第37話 妖魔殿
黒いセダン車が3台、山道を駆け上がっていく。
途中から舗装がされておらず、森を切り拓いたところに砂利を敷き詰めたような道を、ガタガタと音を鳴らしながら、車は進んでいく。
やがて、山頂へたどり着くと、こじんまりとした神社があった。
6畳ぐらいのスペース、大理石の均一な地面、そこに3つの正方形の岩の板が等間隔で並んで立っており、上から見れば、その3つの板が三角形の陣を組んでいるように見えるだろう。
そんな山頂の手前で、黒い車は停車する。
そして、車から降りてきたのは黒いスーツの私服警官達だ。
そして、最後に車から降りてきたのは、いかにも平凡そうな男性だ。
絶世の美女を嫁に持ち、すでに大勢の男を泣かせている美貌を持つ娘がおり、自分と同じ平凡な息子がいる彼は、名前を「スズキ ヨウゲン」という。
娘と息子には家電メーカーの営業マンということになっている。
しかし、本当は陰陽庁の特殊警察官であり、その界隈では有名な存在だ。
車から降りたヨウゲンは1人で神社のある山頂へ向かって進んでいく。
「部長!お供させてください!!」
「俺もです!!!」
「私も!!!」
彼の部下が熱い視線で彼の背中を見つめながら、堪えきれずに、そう叫び始める。
ヨウゲンは足を止めると、スッと振り返り、優しそうな笑顔で告げる。
「や、みんなありがとう…でも、ごめん。みんなはここで待っていて」
「部長…」
ヨウゲンはそう言うと前を向き、再び神社へと進み始める。
天王神社と呼ばれる絶境に存在するスポット
境内自体は6畳と小さいのだが、そこから発せられる霊的な魔力的なオーラは計り知れず…
ヨウゲンを慕う部下達が、彼の言いつけを無視して、その背中を追おうとする。
しかし、誰もが山頂を前にして、まるで弾き飛ばされるようにして尻餅をついていた。
そんな光景を尻目に、ヨウゲンは境内にある3つの岩の板が並ぶ前で立ち止まる。
「…キキョウ…いるかい?」
『ヒサシイナ』
「俺を中へ入れてほしいんだけれど、ダメかな?」
『…コトワル』
「どうして?」
『ハナス イミ ナイ』
ヨウゲンから常人では分からないが、魔力や霊力を持つ存在であれば震えるようなオーラが解き放たれる。
神社の周囲にある何もないはずの空間が、まるで強風に煽られる窓ガラスのように揺れていた。
「…中にさ、いるんだろ?俺の娘が」
『ナカ ダレモ イナイ』
「なら、確認させてもらうよ」
『ダメダ』
「どうして?」
『ワタシ ノ トチ ダ ワケ ナド ナイ』
「そっか…そうだね…ごめんだけど、今は急いでいるから…強引に通らせてもらうよ」
ヨウゲンがそう言って歩を進めると、その先の空間がまるでカメラを逆ズームするように広がっていく。
わずか6畳であったはずの境内が、一瞬で東京ドームはあろう広さになった。
3つの石の板で構成されていた社殿は、まるで戦国時代を彷彿とさせる城のような姿になっている。
城は分厚い城壁に囲まれており、ヨウゲンの目の前には巨人が通れそうなぐらい大きな城門が閉ざされた状態で立ちはだかっている。
そして、城の天守閣には、背広を来た男性と、着物姿の狐耳の女性がおり、2人は入り口にいるヨウゲンを上から眺めている様子だ。
「や、コウタ…やっと会えたね」
ヨウゲンは城門から目線を上にあげると、遠くを見つめてそうつぶやいた。
彼の視線は、明確に、城の天守閣にいるコウタとキキョウを捉えているようだ。
『ふん…』
『コウタ ヨイノカ?』
『キキョウ…ここを壊されては堪らん…そいつを中へ入れろ』
『シカシ…イマノデ…マオウ ニモ キヅカレル』
『そろそろ、追われるのも面倒だ。この機会に、そいつもこいつも始末したい』
『…ワカッタ』
キキョウと呼ばれた狐耳の着物姿の女性が頷くと、ヨウゲンの前に立ちはだかる城門がひとりでに開いた。
「や、罠だらけの匂いがぷんぷんとするね」
ヨウゲンはそんな城門の奥を見つめてニカっと笑う。
そうして、彼はゆっくりと城の中へと歩みを進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
1人の女性警察官が、心配そうに拡大した空間の城を覗き込んでいる。
彼女だけではなく、その周囲には十数人はいよう警察官達が、固唾を飲んで見守っていた。
「フミカ…お前は帰れ」
「え?」
そんな女性警察官へ、1人の男性警察官が声をかける。
「お前、来月、結婚だろ?」
「…そうだけど、だからって!部長やみんなを残して帰れない!」
女性警察官は気丈に答える。
彼女が、どれだけ結婚相手の彼のことを想っているのかは、みんなが知っている。
「おいおい…お前がいると、逆に気が散るんだけど」
「あー!そうだな!!」
「そうそう!」
「ほらな、みんな、お前がいると邪魔だってさ」
フミカと呼ばれた女性警察官が、これがみんなの本心だと思っていない。
苦楽を共にしてきた戦友達だ。
付き合いは長く深い…
だからこそ、なんて不器用な奴らなのだろうと、彼女は感じていた。
「…部長が倒しきれなかった妖魔が出てくる可能性があります…その妖魔達が人里へ降りないように食い止めるのが私達の使命です!それを…私だけが放棄することはできません!!」
「フミカ…」
「むむむーん!!」
「…メルビトック師?」
そんな中、不意に空を見上げるスーツ姿の老人がいた。
彼の奇怪な声で、その場の空気は一気に緊張感を増す。
「むむむーん!?ベクターの気配がする!!」
「ベクター!?」
メルビトックの声を発端として、警察官達に動揺が走る。
すぐに、彼らは各々の武器を取り出して、陣形を整え、臨戦態勢を整える。
手にしているのは銃だけではなく、札や剣、中にはけん玉なんてものまであった。
そんな光景を遠目に見つめているのはユウタだ。
「…父が通報したのか」
僕はそんな警察官の様子を眺めながら呟く。
父は電話で「ミスズの居場所が特定できた」と言っていた。それは父が特定したのか、警察官が特定したのか、いずれにせよ、公的機関が動いてはいたようだな。
僕はスッと警察官が陣形を組んでいる背後へ降り立つ。
そして、殺していた気配を解放してみせた。
「「っ!?」」
陣形を組んでいた警察官は、一斉に僕へ振り返る。
各々の構えていた武器を解き放とうとするが、僕の容姿が高校生だからか、彼らはその手を止める。
「子供…?」
「こんな場所に…ただの子供が来るか!?」
「むむむーん!?」
「メルビトック師!?」
「妖気や魔力は感じーん!!ただの子…のようだ」
変なお爺さんが僕を観察するように見つめると、出した答えが"ただの子供"であった。
どうやら節穴のようだが…
「…そうでしたか!」
「何だよ、びっくりしたぜ」
「姿が子供だと、なんだか、戦うのがな」
その節穴のお爺さんの言葉に、周囲はすっかり、僕への警戒を解いていた。
どうやら、あのお爺さん、節穴の割に仲間からの信頼は厚いようだ。
逆に言えば、あんな節穴の奴が信頼を得られるような組織ってことか。
ミスズを助けるのに利用できると考えたけれど、これじゃ邪魔になるだけかもしれないな。
「な、フミカ、あいつを下まで送り届けてやれよ」
「え?私が?」
1人の男性警察官が1人の女性警察官へそう言うと、周囲からは、その男性警察官へ賞賛を送るような視線が注がれていた。
「ああ、そうだな」
「子供を放ってはおけないだろ?」
「ええ、ここは戦場になるかもしれないわ…誰かが送ってあげないと」
「それは…」
「さ、早くしろ」
「おう、時間がないかもしれないぞ」
「…分かったわ」
女性警察官は迷う素振りを見せていたが、周囲の言うことも最もだろう。
渋々と、フミカと呼ばれている女性警察官は陣形を離れて、僕のところへと歩み寄ってくる。
「…」
「え?」
そんなフミカと呼ばれていた女性警察官の胸から血が滲み始める。
彼女は血相を変えて、自分の胸に手を当てると、そこには大量の血が付着していた。
「フミカ?」
急に立ち止まった女性警察官を心配そうに見つめる彼女の仲間達
そんな仲間達の前で、フミカはパッと地中へと姿を消していく。
「フミカ!?」
「消えた!?」
「敵襲だ!!警戒しろ!!」
「…こいつらは、そこそこ魔力を持っているな。訓練もしていて質が良い」
『はい』
「1人残らず、吸い尽くせ」
『はっ!』
これからの戦いに備えて、ベクターへ養分を蓄えてもらおう。
そんな餌を見るような視線で、僕は警察官達を見つめる。
「フミカはどこだ!?」
「むむむーん!?ベクターの気配が…強くなっておーる!?」
まずは、あのお爺さんだ。
節穴だけれど、この中でも、魔力は特に強いようだ。
「ベクター!」
『御意!!』
「むむー…」
警察官の陣形に、ポツリと穴が空く。
メルビトックと呼ばれる信頼の厚いお爺さんが急に姿を消したからだろう。
「メルビトック師!?」
「何が起きて…」
また一つ
「おい!!攻撃を受けているぞ!?」
「妖魔の気配は!?」
「敵の気は…」
また一つ
「あの子供じゃないのか!?」
「待て!!魔力は感じ…」
「ケンジ!?」
また一つ
「どこから!?」
「落ち着け!!!取り乱すな!!!」
「陣形を維…」
また一つ、警察官は姿を急に消していく。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
僕の隣には、白い豪華な服を纏ったピンク色の髪の男性がいる。
彼はベクターが人の姿をしているものだ。
和風の城を、そんな洋風の格好をした男性が進んでいる。
なかなかにシュールな状況だ。
そのベクターの隣にいる典型的な天狗の格好をしている男性は、もちろん、鴉天狗が人の姿に化けているものだ。ベクターに対して、彼の方が、この建物の雰囲気に少しはマッチしているだろうか。
「…どうした?」
「はい…ここは妖魔の巣窟の筈ですが…」
顔色の悪いベクターへ僕が尋ねると、彼は僕が意図しない回答を返す。
しかし、その回答は非常に意味深だ。
「ここまで登ってくる間、妖魔どころか、虫の1匹もおらんぞ」
「ユウタ様、ベクター様のお言葉に嘘はありません」
「ほう」
僕が頷くと、ベクターと鴉天狗はその視線を僕へ集中させる。
なるほど、問われるのを待っているわけか。
「では、その妖魔はどこへ消えた?」
「妖魔の気配は残っています。しかしながら、何か、一瞬で転移したように消え去っております」
「消えている?…逃げたのか?」
「いえ、この屋上からは確かにコウタの気配を感じます。忠誠や契約を交わした主人を置いて逃げるなど…なかなかに考えられないことです」
入り口にいた警察官達が妖魔とやらを一掃させたのか?
いや、ならば、外で待機していた意味などあるのか?
「…戦闘の痕跡はあるか?」
「いえ、今のところは確認できません」
「そうか…」
僕が悩むように黙り込むと、ベクターと鴉天狗が心配そうに僕をみつめている。
なるほど、これは王の態度ではないな。
「案ずるな。どのような罠があろうと、関係などない。我へ害を加えたのだ。その罪、しっかりと償ってもらおう」
「「はっ!!」」
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