 確かに、僕が知る限りで、この空間以上に暗い場所を見たことがない。


 ナイアが言いたいことはわかる。

 しかし、時間の停止した場所で、こうして意思通りに行動できる。

 なんと規格外のやつなのだろうか。



『お褒めに預かり光栄にございます』



 ナイアは老人の声でそう答える。

 しかし、ここへたどり着けた理由は分かったが、そもそも、どうしてナイアがやってきたのだ?



『勝手に馳せ参じたこと申し訳ありません。ユウタ様と行動を共にしたく…その…非常に恐れながら、昨晩のユウタ様との遊戯…私はこれまでに感じたことのない楽しさを味わいました…またお供できればと…勝手なことを思っている次第です』



「…折角だが、すまない。僕の負けが確定した」


『これはこれは!ユウタ様よりそのようなお言葉が出るとは…いえ、それもまた一興!実に面白い!』



「お前は僕を笑いにきたのか?」


『これは失礼しました。決して、そのようなことはございません…ぷふふ…』


 ナイアは何が楽しいのか、笑いを溢す。

 こいつの存在理由は愉しむことだと言っていたな。

 ならば、楽しくて笑うのは呼吸のようなものか。




「…ま、いいさ。好きにしろ」

『ありがとうございます!』


「…さて、消化試合だ」





============


目「ようこそ!魔王ゲームへ!」


目「私はメインゲームマスターの目と申します。どうぞよろしくお願いします」


目「さて、皆さま、3ターン目の投票時間となりましたので、お話し合いのため、こうして時間を止めさせていただきました」


目「止まった時間は、感覚的には1時間となります。この1時間で誰を処刑するのか話し合っていただきます」


目「それでは、良い殺し合いを」



コウタ「さっさとユウタに投票し、このゲームを終わりにしようか」


リン「まさか、コウタが経験者だったとは思わなかったわ」


コウタ「経験者ではないが、経験者の知人が多い。その知識が役に立ったわけだ」


ナイア「それは素晴らしいですね。このようなゲームに参加できるなど運に恵まれておいでだ。運に恵まれた人々に囲まれれば、自ずと自分の運も良くなるものですから」


リン「っ!?」


コウタ「誰だ!?」


ユウタ「…っ!?」


ナイア「私は…そうですねぇ…ユウタ様の忠実なる下僕と申します」


ユウタ「どうして!?ナイアがここに!?」


ナイア「言ったではありませんか。ユウタ様にお供します…と、そして、ユウタ様は好きにしろと仰いました。今更、私を仲間はずれにするのはやめてください」


コウタ「馬鹿な!?どうやって!?ここに入り込んだ!?」


リン「どうやって!?なんで!?」


ナイア「万物の王であるユウタ様の下僕であれば、この程度のこと当然、驚かれるほどのことではありません」


リン「驚くわよ!いかなる英雄や神ですら、この投票時間に割って入り込むなんて真似できないわよ!」


コウタ「…ぐ」


リン「コウタ!?」


コウタ「馬鹿な…参加者が4名になっている…ナイアがカウントされているぞ!」


リン「そ、そんな!」


ナイア「はい、観戦だけなど面白くありませんからね。こうして、私も参加させていただきます」


リン「途中参加なんて聞いたことがないわよ!?ゲームマスター!!」


ナイア「あ!ゲームマスターなら、ぷふふ…うっかりと殺してしまいました」


コウタ「殺し…た…だと!?相手は神の目だぞ!?」


ナイア「所詮はオールドデウス…私の敵ではありませんよ」


リン「嘘でしょ!?ちょっと!!目!!」


コウタ「返事がない…違反者には罰則を下すと聞いていたが」


リン「こいつの途中参加はルール違反じゃないってこと!?」


ナイア「いえいえ、きっと、ルール違反でしたよ。私は攻撃されましたからね。それで、ついつい、うっかりと殺してしまいました」


コウタ「そのような妄言は聞かんぞ」


リン「ふざけないで!ちょっと!!何なの!?」


ナイア「まぁ良いでしょう。細かいことは置いていきましょうよ」


リン「細かい?」


コウタ「重要なことだぞ!?」


ナイア「それで、ユウタ様、リンとコウタはどちらに投票しましょうか?」


ユウタ「コウタだと言いたが、その前に…まさかと思うから聞くけど、ナイア、お前の役職は?」


ナイア「はい、市民です」


ユウタ「人間側じゃないか」


ナイア「そうですねぇ…ユウタ様の敵側となりますね…これはうっかり…ぷふふふ」


ユウタ「お前…絶対にワザとだろう」


ナイア「うーん…思ったよりもユウタ様が絶望しませんねぇ」


ユウタ「お前は、僕までもおもちゃにしようとしているな?」


ナイア「滅相もございません!!決してそのようなこと!!ぷふふふ!!」


ユウタ「途中参加で僕に希望を持たせておいて、実は、人間側でしたって僕を弄ぼうとしていただろ?」


ナイア「そ、そ、そ、そんなことはありませんヨォ」


ユウタ「…はぁ」


コウタ「はは…はははは…何だ…それなら味方が増えたわけだな」


リン「ナイア、死にたくなければ、ユウタに投票しなさい」


ナイア「死にたくなければ!?え、ユウタ様に投票しなければ、死ねるのですか!?」


リン「な、何を言っているの!?」


ナイア「いえいえ、久しぶりに死んでみようと思っていたところなんですよ。いや、肩凝りがひどくて、死んでスッキリしようかと思っていました。死ぬと新陳代謝が促されますからね…週に1回は死んだほうが良いと言われていますからね」


コウタ「な、何だ…まさか!?俺かリンに投票するなんて言わないよな!?」


ナイア「このゲームに負けたら死ねるんですよね?それなら負けて死んでみようかなぁ…ぷふふふ」


コウタ「この俺が…ペースを乱されている…」


リン「完全に…流れはこいつに支配されているわ」


ユウタ「僕はなんてやつを配下にしてしまったんだろうか…おい、ナイア」


ナイア「はっ!」


ユウタ「コウタに投票しろ」


ナイア「でも!コウタに投票してしまっては、50%の確率でユウタ様が勝って!私は負けてしまいますよ!?そしたら、私は死んでしまいます!!」


ユウタ「僕の配下から外されるのと、死ぬのは、どっちの方が好みだ?」


ナイア「はい!喜んで死なせていただきます!」


ユウタ「よかろう」


コウタ「仕方ない…リン、俺達はユウタだ」


リン「ええ、分かっているわ」


コウタ「やはり、俺が2票、ユウタも2票だな」


ユウタ「ああ、後は運が良いことを祈るだけか」


ユウタ「ナイア、ありがとう。本来であれば、2対1で僕が負けていたところを、ここまで持ち込めたのはお前のおかげだ」


ナイア「ユウタ様…そのようなお言葉をいただけるとは、このナイア…感動しております!!」


ユウタ「あー、そういうのいいや」


ナイア「とはいえ…ユウタ様が本当に負けてしまっては面白くありませんからねぇ」


ユウタ「む?」


コウタ「ま、待て!!おかしいだろ!?」


ユウタ「コウタへの投票が増えていく!?」


リン「投票が…5…20…100…1,000!?」


コウタ「こんなのはイカサマだ!」


リン「何よこれ!?めちゃくちゃじゃない!!


ナイア「では、得票数1,000票で、コウタを処刑します」


コウタ「ふざけるな!!」


ナイア「では、どうぞー!」


コウタ「ま、待て…っ!!」


リン「コウタ!?」


ユウタ「まさか…本当に?」


ナイア「さ、ユウタ様、父と子の感動の対面が待っていますよ」


ユウタ「ナイア!?」


ナイア「ぷふふふ!では、後ほど〜」




=============




 めちゃくちゃなやつだ。

 混沌を体現したような存在だった。



 負け確定だったゲームをめちゃくちゃにして、次へ繋げられた。それはきっと、僕への忠誠心ではなく、単純に楽しみたいからだろう。


 いいだろう。

 ナイア、お前が僕に従うならば、存分に楽しませてやろう。




 僕の目の前の景色に色が戻り始めると、すぐに輪郭が帯びてくる。

 手足の間隔が蘇り、あっという間に、僕は元の場所へと戻っていた。




 そんな僕の目の前には、怪訝な顔をした父がいた。

 突然、コウタの姿が消えているため、非常に驚いている様子だ。




「父さん…」



 父であるヨウゲンからすれば、時間が停止していたことなど気付かないであろう。

 父はコウタの気配がまったく感じないことに気付くと、すぐに僕へ言葉を投げかける。




「ゲームとやらで、コウタを排除したようだな」

「…うん。後は、もう1人の参加者を殺せば僕の勝ちだよ」


「させない。これ以上、お前に手を汚させるわけにはいかない」


「そいつを殺さないと僕が死ぬんだよ?」

「…」


「ね、父さん」

「…」



 父であるヨウゲンは懐からヨーヨーを取り出す。

 白い輝きを強く放っているヨーヨーは、勇者であるサキが鉄パイプに纏わせていたものとは比べものにならないぐらい強い光だ。


 それほど、父は本気なのだろう。




「そっか…いいよ…やろうか…殺し合おうか!!父さん!!」






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