第36話 囮
「…コウタさん、ヤバいやつがいました」
「ヤバいやつ?」
スキンヘッドの男性は微かに息を切らしながら、事務所のような場所で窓の外を見つめる背広の男性へと声をかける。
その背広の男性は、黒い髪をオールバックで整えており、その背中からは威圧感のようなオーラが放たれていた。
そして、彼が窓の外を覗き込む、その眼光はかなり鋭い。
「おう!リュウガサキ!てめぇ!失敗は許さねぇと言ったろ!?」
「おう!言い分けたぁ!!見苦しいぞ!!こらぁ!!!」
「本家からの仕事だぞ!わかってんのかぁ!?ああん!?」
事務所の中央にはソファーに座っているゴリラのようにガタイの良い男性達がいる。
誰も彼もがカタギではないことが明白であり、人殺しを生業としているような本物感が漂っていた。
そして、彼らは口々に怒号を事務所内に轟かせる。
その先には、入り口に立っているスキンヘッドの男性がいた。
しかし、そのゴリラのような男性達をギロリと見つめる背広の男性
「「…」」
あれほどまで罵声を轟かせていた彼らだが、背広の男性に一瞥されただけで勢いを潜めていた。
「…で、リュウガサキ、そのヤバいやつってのは、どんなやつだ?」
背広の男性はスキンヘッドの男性へ振り返る。
その頬には、目元から口元へと渡るほどの大きな傷がある。
眼光は鷹のように鋭く、額にも細かい傷があった。
歴戦のアウトローを思わせるような風貌だ。
その風貌には確かな威圧感があり、彼から視線を向けられただけで、スキンヘッドの男性の額には汗が滲んでいた。
「…奴は…」
ゴクリと喉を鳴らしながら、スキンヘッドの男性は、背広の男性の問いに短く答える。
それだけの動作に、スキンヘッドの男性がどれだけ精神をすり減らしているのか想像に難くないだろう。
「ほう…お前が言い淀むとは珍しいな」
しかし、背広の男性は表情を微かに緩める。
どうやら、スキンヘッドの男性の反応に興味を示しているようだ。
「…すいやせん」
「珍しいものは面白い。いいだろう。お前の言い訳を聞かせてくれ」
「馬鹿げた話と笑われることは承知してます…しかし…」
「前置きは良い。要点だけを簡潔に離せ」
「へい!車に轢かれても平気な奴がいました!そいつのせいで仕事に失敗しやした!!」
スキンヘッドの男性の馬鹿げた話に、ソファーに座っている3人のガタイの良い男性達は、背広の男性の顔色を窺うように覗き込む。
しかし、その3人の心配を他所に、背広の男性はニヤリと満足そうに笑みを溢した。
「…ほう」
「ボス?」
「こいつの話、信じるんですかい?」
「…ああ、お前ら、今すぐにここを畳め」
「畳む?」
コウタは落ち着いた様子で"撤退"を指示する。
そんな彼の様子もあってか、3人の男性達は首を傾げていた。
「早くしねーか!!!!」
「「へい!!!」」
3人の男性達は慌ただしく散っていく。
そんな彼らを尻目に、コウタはリュウガサキへ鋭い視線を向ける。
「とんでもないヘマをしたな。リュウガサキ」
「…お、俺は…何を?」
「お前は別口だった。車を変えて仕事しろと…俺は指示をしたよな?」
「し、しかし…それじゃスケジュールが押してしまうと判断して…」
「お前のその独断で、俺の作戦はパーになりそうだ」
コウタはそう言ってから机から銃を取り出す。
「…っ!」
リュウガサキは覚悟したように目を瞑るが…
「自分のケツは自分で拭いてもらうぞ。これを持て」
「…へ!?」
リュウガサキは目を開くと、そこには銃を渡そうとするコウタの姿があった。
彼は慌てて両手を突き出して、彼から銃を受け取るのだが
「重っ!」
リュウガサキは自分の知っている銃の重さとは違うことに驚きを隠せないでいた。
「それは魔力と呼ばれるものがこもっている。とある存在からすれば、お前が俺に見えるだろう」
「こ、これで俺がコウタさんに見えるんっすね」
リュウガサキはコウタの意図を汲み取る。
つまり、囮になれと言っているのだ。
それにも関わらず、リュウガサキは満面の笑みで頷く。
「…コウタさん、すいやせんでした!とんでもないヘマをこきながら、こうして…活躍の機会をいただけるなんざ、俺…本当に感謝します!」
「…おう。車はこれを使え」
コウタは懐からキラキラとした宝石の装飾が施されている車のキーを渡す。
有名なドイツ車のシンボルマークがキーには描かれていた。
「へい!」
「とにかく、車で走り回れ、それと、古谷市からは絶対に出るな」
「へい!!」
コウタに言われて、リュウガサキは飛び出すようにして部屋を出る。
そして、1分もしない内に、勢いよく黒いセダン車がエンジンを豪快にふかしながら走り出ていく。
コウタは窓の外を覗くと、1羽の鴉がその黒いセダンを追いかけるように羽ばたいていくのが見えた。
「…とはいえ、あいつが追いつかれるのも時間の問題だな」
『コウタ ドウスル ツモリ ダ?」
「子供の方は時間を稼げばなんとかなるだろうが、問題は父親だな」
『ヨウゲン ガ アイテ ト ナレバ カチメナド ナイ』
「…娘の様子は?」
『ネムッテ イル シンニュウシャ ノ ケハイ モ ナイ』
「そうか…」
『コウタ?』
「俺に作戦がある…上手く行けばだが、ユウタとヨウゲンを対立させることができるかもしれん」
『タイリツ?』
「そうだ…まずは移動するぞ」
『ドコヘ?』
「当然、妖魔殿だ」
ーーーーーーーーーーーーー
「あの事務所か」
僕は空から古谷市を眺める。
雑居なビルが並ぶ一角には、灰色のコンクリートの3階建ての建物があった。
鴉天狗より、ここにコウタがいたとの報告を受けて、僕はここまでやってきていた。
『はい、しかし、参加者と思われる人間はすでに逃げ去っております…申し訳ございません』
「お前が逃すとはな…何かあったのか?」
『陽動にまんまと引っ掛かりました…弁明の余地もございません』
「…良い。それで、中は?」
『すでにもぬけの空です。一応、他の仲間の行方も配下に追わせています』
「そうか…何か情報は?」
『まだ拷問中のものもおりますが、わかったのはコウタという参加者がいたとのことだけです』
「そうか」
僕は時計を見る。
時刻は17時を過ぎたところだ。
黒いミニバンを全て追い切ったが、どれにもミスズは乗っていなかった。
最悪、街の外へミスズを連れ去っている可能性も視野に入れないと…
いや、万が一に備えて、人質にするために側に置いているはずだ。つまり、コウタの行方とミスズの場所はイコールのはず…
「…」
僕は自分のポケットでスマホが振動しているのを感じる。
『ユウタ様?』
「何か情報が入ったら連絡しろ」
『はっ!』
鴉天狗が飛び去ると、僕はスマホを取り出す。
父から電話がかかってきていたため、スマホが振動していたようだ。
「…はい」
『ユウタ!!無事か!?』
「うん」
『そうか…良かった…お前は家に帰りなさい。各地でテロが起きている。今の古谷市は危険だ』
「それは…できないよ」
『や、お前の気持ちは嬉しい…』
「え?」
『母さんから聞いたよ…』
「…」
『整理するに、ミスズが攫われて、ユウタは助けようと走り回っているんだよね?」
「え?…あ、うん」
『後は父さんに任せて!』
「え?」
『お前は家に戻りなさい』
「…まだ…ミスズを助けられてないよ!」
『これは父親の命令だよ!子供は素直に従うんだ』
「…っ!それでも…僕は!!」
『ユウタ、ミスズの場所はこちらで特定した。後は大人の仕事だ。後は任せて』
「え…?」
『いいかい?ユウタ…お前は家に帰るんだ』
「父さん!?」
『ユウタ…帰りなさい!』
「父さん!?ミスズはどこにいるの!?」
『ユウタ!!』
「僕は帰れない!!ミスズを攫ったやつは…とても危険なやつなんだ!!」
『ああ、知ってるよ…それは痛いほどに十分にね…俺は仕事のことでお前らを巻き込まないようにしてきたけど、こうなってしまって申し訳ないと思っている…』
「父さん?仕事?」
父はただの家電メーカーの営業だと聞いていた。
それに、どちらかと言えば、巻き込んだのは僕の方だ。
『俺の失態だよ…自分の失態は自分で取り返す…だからね…ユウタ…帰ったら事情は話す…だから、今は、俺に任せてくれ』
「父さん…」
『母さんを頼んだぞ』
そう言って父は通話を一方的に切る。
僕は「ツーツー」と音を鳴らしているスマホをジッと見つめていた。
『ユウタ様!』
「…どうした?」
そんな呆然としている僕へベクターが呼び掛けてくる。
『はっ!ミスズ様の居場所が特定できました!』
「どこだ?」
『天王神社です!』
「…行こう」
『しかし…』
ベクターから気後れしているような声が響く。
何か大きな問題のある場所のようだ。
「どうした?」
『天王神社は妖魔殿と呼ばれる魔物の巣窟です』
「それがどうした?」
『そのため、特殊な封印が施されており、いくらユウタ様でも立ち入ることは叶わないかと』
「…やってみなければわからない。僕を案内しろ」
『しかし…仮に…中へ入れたとすると、妖魔殿の封印を解くこととなります』
「それがどうした?」
『はい…中にいる数々の魔物が世に解き放たれることとなります』
「…構わん」
『ユウタ様のご家族にも被害が及ぶかもしれません』
「現在進行形で被害が及んでいる。その収拾が先だ」
『それはおっしゃる通りでございます。しかし、手段をもう少し講ずるべきかと、苦言を申し上げさせていただきます』
「ならば、中にいる魔物も全て殺し尽くしてやろう。僕に従うにならば良し!でなければ…殺す」
『…心得ました。お優しいユウタ様が、魔物を葬ることに心を砕かれるかと思っておりましたが、過ぎた考えであったようです』
「納得したか…では、僕を案内しろ」
『はっ!』
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