第39話 父と子
「父さん?」
僕は思考が混乱していた。
なぜ、こんなところに、ただの営業マンである父がいるのだろうと。
ミスズと同じようにコウタに誘拐されたのか?
いや、それにしては、拘束されているような素振りはないぞ。
「ユウタ!!!お前!!!なぜ、ケントくんにあんなことを!?」
僕の混乱する思考を停止させてくるのは父の怒号だ。
彼は平凡そうな顔を鬼のように歪めて怒りを露わにしており、普段は温厚な手は硬く拳を握っている。
「ユウタ!!」
「…なんのことだよ…父さん?」
「とぼけるな!!!」
「っ!」
広間が震えるほどの覇気が父さんから放たれる。
これで僕は理解した。
僕の父はただの営業マンなんかじゃない。
そんな僕を余裕のある笑みを浮かべて見つめているのは背広の男性だ。
いかにも堅気ではなさそうなアウトローな雰囲気が出ている。
「そうか、お前がユウタか」
「…アンタは?」
「さぁ、誰だろうな」
アウトローな雰囲気の男性は余裕そうに笑みを浮かべる。
こいつはコウタだ。
僕の直感がそう告げていた。
そして、隣にいる妖狐みたいな奴が、コウタの協力者かな。
「おい!ユウタ!!俺の目を見なさい!!」
「…父さん、少し黙っていて」
僕は父を気絶させて、うまく記憶でも消せないかベクターか鴉天狗に相談しようと考えていた。
そんな僕の魔法を父は軽々と腕を振るって弾く。
「っ!?」
「こんなもので俺が黙ると思うか!?」
「ユウタ、油断しない方が良いぞ。そいつはゲームに参加しているわけではないが、その戦闘力は…そうだな、サキをも超えるぞ」
「っ!?」
コウタらしき人物が笑みを浮かべて僕へそう忠告する。
僕の父が、素で勇者を超えるほどの戦闘力を持っているとでも言うのか?
「それにだ。ヨウゲン…目撃していたとは言え、しっかりと説明してやるべきだ」
「お前は黙っていろ!!」
「そう言うな、息子とはしっかりと話し合え」
コウタらしき人物が父へそう語ると、その言葉通り、父は少し落ち着いた様子でネクタイを締め直していた。
どうやら、話し合いには応じてくれるようだ。
それに、目撃していたってことは…
僕は、周囲を見渡すと、狐耳の女性が大きな水晶を隣に浮かべているのに気付く。
その水晶には真っ赤な景色が映し出されており、あれはケントを撒き散らした血だ。
なるほど、水晶で覗き見されていたのか。
これは弁明の余地なんかないな。
「…ミスズがそこにいるのに、助けようとしないのはどうしてだよ、父さん」
僕はそんな父を逆に責め立てることにした。
「人質にとられている。手を出せば、ミスズを殺すとな…」
「…」
「それで、膠着状態になっている時に、お前がやってきた」
「…なるほど」
「なるほどじゃないぞ!!ユウタ!!」
「っ!?」
再び、父から空間を揺るがすような覇気が放たれる。
それだけで、僕は萎縮してしまい、思考が停止して、口が動かなくなる。
「おーっと、そうやって力で相手を押さえつけようとするのは良くないぞ。ヨウゲン」
「…陽気だな、コウタ」
「ああ、機嫌が良い。お前のそんな姿が見られて俺は嬉しいよ」
「…っ」
やはり、あいつがコウタか。
それに、父と面識があるようだ。
あまり良くない面識のようだけれど…
いや、そんなことよりも…
どうする…
どうやって、この場を潜り抜ける。
僕は父が腕にしている時計を覗く。
すでに、19時まで15分も時間が残されていない。
ケントで遊びすぎたのを少し後悔していた。
コウタを殺してから、残った時間で存分に痛めつければよかった。
くそ…
「さて、陰陽庁の部長であるヨウゲン、キミは魔王の出現に際して、どのような行動を求められるのかな?」
コウタはそう父へ尋ねる。
陰陽庁などという言葉、僕は初めて聞いた。
「…」
「即排除…違うかな?」
コウタは楽しそうに首を傾げて父へ問いかける。
「っ」
コウタの言葉に父は唇を噛み締める。
彼が言葉にしたのは「自分の息子を殺せ」ということだろう。
「だが、ヨウゲン、お前が手を出さなくても勝敗は決する」
「…何?」
「俺もユウタもゲームの参加者だ。19時になると、投票時間になる」
「…馬鹿な!?なぜユウタが!?」
父であるヨウゲンの顔が引き攣っていた。
「そうだ。残念ながら、人間側はほとんど、そこのお前の息子に殺されてしまったからな、残っているのは俺と後1人だけだ」
「…ぐ」
「だけどな、魔王側も残っているのはユウタだけだ」
「…まさか、投票時間になれば…」
「そうだ。お前が手を下さなくても、ユウタは勝手に死ぬぞ…ま、蘇生チケットがあるからな。お前らの目の前からは消えるだろうが、どこかでは生きているだろうさ」
「どうして…あんなゲームに…ユウタが…ミスズもか!?」
「あんなゲームとは言ってやるなよ…エリシャと出会えたのも、ゲームがあったからだろう」
「…っ」
エリシャは母の名前だ。
まるで魔王ゲームで父と母が出逢えたような話に、疑問を抑えられない僕はついつい口を挟んでしまう。
「どういうこと?」
「ん?ヨウゲンはこの世界の住人だが、お前の母…エリシャは異世界人だ」
「異世界人…?」
「ああ、しかし、すごいな、ヨウゲン…本来、異世界人との間に子供ができる可能性はゼロに近い。それにも関わらず、2人もこさえるなんてな」
「…」
「おっと、ミスズはお前達の子供でも、ユウタは違ったか!」
「やめろ!!」
コウタが慌ててわざとらしく口を両手で塞ぐ。
そんな彼へ父が怒号を響かせる。
「…え?」
「…」
僕は耳を疑っていた。
僕は…父と母の本当の子供ではない?
「おいおい…その様子じゃ知らなかったみたいだな」
コウタは僕の顔を楽しそうに見つめている。
きっと、僕は唖然としてしまっているのだろう。
「似てない…そう思ったことはなかったのかな?」
「…っ」
「あーそうか!ヨウゲンは今でこそこんな見た目だけど、昔は男前だったからな、自分は父親に似ていると違和感を抱かなかったのか?」
コウタの問いかけに、僕はコクリと頷く。
僕は平凡そうな父の遺伝子を受け継いでいると思っていた。
「…母や妹の容姿が整い過ぎていることに…確かに…疑問はありました」
「やめろ!ユウタ!奴の言葉に耳を貸すな!」
父は先ほどまでの威勢はなくなっており、弱々しい印象すら受ける。
だからこそ、僕は心に巣食う疑問をぶつけることができた。
「父さん…本当のこと…話して」
「っ!?」
「父さん…」
僕は薄らと気付いている。
コウタは時間を稼ぐために、こんな話を振ってきていることに。
だけど、僕は…それでも…
「父さん!僕は…誰の子供なの!?」
「…ぐ」
父は即答できなかった。
「俺の子供だ」とそうすぐに言ってくれていれば、僕は産みの親が誰であろうとどうでもよかった。
「そっか…」
いや、それもそうだろう。
人を痛ぶって殺すような奴を、自分の息子だと即答できるはずがない。
そもそも、僕は…もう…人間じゃないような気がする。
「…ユウタ…お前は…」
「もういいよ…いずれにせよ、僕を殺さないといけないんでしょ?」
「っ!?」
父は僕の言葉に顔を引き攣らせて、少し遅れて涙を流し始める。
「ユウタ…気付いてやれなくて…すまん」
「何が?」
「お前が…ゲームに招待されていたことだ」
「違うよ…もっと…違うことに気付いてほしかった」
「え?」
「…ね、僕とケントって、今でも仲が良いと思う?」
「疎遠になったと聞いている」
「じゃ、仲は悪いと思う?」
「…」
「めちゃくちゃ悪いよ…僕はね…ずっと、ケントにいじめられてたから」
「っ!?」
父は少し驚いたような顔をしていた。
「はははは…やっぱり、気付いてくれてなかったんだね」
「ユウタ…」
「僕も正直に打ち明けようとはしなかったから、仕方ないけど…でも…」
「待て!ユウタ!!」
僕は全身に魔力を漲らせる。
臨戦態勢だ。
父であるヨウゲンがサキをも上回る戦闘力があるのというのはブラフだろう。
とはいえ、今の迷いのある状態に攻撃を仕掛けた方が有利だろう。
「僕は…もう…すべてを捨てるよ…コウタ…残念だったね…逆効果だったよ。お前の作戦」
「いや…俺の作戦は完了したよ」
「え?」
コウタがそう言ってニヤリと笑う。
すると、すぐに周囲の景色から色が奪われていく。
「な…」
「それじゃ、ユウタ、投票で会おう」
「ま…待て!!!」
周囲の色と共に、僕の肉体の感覚は無くなっていく。
暗黒の中に存在しているのは僕の意識だけであった。
あっという間に15分など過ぎてしまっていた。
気付けば、僕の目の前には、投票時間と呼ばれるいつものチャット画面のようなものだけが存在している。
それは、つまり、僕の負けを意味していた。
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