第28話 魔王になった僕



 サキは、ジークと自分のスマホを見つめている。

 そこには「コウタ」という名前の人物から連絡が来ていた。



「…サキ、それはダメだ」



 ジークは、コウタから来ていた連絡の内容に対して、無表情ながらも強い拒否反応を示す。

 それはサキも同じ様子だ。

 彼女も険しい顔で、ジークの言葉に頷いていた。



「はい!ユウタさんのご家族は無実です…巻き込むのはダメです」

「ああ」



 サキとジークは頷き合うと、コウタからの提案を退ける連絡を返す。

 コウタの提案は、ユウタの家族を拉致して当人を炙り出すというものであった。


 サキが連絡を送ると、すぐに、彼女のスマホへ着信が入る。



「コウタさんからです」

「…出てくれ」

「はい」


 サキはどこか緊張した様子で応答ボタンをタップする。

 そして、すぐにスピーカーへと切り替える。



『コウタだ。サキ、いや、ジークもいるのか。なぜ拒む?』


 サキのスマホから周囲に聞こえる大きさで渋い男性の声が響く。

 ドスが効いており、どこかカタギではなさそうな印象だ。



「無関係の人を巻き込むことはできん」

「はい!」


『…では、どうやって時間内に奴を探す?』

「とにかく探し回ります!」


『そんな根性論でどうにかなる相手ではないだろう。俺も聞いたぞ、7号での大事故の話…これ以上、被害を拡大させないためにも、俺達が生き残るためにも、使える手段は使うべきだ』

「だが…奴の家族とはいえ、無関係だ。巻き込むわけにはいかん」


『この国にはな、未成年者の犯罪は親にも責任を取らせるんだ。無実ではなかろう』

「屁理屈です!ユウタさんの家族だからって巻き込んでいいなんて!そんなの私刑と変わりませんよ!?」


『ほう…言うではないか…では、サキ、お前の作戦を聞こうか』

「作戦…」



 サキは自分のスマホから聞こえてくる声に固唾を飲む。

 感情論でダメだと否定したため、代案などあるはずもなく…



「コウタよ。作戦はない」

『話にならん』


「…っ」

『こちらで勝手にやらせてもらおう』


「待て!」

『なんだ?』


「コウタ…奴は手傷を負っている」

『手傷だと?』

「そうだ…サキに右腕を斬り飛ばされている」


『ほう…手傷と言うには大きすぎる怪我のようだな。なるほど…そのままでは出血死するな…しかし、相手は魔王だ。治癒魔法の一つも使えるのではないか?』

「あの大怪我を治す治癒魔法を放てば、必ずサキが気付く…しかし、今だにその気配はない」


『なるほど…つまり、魔法を使わずに治療を試みている…と』

「そうだ…お前なら各病院に、腕を失った急患がいないか調べられるのではないか?」


『いい案だ。良いだろう…調べてみよう』

「頼む」



 スマホの画面が待ち受けに戻ると、サキはすぐにポケットへ仕舞い込む。

 スマホのストラップをズボンに括り付けると、サキはジークへ視線を向ける。



「…あと1時間です」

「ああ…とにかく、可能な限り探し回ろう」


「はい!」




ーーーーーーーーーーーーーーーー





『ユウタ様…申し遅れました…私はベクターと申します』

「ベクター?」


『はい…薔薇の君と呼ばれております。以後、お見知り置きを』

「なぜ…お前が僕を助ける」


『はい。我が主、シュラントラスンス様よりの御命令にございます』

「そうか…お前はシュラ何とかの部下か」

『はい…』




 僕の視界が開けてくると、そこはビルの一室だ。

 灰色の金属製の机がズラリと並んでおり、パソコンなどの機械が乗せられている。


 僕が降り立った場所から少し離れたところに、人の大きさはあろう薔薇の花がある。

 その薔薇の花は、僕の視線に気付くと、まるで平伏するように花びらを下へ向ける。




「…ここは?」

『はい、我が配下の住まう土地です。人避けは済んでおります…どうか、まずは治療を』


 僕は血が止まらない右肩へ目を向ける。

 この傷を治すことは容易いが、かなりの魔力を消費する。

 つまり、サキに位置が知られる可能性があった。




『我が各地より集めた魔力をお使いください!!』



「…できん」

『ユウタ様!いかに貴方さまとはいえ、その怪我を放置されては命に関わります!』



「勇者に追われている」


『私が時間を稼ぎます!この命にかえても必ずや!!!』



「お前を巻き込みたくない」

『な、なんと…ご慈悲のあるお言葉…私如きに過ぎたお言葉にございます!』


「僕は、人間以外には慈悲深い。どうか、僕を悲しませないでくれ」

『ぐっ…このベクター…ユウタ様にお供できる器でない至らなさに嘆いております」




 僕は部屋の中を探る。

 すると、すぐに救急セットが見つかった。


 傷口を炎で焼き、出血を止め、すぐに包帯を巻く。

 荒療治だが、落ち着いたら魔法で綺麗に元通りにできる。


 血を失い過ぎる方がまずい。



 机の中に入っているお菓子などを食べあさり、とにかく、今は体力を戻すことにした。



 そんな時だ。




『ユウタ様、失礼いたします!』



 別の方向から声が聞こえると、窓にはカラスが止まっていた。



『貴様!!ユウタ様の御前にいきなり立つとは!!!何たることか!?』

『ベクター様!申し訳ございません!我が罪!万死に値すると存じております!しかし!この命を絶って償わせていただく前に、お伝えしたいことがございます!!』



 カラスからは決死の覚悟が伝わってくる。

 ならばと、僕は答える。




「…よい、申してみよ」


『はっ!!精霊達が周囲を探っております。おそらく、ユウタ様に仇なすものかと!!』



「報告…大義であった!貴様の無礼、僕は許す」



『ありがとうございます!この命、尽き果てるまでユウタ様に捧げます!!』



「貴様、名前は?」

『はっ!私は鴉天狗と申します!!』



 窓に止まっているカラスはペコリと僕へ頭を下げる。

 どうやら、僕の人間以外に好かれる体質は、妖怪や魔物といった類にも有効のようだ。


 部下にした覚えはないのだが、僕の危険を察知して、こうして命懸けで知らせに来てくれていた。

 だからこそだ。


 彼らを巻き込むわけにはいかない。




「カラス天狗よ…その精霊の主人の居場所は特定できるか?」

『はっ!すでに我が配下が探っております!!すぐに報告できぬ至らぬさをご容赦ください!』


「うむ!…では、貴様らは逃げろ」


『お供させてください!』

『私も共に戦う覚悟にございます!!』


「ダメだ」



『時間稼ぎは私にもできます!』



「ならん。これは命令だ」



『ぐっ…!』

『しかし…ユウタ様!?』


「鴉天狗よ、お前は精霊の主人の位置が分かり次第、僕に教えろ」

「ベクター、お前は鴉天狗の手伝いだ。精霊の主人は間違いなく参加者だ。情報は金に値すると心得よ」


『心得ましたが…しかし!!』



「二言はないぞ」


 僕はカラスとベクターへそう言い捨てると、窓へ指先を向ける。

 すると、豪快な破裂音を響かせて、窓ガラスが散る。


 その空いた窓から僕は身を乗り出して、高層ビルから飛び降りる。




『ユウタ様!?』

『お待ちください!!ぐっ…私はお供すら許されるのか!!』




ーーーーーーーー





 見つかるのも時間の問題だ。

 ならば、彼らを巻き込まぬように行動するのが最も良いだろう。




 僕はそのまま地面に着地する。

 コンクリートが砕け散り、周囲の車や通行人にその破片が命中していく。


 僕が降り立った場所は、まるで爆弾が投下された場所のように、窪みができていた。




「きゃぁああああ!!!!」

「な、何だ!?爆弾か!?」



 あたりは騒然となっていた。

 古谷市のメインストリートであったこともあり、僕が落下した衝撃で飛び散った破片によって、大勢の人々が倒れていた。



「誰か飛び降りて来てたぞ!!!」

「そんなんで!!こんなにはならねーだろ!!」


「おーい!大丈夫か!?」

「救急車!!!救急車呼んでー!!」

「いでぇええええええ!!!あぁぁあああ!!!俺の!!!足ぃいいい!!!」



 僕はそんな阿鼻叫喚の中を見渡すと、腹の底から込み上げてくるものがある。

 それは…



「あは…あははははははは!!!!」



 笑いだ。

 楽しくて仕方がない。


 人々の悲鳴が、恐怖が、苦痛が…僕を満たしていくのを感じる。




「ダメだ…隠れる?僕が?…いいや!ダメだ!!そんなの王様のすることじゃない!!!」



 僕は両腕の指を周囲へ向ける。そして、指の先から、まるでマシンガンのように魔力の弾を連射する。




 すると、所々で血の花が咲き誇る。




「きゃあはああ…ぶぇえ!!」

「ぶっぱぁ!!!」


「ママ!!マ…ぶぇえっ!!」

「やめでぐれぇえ!!!ぶぇぇえああっ!!」



 僕が指を向けた人々はどんどんと頭が破裂して倒れていく。

 1人1人、僕は丁寧に指を向けて、殺していく。


 父である人も、母である人も、子である人も、老人も、病人も、善人も、悪人も、誰であろうと、丁寧に、僕なりに丁寧に殺していく。


 平等だ。


 公平だ。





「あははははははは!!!!」



 一方的で単調な殺戮も楽しいものだ。





「…こちら!シンザキ!!!駅前交差点で!!銃の乱射事件発生!!!応援を求む!!!応援を…ぶぇえっ!!!」

「銃の乱射だ!!!逃げろ!!逃げろ!!!」


「「わぁぁああああああ!!!!」」


「あいつか!?銃持っている奴!!誰だぶぇぱっ!!」



「あははははは!!!僕はここだー!!かかってこい!!!サキ!!!!」



 僕がそう叫んでいると、その声に呼ばれたようにして、空に銀色の閃光が走る。

 


「来たな…」



 僕はニヤリと笑うと、指を周囲に向けるのをやめた。



「…さて」




 勇者など、返り討ちにしてくれる!!


 僕が逃げるなどという失態を犯してしまった…

 その失態は、勇者を殺すことでしか晴らせない!!


 この屈辱…返してもらうぞ…




「サキぃいいいいいいい!!!!」



 僕は指を空へと向ける。

 超高速で飛んでいく火の弾だが、勇者であるサキとジークが対処できない攻撃ではない。



 2人は片手で僕の火の弾を払い除けながら、僕から少し離れた位置で着地する。




「どうした…時間がないぞ…ビビってんのか?」




 僕は景色の奥にある時計台を見つめる。

 そこには「20:38」と刻まれていた。


 サキを襲撃で排除できるようになるまで20分強…

 だが、時間など待つつもりはない…



 殺してやるぞ! 

 ズタズタに引き裂いて、胴体から引きちぎった首をケントのところへ届けてやるぞ!!




 「どうした?かかってこい」



 どこか警戒した様子の2人へ、手を突き出してクイクイっと挑発する。




「サキ…何か罠があるかもしれん…気をつけろ」

「はい!!」


「…アヤカを処刑せずに…ユウタを処刑すべきであったな」



 ジークは周囲の状況を見ながら後悔を顔に滲ませていた。

 普段は無表情の彼が、そのうちに秘めた感情を面に出すなど、どれだけの後悔の念が彼の内側にはあるのだろうか。


 それは、サキも同感のようだ。

 彼女は目に涙を浮かべて、鉄パイプを両手で持ち、中段で構える。



「…はい、まさか…ここまでするなんて」

「こいつはもはや人間ではない。魔王だ。同情などするな…遠慮なく…殺せ」

「はい!!」



 ジークとサキが決心する。

 その様子を僕は両手を広げて歓迎した。



「さぁ!!殺し合おう!!!あんな話し合いなんかじゃなくてさ!!!拳と拳で殺し合おうよ!!」





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