第33話 誘拐



「…」



 ミスズはモジモジを続けていた。何をそんな急に照れているのだろうか。

 とりあえず、こいつに彼氏がいたことはなさそうだ。



「…スズキくん?」

「ん?」



 そんな時だ。

 不意に誰かが僕へ声をかける。



「あれ?キリュウインさん?」



 僕を呼んだのは、クラスメイトのキリュウインさんだ。

 大人しめの服といつものメガネを付けている。


 右手にはブラックコーヒーの入ったカップ、左手には本屋さんの袋がある。どうやら、キリュウインさんも休日を買い物で謳歌しているようだ。


 こんな状況でも外出してるなんて意外だな。



「…」



 キリュウインさんはミスズに気づくと、ハッとして、どこか悲しそうな顔を浮かべる。

 うちの妹が何か悪いことをしたのか?




「…誰?」



 すると、急にミスズが不機嫌そうな声で僕へ尋ねてくる。そして、ギロリとキリュウインさんを睨むように視線を向ける。




「クラスメイトのキリュウインさんだよ、ほら、ちゃんと挨拶して!」

「…」



 ミスズはキリュウインさんを睨むようにジッと見つめる。



「おーい?」

「…」



 人あたりが良く、愛嬌のあるこいつが、こんな感じの悪い態度を見せるなんて驚きなんだけど…




「ミスズ?」



 僕が首を傾げていると、キリュウインさんが先に挨拶を始める。



「…あ、あの!キリュウイン ミカです!」

「ふーん…」


「ミスズ!お前!ふーんって!」



 僕はミスズの不機嫌さが理解できず、どうしたものかと思っていると…





「ごめーん!お待たせ!」




 別の買い物を済ませてきた母が喫茶店へと戻ってきたようだ。




「おや?」



 すぐに、母はキリュウインさんの存在に気付く。





「あれあれ…もしかしてー!」

「え、あ、えっと!」


 母はキリュウインさんに気付くと何だかムカつく笑みを浮かべていた。

 しかし、肝心のキリュウインさんは、更に悲しそうな顔をしつつ驚いていた。



 これは…

 何か誤解しているな…?



「キリュウインさん、えっと、母と妹です」

「え!?」



 僕が代わりに母と妹を紹介すると、キリュウインは目を見開いて驚いていた。

 その驚きようは、先ほどの店員さんにも負けないほどだ。




「はい!ユウタの母です!いつもお世話になってまーす!」


 母はどこかニヤニヤした顔でキリュウインさんへ自己紹介すると、同じようにニヤニヤした顔を僕へ向けてくる。



「…アンタはアンタで何か変な勘違いしてるよね?」

「こら!ユウタ!お母さんに向かってアンタとは何!?」

「…はぁ」



 僕がドッと疲れを感じていると、キリュウインさんはキョロキョロと僕と母を交互に見ている。


 そのキリュウインさんの表情は、どこか疑うような感情が窺える。



 いやいや、そんなに親子だと信じられないかな…


 キリュウインさんにそれをやられると、結構、ダメージが…





「…スズキ ミスズです」



 ミスズが渋々と名前をキリュウインさんへ伝える。自己紹介を各々が終えたところで…




「キリュウインさん!!もしかして…ユウタの彼女!?」

「っ!?」



 最初にキリュウインさんへぶっ込んできたのは母だ。

 ま、予想していた勘違いだけどね。



 キリュウインさんへ母が尋ねると、彼女は顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。



 いや、待て、その反応は誤解を深めるよ、キリュウインさん…


 僕が冷静に母の勘違いを訂正しようとすると…



「ちょっと!!!」

「ぐえ!」



 ミスズが僕の胸ぐらを掴んで前後に揺さぶる。



 やばい、これ、マジで息が…




「どういうことか説明しなさい!!お兄ちゃん!」

「ぐえぐえ!!!」




 待て待て!

 僕、魔王だよ!?


 何で、ミスズに…ぐえ!




「ミスズ!!ちょっと!やめなさい!」

「むー!!!」



 母に止められて、ミスズはやっと僕の胸ぐらを離す。



「ほら!ユウタとミスズは、これでお母さんとキリュウインさんの分を買ってきて、あ!私はオレンジジュースね!」



 母はそう言って僕へ1,000円を渡してくる。



「あ、わ、私はありますから!」



 キリュウインさんは慌てて母へコーヒーの入ったカップを見せる。



「え…んー!じゃぁ、ミスズがセンスで選んできて!」




 母がミスズへそう指示を出すと、意外なことに、ミスズが素直に従う。




「…しょうがないな」




 どこか照れた様子でミスズは僕の手を引いていく。



「え?あ!おい!?」


「お母さんはキリュウインちゃんとお話があるからー!!」

「へ?」



 僕は、キリュウインさんと母を残して、ミスズに連れられて喫茶店のカウンターへと向かうことになる。



 そして、僕とミスズは列に並びながらメニューを見ていると、ミスズの機嫌がかなり良くなっていることに気付く。




「…るんるん!」

「お前、今日、情緒が不安定だぞ」


「え?」


 ミスズは「何のこと?」と言わんばかりに首を傾げる。




「はぁ…」



 自覚のない妹の反応に、僕はため息を吐きながら、メニューから目を離して、母とキリュウインさんを見る。



「何か話してるね」

「ま、世間話だろう」


「それより!これ!美味しそうじゃない!?」



 ミスズが指したのは、クリームたっぷりのお菓子だ。甘いものが好きな女子でも、ちょっとどうだろうと思うような品である。



 そういえば、キリュウインさん、コーヒーはブラックだったな。




「んー!甘いものどうだろ?意外とダメかも」


「お兄ちゃん、キリュウインさんの好みは知らないの?」

「知らないよ、ただのクラスメイトだもん」


「そっか!!!」


「何で声が裏返ってんだよ」

「えへへ」


「今日のお前、変だぞ?」

「そうかな?」






ーーーーーーーーーーーー





「…ユウタを狙っているの?それとも、ヨウゲン?」

「っ!?」



「キリュウイン…本家の血筋よね?」

「…私は…もう…違います」


「もう?あなた達は宿命から逃れられないでしょ」

「違います!」


「…もし、ヨウゲンとユウタに手を出すなら、私は容赦しないわ」

「…っ!」




「お待たせー!」

「あれ?何かあった?」



 僕は険しい顔をしているキリュウインさんが気になって声をかけると、彼女は誤魔化すように笑顔を僕へ向ける。母に何か言われたのかな?








 そんな時だ。

 喫茶店に黒いミニバンが突っ込んでくる。




 ガラスの破片が飛び散り、机や椅子、そして、人を盛大に吹き飛ばし、店内まで走ってくる車



「ママ!?」

「母さん!?」



「「きゃあぁぁああああああ!!!!」」

「おい!!もう1台来るぞ!!」



「逃げろ!!逃げっ!!」




「ぎゃーああっぁあっぁあああっ!!!」




「お母さん!!!」

「ミスズ!?無事か!?」


「母さんが!!」

「え!?」



 母が車に轢かれて、頭から血を流して倒れている。

 意識はない様子であり、腕が変な方向へと曲がっている。


 これは…ヤバいかもしれない…

 すぐに治療を!




 僕が倒れている母の容体をみようとすると、背中からミスズの声が聞こえた。






「お兄ちゃん!!」

「え!?」


「助けっ!!!」



 振り向いた先には、ミスズの背後に黒いミニバンが停まっていた。後部座席のスライドドアが一気に開くと、黒尽くめの男性が腕を伸ばしてミスズの肩を掴んで引き寄せる。


 そして、ミスズを強引に車内へと引き摺り込んで、僕の妹を攫攫っていく。



「…」


 僕は慌てて飛び出そうとするが、まずは母だ。

 このままでは命に関わる。


 目撃者がいると面倒だから、周囲にいる人間は殺しておこう。でも、キリュウインさんを巻き込みたくはないな…






「…キリュウインさんも攫われた?」



 地面に倒れている人や、逃げ惑う人の中に、キリュウインさんの姿はないようだ。どうやら、あの2台の車は、ミスズとキリュウインさんを拉致して行ったみたいだ。



「それならいっか」



 僕は両腕を前に突き出すと、手から魔力弾をマシンガンのように放ち、周囲にいる人間を一掃していく。


 すぐに、喫茶店にいる人間の皆殺しを終えると



「ベクター、母の治療を頼む」

『はっ!』



 ベクターへ指示を出す。

 すると、地面からスルスルとツタが伸びていき、母をクルクルと包み込む。


 死んでいなけれれば蘇生は可能だ。



「鴉天狗、あの車の追跡を頼む」

『御意!』




 僕の指示に配下達は迅速に行動を開始する。





「さーて、これが最終決戦になるかな…手応えはあるといいけど」



 ミスズとキリュウインさんを誘拐したのは参加者の誰かだろう。

 もしかすると、参加者同士が結託しているかもしれない…


 


 間違って2人以上の参加者を殺さないようにしないと。

 怖いのは、僕の怒りをぶつけ終わる前に、参加者を2人以上殺してしまってゲーム終了になることだ。

 

 ケントを直に殺せないのと、虐殺が楽しめなくなる。




ーーーーーーーーーーーーーー




 鴉天狗と共に、ミスズを乗せているであろう黒いミニバンを空から追いかける。


 下手に危害を加えてしまうと、乗っているミスズに危害が及ぶ可能性がある。

 そのため、車を停車させるタイミングを空から見計らっていた。




『ユウタ様、どうやら地下へ入るようです』

「…そのようだな」



 黒いミニバンは商業施設のある地下駐車場へと入っていく。

 つまり、車を停車させるつもりのようだ。



 こんな人の多い場所で降りるつもりか?



 僕は不思議に感じつつも、ならばと、僕と鴉天狗はそのまま空から地上へと降りようとすると…




『車が出て来ました』

「…む?」



 地下駐車場からゾロゾロと同じ車種の黒いミニバンが出てくる。

 そのどれもが、同じナンバープレートをしており、区別ができない。



 黒いミニバンは地下駐車場から出ると、それぞれがまったくバラバラの方向へと走っていく。


 その数は、数十台を超えるだろう。




『ユウタ様!!』

「鴉天狗!配下をすべて回せ!!」



 車を追いかけるなら数がいる。

 あの台数はかなりまずい。



『御意!!』


「ベクター!!母の容体は!?」

『回復しております!』


「では、ベクター!貴様も全ての配下を回せ!!」

『心得ました!!!』



 僕はベクターと鴉天狗へ指示を出す。

 僕にはまだまだ自然動物達の配下がおり、彼らを2人が統率してくれていた。


 猫や犬、虫などを使って黒いミニバンの位置を捕捉し続ける。

 後は、1台1台、手当たり次第にミスズが乗っていないか確認するしかないだろう。




『ユウタ様!恐れながら!ナイア様にもお力添えを頼んだほうがよろしいかと!』

「奴は夜にならないと行動できん」

『な…なんと…』



 驚く鴉天狗へ僕は説明するため、古谷市を丸ごと覆い尽くす赤い膜を指差す。



「この膜…これは部外者を中へ入れないためのものでもあるそうだ。ナイアは今朝方、あの膜の外へ弾き出されてしまった」

『何と!?』


「夜になって力が増さなければ、ナイアであっても突破できないほど強固…ナイア抜きで事態を収拾するぞ」

『はっ!』





ーーーーーーーーーーーー




 ユウタはバラバラになった黒いミニバンを構成する部品を空から眺めている。


 車のタイヤやドアなどと一緒に、柄の悪い男性達を構成する人体の部品が血と共に飛び散っていた。


 そんな血の海に浮かぶように倒れているのは1人の黒髪の少女だ。

 黒髪のロングヘアであること以外に、ミスズとの共通点のない少女である。



「…これで6台目か」



 ユウタはそんな光景を眺めながら少し疲れた様子で呟く。

 彼が6台目のミニバンを襲撃した頃には、時刻が16時を回っていた。



『投票時間まで、まだ猶予はあります』

「…諦めてなどおらん」

『失礼しました!!』



 僕の隣で頭を下げる鴉天狗

 彼が言葉にした通り、投票時間までの猶予は約3時間だ。


 妹を攫い、僕がそれを追いかける。

 その構図を作り出すことによって、時間を稼ぎ、投票時間まで生き延びるつもりだろう。



 その作戦は成功だ。

 捕捉している黒いミニバンの台数は残り7台

 投票時間まで残り3時間


 ここまで経過した時間も3時間だ。

 ペースアップさせなければ間に合わないのだが、相手は走り続けている車だ。

 強引に停車させれば、もし、中にミスズがいれば取り返しのつかないことになる。




「見事だな」


 僕は感心したように呟く。

 まさか、魔王である僕を、ここまで作戦で追い詰めるとは思わなかった。

 正直、勇者であるサキや、異世界人であるジークよりも、この件を企てた参加者の方が厄介だと感じる。



『他の参加者を先に殺すというのはどうでしょうか?』

「居場所がわかるのか?」

『…申し訳ありません』


「おそらく、奴らは結託している」



 昨日まではケントの行方は捉えられていた。

 精霊を操っていたリンの気配も逆探知して特定できていた。


 後は、ケントを時間いっぱい痛ぶってから、リンを殺せば終わりだと思っていたのだ。



 しかし、今になって、当然、ケントとリンの気配が消えてしまった。

 元から気配が探れなかったコウタの入れ知恵があったと考えるのが妥当だろうか。


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