第29話 残虐



 サキが握りしめる鉄パイプ

 その辺に転がっていた手頃なものを武器にしたのだろうが、勇者である彼女が手にするだけで、相応の業物にはなろう。


 ジークはジークで、戦闘補正を持たない聖女なのだが、素の戦闘力が高いのか、僕とサキの戦いについてこれはするようだ。

 こいつが勇者だったらと思うとゾッとする。



 さて、そもそも、勇者と魔王であれば、素の戦闘力に大差がなければ、勇者の圧勝だろう。


 それは僕の失った右腕が証明してくれている。

 真正面からサキに挑んだのでは勝ち目はない。



「…あははは!!」



 僕は笑ってみせた。

 これは演技ではないのだが、ま、有効には働いているようだ。


 サキとジークはジリジリと僕との距離を詰めてきており、2人の警戒心を刺激することはできているようだ。



 まだ人は大勢いるな…

 そして、駅前ということもあり、雑多な建物が多い。

 隠れながら戦うのが好ましいか。



「動くぞ…」


 僕のそんな思考が読まれたかのように、ジークがポツリと呟く。

 僕の表情などから読み取ったのだろう。


 彼の言葉通り、僕は地面を蹴り上げて、駅の方へと飛び退く。

 そこには人集りができており、逃げ惑う人々や野次馬でごった返しているようだ。



「いかせない!!」



 魔王よりも勇者の方が速度は上のようだ。

 そこそこ離れていた距離が一気に縮まると、僕が人集りに到着する前に、サキは僕の目の前へ先回りしていた。


 空中で睨み合う僕とサキ

 サキはどこか躊躇しながらも、その手にある鉄パイプに白い輝きを灯すと、僕の首筋へ向かって横に振り払う。



「…じゃじゃーん!!」

「っ!?」



 そんなサキの鉄パイプが寸前のところで停止する。

 僕が左手に持っているのは、まだ小さな赤子であった。


 飛び退くと同時に、地面に転がっていた母親の死体から引き上げたものだ。泣かれると殺したくなるから魔法で眠らせてある。


 サキ相手には最強の“盾”として機能するだろう。




「なんてひどいことを!?」


 悲痛な顔で僕を非難するサキ

 そんな彼女の意識が完全に赤子へ向いているのか…



「…っ!!」



 僕は渾身の力を込めてサキの腹部を蹴り上げる。

 彼女はそのまま吹き飛ばされて、牛丼屋さんのガラスを粉砕して、店内へと突っ込んでいく。


 店内にいた店員や客のものかもしれないが、血飛沫が割れ残ったガラスに付着しており、確かに手応えはあった…




「サキ!!!」



 慌ててジークがサキの突っ込んで行った牛丼屋へと駆け込んでいく。



「さて、お前だけなら簡単だ」



 僕はジークの前に回り込む。

 そして、左手が“盾”で埋まっているため、目からビームを出すことにした。



「がぁ…っ!!」


 真っ赤な光線がマシンガンのように僕の目から乱射される。


 威力は調整してある。

 簡単に殺すわけないだろう。



「ぐぅ!!これ…しき!!」


 ジークは両腕を前で組むと、腰を下ろして前進してくる。その前進の果てに意味なんてないのだが、面白いからそのままにしよう。



「がぁぁぁああああ!!」


 目から発射している光線の連射速度と威力を向上させた。すると、すぐにジークは尻餅をつく。



「うわー…痛そう…」


 全身の皮が爛れ落ち、真っ赤な肉が顔を覗かせている。銀色の髪は焼け焦げて残っているのは数本だけだ。


 とても痛々しい姿になっている。

 ジークが苦痛を味わっているのは爽快だが、視覚効果的に、これはあまり面白くないな。




「ん?」



 そんなジークだが、不意に全身の傷がパッと治る。

 治癒すると同時に、右手に光の剣を宿らせて、僕の喉元へと突き出してくる。


 魔王である僕の反射神経ならば、そんな不意打ちを避けるなど造作もない。



 しかし…




「…サキ、生きていたようだな」

「ユウタさん!その子を離しなさい!!」



 僕が背後を振り返ると、そこには制服がボロボロになっているサキの姿があった。


 息が切れているのか肩が上下している。

 しかし、それ以外に、目立ったダメージはなさそうだ。



「サキ!俺のことなど後で構わん!」

「…なるほど、こいつの治療はお前か」


 ジークが治してもらったのにも関わらず、サキへ怒号をあげる。自分を治癒するために魔力を消費したのが納得できない様子だ。


 なるほど、これは使える。

 治癒魔法は大きな魔力を消費するのだったな…



 今思えば、あの時、学校でケントが僕を蹴り倒せたのも、花壇の花々を蘇生するために、僕が大量の魔力を消費していたからだろう。




 僕は背後のジークを勢いよく蹴り飛ばすと、彼は先程のサキと同様に、駅前にある銀行へと突っ込んでいく。




「ジークさん!!」



 吹き飛ばされたジークへ意識が向くサキ

 そんな彼女の前で、僕は頭を揺らしながらうめき声を轟かせる。




「うぅううう!!」


「っ!?」



 驚いたサキは、再び僕へ意識を向ける。



「…サキ」



 そんな彼女へ僕は悲しく辛そうな顔をしてみた。



「僕を…止めて…ください」


「ユウタ…さん?」


「今のうちに…この子を…」


 僕はそう言って左手を突き出す。

 そこには眠っている赤子がいた。


 すると、サキから剣呑な雰囲気が薄まっていくのを感じる。彼女はどこか迷いはあるものの、僕が一時的に正気へ戻ったと誤解を始めているような印象だ。



「…信じてほしいとは…言えません…でも…この子を…僕から…」



「…わかりました!」


 サキはコクリと頷くと、スタスタとこちらへ歩いてくる。手にした鉄パイプは白い輝きを保っており、完全に僕を信じてはいないようだ。当たり前だが。



「…」

「…ユウタさん」


 僕が素直に左手の赤子をサキへ手渡す。

 すると、彼女は僕を同情するように見つめてくる。


 そんな彼女へ僕は叫ぶ。


「今です!!僕を止めてください!!魔王に…意識が…奪われる前に…早く!」

「でも!!」



 僕がそう言うと、サキの顔には明らかな躊躇があった。やはり、ケントに騙されるぐらいだ。チョロい。



「あぁぁぁあぁああああ!!」


 僕は頭を揺らしながら後退りする。

 そんな僕を心配そうに見つめるサキだが、攻撃を加えてこようとはしない。


 どうやら、本当に、僕が魔王に乗っ取られていると思っているようだ。



「…ユウタさん!!」



 サキは赤子を抱えたまま、僕へ歩み寄ることはしないでいた。


 よし、このまま…



 僕は頭を揺らしながら、苦しむ演技を続けて、サキから少し距離をとると



「ボーン!!」

「へ?」



 僕の目の前で爆発が起こる。

 燃え盛る炎は渦のようになり、天へと伸びていく。


 その爆現地はあの赤子である。

 ただ返すのではつまらない。文字通り爆弾を仕込んでおいた。




「なにこれ?!」


 炎の渦からサキが無傷で出てくる。

 あんな炎で勇者を殺せるはずない。


 狙いはそこじゃない。




「…まだ助けられる!!」


 サキは魔力を吸い取られてミイラのようになっている赤子を地面へ寝かすと、その小さな体へ両手をかざし始めた。


 緑の光がサキの手から放たれると、見る見るうちに赤子が回復していく。




「良かった…」

「おぎゃあぁぁああああっ!!」



 サキは泣き始めた赤子を見てホッと胸を撫で下ろしていた。

 僕が仕込んだ爆弾は、あの赤子の生命力を糧に発動する様に魔術を仕込んでいた。


 それが爆発して、あの赤子は生命力を消費し、瀕死の状態になっていた。


 その瀕死の赤子を蘇生するまで魔力を消費したのだ…




「…」

「え?…きゃああああああああ!!」



 僕はサキの耳を引きちぎってみる。

 僕の左手の指先には、彼女の小さな耳が握られている。



「…い、いたぃ!いたぃ!!」


 血が噴き出す耳に右手を当てるサキ

 魔力がまだ残っているのか、すぐに自身の傷を治していた。




「なるほど」

「…っ!?」



 サキはすぐに鉄パイプを振るうのだが、その鉄パイプに纏う白い光は薄く弱くなっており、指で受け止めることも容易い。




「どうして!?」


 サキは怪訝な顔をする。

 魔王と勇者とでは、勇者である自分の方が優位だと、それを馬鹿みたいに思い込んでいるようだ。



「…魔力の使いすぎだ」

「魔力を?」


「ああ、ジークや赤子なんか無視すれば…あーいや、あの牛丼屋の連中もか…本当に馬鹿なことをしたな」



「馬鹿なこと!?傷ついた人を助けるの馬鹿なことじゃないよ!」

「あんな連中を放っておけば、俺が死んで、お前が死ぬことはなかっただろ」


「へ?」



 僕はサキの頭部を右手で鷲掴みにし、肩へ左手を置く。

 もはや、僕の一連の動きを目で追えないぐらい、魔力を消耗しているようだ。



「っ!?」



 サキが気づいた時には、すでに彼女の頭を胴体から引きちぎっていた。



「ぎゃぁあぁぁぁぁぁあああ…」



 切り離したサキの頭部から響く断末魔はすぐに止まる。



 彼女の首から噴き出す血を止めると、僕は空へ浮かべて彼女の首を持ち運ぶことにした。



「ケントとの約束だからな。こいつの首を引きちぎって持っていくってのは」



 できれば、犯してから、ケントのところへ持って行った方が楽しいだろう。だが、人間を抱く趣味はない。僕の配下にゴブリンみたいのがいれば良かったな。




「サキ!!」

「ん?」



 僕がその場から立ち去ろうとすると、目の前には血だらけのジークが立ちはだかる。



「まだ生きてるんだ…すごいね」


 僕はそんなことを口にしつつも、まるで彼に関心が湧かない。もはや、ただの雑魚だ。


 こいつには全く関心がないから、腕を再生することにしよう。



 地中から伸びてきたツタを手にすると、ベクターが運んできた魔力を糧に、自分の右手を再生する。




 もう勇者はいない。

 これで思う存分、殺戮を楽しめそうだ。




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