第31話 出掛ける理由


 


 いつもの早朝、明るい日差しがリビングに差し込んでおり、テーブルの上には母が作ってくれた朝食が並んでいた。


 そんないつもの光景だが、漂う空気は緊迫している。




「こちらは古谷市駅前です!ご覧の惨状であり…生存者はほとんどいません!!」


「銃の乱射事件です!!昨晩!大勢の人々の命が奪われました!!」



 テレビキャスターが凄惨な現場の跡地を放送していた。死体は片付けられており、血は嵐が流しているため、スプラッタはないようだ。


 しかし、画面の片隅で警察官などの関係者がしゃがみ込んで顔色を悪くしている姿が散見される。

 

 どうやら、僕達の作品を気に入ってくれたようだ。

 古谷市の駅前は、僕とナイアの美術館のようになっているだろう。


 このテレビのニュースは全国区で放映されており、この局以外でも取り沙汰されている。世間的にはテロ活動と見做されており、朝から騒がしい様子だ。




「お兄ちゃん?何で笑ってるの?」

「え?笑ってる?」



 妹が怪訝な顔で僕を見つめる。


 それはそうか。

 一般的には、笑えるようなニュースではないからな。



 さて、いよいよだな。

 もう勇者はいない。


 僕を止められる奴はいないから、今日の夜までに参加者を殺し尽くせば勝ちだ。


 幸い、今日は祝日、学校も休みだから殺戮を思う存分に楽しめる。



「ね、お兄ちゃん!」

「ん?」



 僕がニュースをぼーっと見せていると、どこか緊張した様子でミスズが尋ねてくる。



「約束、忘れちゃった?」


 どこか不満そうで不安そうに問いかけてくるミスズ



 約束…?




 あ!




「壊れた…携帯の修理?」

「そう!一緒に行くって約束でしょ!!」



 ミスズは満面の笑みで僕へ画面の割れたスマホを見せつけてくる。


 画面にヒビが入っただけで、液晶は問題なく映るし、操作もできる。

 とは言え、そのままにしては置けないから、週末に一緒に修理へ行く約束をしていた。


 携帯電話の修理ぐらい母と行けば良いのにと思うのだが、携帯電話を修理へ出すと、中のデータが全て消されてしまうそうだ。


 そこで、そこそこ詳しい僕の出番となった。

 要するに、データが消えないように、バックアップを手伝ってほしいというわけだ。




「…友達と行けば良いんじゃないか?」



 僕は用事ができた。

 割と緊急を要するというか、命懸けというか。


 古谷市に隠れている参加者共を見つけなければならないから、割と時間はシビアかもしれない。



「…ぶー!」



 僕がミスズへ友達と行くように提案すると、割と本気で悲しそうな顔をするミスズ


 なぜだろう。

 僕がいないとダメな理由が思い浮かばない…


 ミスズの友達のアイちゃんなんかは、僕よりもよっぽど詳しいと思うけれど…





 そんな風に僕とミスズがやりとりをしていると、母が口を挟んでくる。





「ユウタ!!ミスズ!!今日は外出禁止よ!」



「えぇぇええ!!」


「外出禁止!?どうして!?」

「こんなテロがあったばかりで、子供を外へなんか行かせられないわよ!

「ぐ!」



 母は割と真顔でミスズへ言い放つ。

 かなり本気で言っているようだ。



 確かに、僕がやったことだけれど、世間的には凄惨なテロという扱いになっている。


 まだテロの実行犯が捕まっていない以上、子供を外へ出すなんてことは、易々とできないのが親心であろうか。


 その想いや理屈には、当たり前だからこその説得力がある。

 ミスズも文字通りぐうの音も出ないようだ。




 母よ。

 ナイス!



 ん?待てよ…




「母さん!もしかして…」

「もちろん!ユウタも外出禁止よ!」



 これはまずい…

 一瞬だけならどうにでもなるが、参加者を殺すためとなれば、一瞬では済まない時間の外出を余儀なくされる。



 無理矢理にでも出掛けることはできるが、後の説明が面倒だ。テロがあったばかりの状況下で、そこまで緊急を要するほどのイベントなんて考えもつかないぞ…




 そんな時だ。





「おはよう」



 リビングへ父がやってくる。

 黒いスーツ姿でカバンを持っているため、これから仕事へ向かうようだ。



「おはよう」

「おはよー」


 僕達は平然と挨拶を返すが、ミスズは驚いて席を立つ。



「パパはお仕事なの!?」


「や、テロがあっても休みにはならないよ」

「えぇ…大丈夫なの?」

 


 ミスズは父を心配そうに見つめている。

 そんな妹の反応が嬉しいのか、父は満面の笑みで頷く。



「大丈夫!逃げ足だけは早いから!」



 父親はそうガッツポーズで語るが、ミスズは本気で心配しているのか、不安そうな顔を続けていた。



「全然、安心できないよ!」


「大丈夫よ。これでもパパ、世界で一番強いから」



 母はさも当たり前の様子でそう言い放つ。テロが発生したばかりで仕事へ向かう父をまるで心配していない様子だ。あまつさえ、世界で一番強いとまで言い出していた。



 そのまま笑顔で母は父へコーヒーを汲んでくる。



「はい、ブラック」

「砂糖は?」

「太るからダメ」


 母に砂糖を入れることを拒まれると消沈する父



「ちーん」

「もう可愛い」



 肩をガックリと落とす父の姿を愛らしいと思ったのか、母はギュッと抱きしめていた。




「もう!朝からイチャイチャしないで!ママは心配じゃないの!?」



 ミスズは母が父をまるで心配していないことに違和感を覚えているようだ。




「うん」



 しかし、母は、ミスズから向けられる疑念に、真正面から笑顔で頷く。本気で心配していないと。




「嘘でしょー!もーう!お兄ちゃんもパパを止めてよ!」



「お父さんに仕事へ行ってもらわないと、僕達も困るしね」



 僕が淡々とそう言うと、妹は頬を膨らませていた。

 どうやら僕の答えが気に入らないようだ。



「ユウタ…何だか父さん、複雑だぞ!」


 言葉通り複雑な表情を浮かべる父

 そんな父の背中を母がパチンと叩く。



「さ、ほーら!ユウタの言う通り!今日も頑張ってきなさい!」

「よし!やるぞー!」



 父は母に背中を押されるようにして仕事へ向かう。

 リビングから父が出て行き、すぐに玄関が開く音が聞こえると、少しして車のエンジン音が響いてくる。



 車が走る音が遠ざかっていくと、母がリビングへ戻ってくる。




「2人は、しばらくの間、家でおとなしくしていなさい」

「やだ!」



 ミスズが抵抗を示す。

 僕も、外出禁止はかなり堪える。


 何とか、突破口はないものか…



「携帯電話の修理行かないとダメだから、それぐらいはいいでしょ!?」

「ダメよ!まだ操作できるじゃない」


「操作できても!これじゃ!すごく使い難いよ!!」



 スマホの画面が割れており、一部だけタッチパネルが効かないようだ。縦横で画面向きが入れ替わるのを巧みに利用して、ミスズは何とかスマホを操作している。


 たしかに、これなら、すぐに修理したくなる気持ちも分かる。



「ダーメ!言ったでしょ!?外は危ないの!」

「むー!」




 ミスズへ加勢が必要だ。

 携帯電話の修理がすぐに必要なことを理解してもらおう。


 それなら、少なくとも、外へ出ることはできる。




「あれ!?このスマホ…もうすぐダメになるかも」


 僕がミスズのスマホを見つめながら言うと。母とミスズの視線が僕に集まる。



「ダメになる?」

「そうなの?」



 母とミスズは機械音痴だ。

 このまま押し切れるか…?



「うん…液晶画面のセンサーが切れかけてる…すぐに画面が映らなくなっちゃうよ!」

「えー!そんなのやだー(棒)」


 ミスズは僕の意図を察したのか合わせてくるのだが、かなり棒読みだ。



「そ、それでも!スマホがなくても死ぬわけじゃないわ!」



 母親は、ミスズの棒読みの演技に騙されているのか、ミスズが残念そうにしているのを少し後ろめたく考えているようだ。




「お母さん、今どきの中学生って大変だよ」

「何よ?ユウタ」

「返事がないとか、話題についていけないとか、そんな些細なことが虐めの発端だったりするんだよ」


「お、大袈裟よ」


「…でもさ、ケータイがこんなんんじゃ…仲間との話題についていけなくて、ミスズが仲間外れにされちゃうかも…」

「仲間外れ…」



 ミスズがガチで目を潤わせ始める。


 僕と違って、ミスズはカースト最上位だ。

 それも、計算ではなく天然の女王だから、携帯電話が使えないぐらいでミスズが誰かに仲間外れにされることはないだろう。



「…分かったわ!」


 母はグッと拳を握りしめながら言う。



「私も一緒に行くわ」



 母が同行を申し出る。

 つまり、外出自体はオッケーということだ。


 ミスズはここで了承するだろうし、僕も断る理由が思いつかない。



 うーん…状況は良くなったと言えるか?

 外出はできるが…行動の自由はなさそうだ。


 ミスズと一緒ならある程度はコントロールできるけど、母が一緒だと厳しいかも。


 ベクターか鴉天狗に何か仕掛けて貰って、うまくはぐれるしかないな。




「ダメ!!!」

「ん?」



 ミスズが勢いよく母の同行を断る。

 携帯電話が修理できるのだから、母がいても不都合はないだろう?



「どうして?」


 母がかなり怪訝な顔でミスズを見つめている。きっと、それは僕も同じだろう。まさか、ここでミスズが食い下がるとは思わなかった。





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