第1ゲーム 後編 『はじめての虐殺』
第27話 生き延びるのみ
周囲の景色に色と輪郭が戻り始める。
止まっていた世界の針が動き出した。
この感覚は2度目だ。
投票時間と呼ばれる凍てついた時が終わり、手足に血が通い、肉体に感触が蘇り、僕の意識が現実へと戻る。
「…」
僕は車の後部座席にいた。
ここはアヤカさんの車の中だ。
「いない」
僕は後部座席から運転席を覗き込む。
そこには座っていたはずのアヤカさんの姿が消えていた。おそらく、処刑されたことによって、その姿が消えたのだろう。
ま、どうでもいい。
僕の中で、先程まで一緒にいて、名目上とはいえ仲間であったアヤカさんが消えたことによる喪失感は少ない。
別に友達でも何でもない。
いや、むしろ、アヤカは裏切り者だ。
僕を呪うとか何とか言いていたな。
僕は後部座席から運転席へと移動する。
車の鍵は助手席と運転席の間のスペースに置かれており、エンジンはスイッチを押すとかかるようだ。
当然、車の鍵がそこにあるのだから、スイッチを押してエンジンがかからないはずはない。
「…さて」
僕は運転などしたことがないが、レースゲームは散々と言うほどやってきた。感覚は同じはずだ。
僕がアクセルを思い切り踏み込むと、エンジンの回転数が一気に上昇する…
ことはなかった。おそらく、電子制御されているため、急発進を防ぐようになっているのだろう。
とは言え、車が走り出さないはずもなく。
土手の下から道路へ向かって、僕は車を走らせる。
道中の河原では、人々で賑わう箇所があるのだが、ハンドルを切るつもりも、ブレーキを踏むつもりもない。
徐々に速度を増していく僕が運転する車は…
「…お、おい!!車が突っ込んでくるぞ!!」
「キャァーあぁぁ!!!」
土手でバーベキューをしている人々が散っていく。
高速道路を走る車ぐらいの速度まで加速した車を慌てて避けているようだ。
バーベキューセットなどを弾き飛ばして僕の車は進んで行き、生憎と人を轢くことはできなかった。
「危ねぇーだろ!!!コラァ!!!」
後ろから罵声が轟いていた。
この僕に罵声を吐くなど、万死に値するな。
僕が彼らを強く意識すると、そこにいた人々はまるで自然発火したように燃え始めた。
ジタバタと暴れるように踊りながら燃えている。
魔法で殺すのは味気ないと思っていたが…
「あははははははは!!すごい!!踊りが上手だねー!!」
全身が燃え盛り、暴れ回る人々
中には川に飛び込んで鎮火を試みるが、僕の地獄の炎は水なんかじゃ消えない。
地獄の炎で地獄の苦しみを味わっている人々のダンスショーは思ったよりも楽しめた。
そんな光景をバックミラーで眺めながら、僕が運転する車は道路へと出る。
「意外とできるもんだな」
僕は、そのまま向かって右の車線を走行する。
初めて車を運転するのだが、見よう見まねで何とかなるようだ。
左車線の車と同じ方向へ向かって僕は車を走らせていると、対向車が次々とクラクションを鳴らしてくる。
だけど、僕に避ける気持ちはない。僕は正面衝突しても一向に構わない。
それでも、ギリギリのところで対向車が隣の車線へと避けていくため、僕はそのまま逆走を続けていた。
しかし、対向車が隣の車線へ退避できない時はすぐに訪れる。
目の前には黒いミニバンだ。
ライトをチカチカとさせて何か合図をこちらへ送っている。
おそらく、逆走していることを教えてくれているのだろうが、間違っている。
僕がルールであり、僕が正しい。
僕が右車線を走るのなら、君たちは合わせなければならない。
逆走しているのは君たちの方だ。
黒いミニバンが、僕の車と衝突する寸前のところで角度を変えて道路傍の建物へと衝突する。
その衝突した黒いミニバンの後ろに、僕が走る車の先端が衝突すると、僕が乗っている車はグルグルとスピンして、そのまま反対車線を走る車に衝突する。
その衝突した車は歩道へと突っ込み、その車の後ろに、後続車両が衝突すると、玉突きのように最初に歩道へと突っ込んでいた車が勢いよく押されて、歩道の歩行者を巻き込んでいた。
僕は潰れた車内から出ようとする。
ドアはぐちゃぐちゃになっており、開くことはできないようだ。
ならばと、僕は天井を蹴り上げると、車体が少し宙へ浮いた後、車の天井が吹き飛んでいく。
「よっと」
僕が天井の空いた車から地面へ降り立つと、周囲をすぐに見渡した。
複数の車が事故を起こしており、まるで地獄絵図のような光景だ。
2車線の道は完全に塞がれており、事故車両の向こう側には渋滞ができている。
「お、おい!君か!?その車を運転していたのは!?」
黒いスーツのおじさんが、事故車両の1台から出てくる。
まだ高校生である僕を見て、物凄く心配しているような表情をしている。
おでこから血が出ており、乗っていた車は大破していてもなお、事故の原因を作ったであろう僕を心配できる。
ふむ、善人だ。
殺そう。
「…っ?」
黒いスーツの男性の額から血が噴水のように噴き出すと。彼はグルリと白目を剥き、前のめりに倒れていた。
善人を殺すのは気持ちがいい。
その余韻に浸りたかったのだが…
「おい!テメェ!その車から出てきてたよな!?」
「おう!ガキだからって容赦しねーぞ!!」
続いて、黒いミニバンから柄の悪そうなお兄さんたちが出てくる。
中には金属バットを片手にしている人もおり、あからさまな人たちであった。
「…この落とし前!どうするつもりだ!?」
黒いTシャツの男性が僕の胸ぐらを掴んで罵声を轟かせる。
「テメェの親は!?車の中か!?」
「いや、僕1人だよ」
「あん!?テメェがあの車を運転してたのか!?」
「おいおい!超高級車じゃねぇか!」
「ボンボンかよ!!」
「おう…見ろ!俺もよっちも怪我してんだ!慰謝料!たーっぷり請求させてもらうからな!!」
怪我と言えば怪我だが、擦り傷程度だ。
慰謝料なんて請求できるのか?
所謂、難癖というやつだろうか。
「あー!良いね!こういうシチュエーションでやってみたかった!」
僕は満面の笑みを浮かべてそう言うと、僕と話していた男性が、急に拳を僕の顔面に打ち込んでくる。
「笑ってんじゃねぇ!!!…がぁぁあああああ!!」
僕の顔面に拳を当てた彼だったが、まるで硬い地面に拳を打ちつけたかのうように、右手を左手で掴んで、その痛みからピョンピョンと飛び回っていた。
「お、おい!何してんだよ!?」
飛び跳ねている黒いTシャツの男性へ苦笑いを浮かべる白いTシャツの男性
彼は何か面白くなさそうだ。
殺そう。
「キミはつまんないね」
「あん!?…ぶぇ!!」
僕が人差し指を向けると、その男性の頭部は電子レンジでチンした生卵のように破裂する。
「へ?」
「キミも良いや」
ボウス頭で頬にタトゥーのある男性へ僕が指を向けると、彼の頭部も軽い音を響かせて破裂する。
「ひぃいいいい!!!」
黒いTシャツの男性は、先程までの威勢はどこかへ消え去り、腕の痛みも忘れて、尻餅をつきながら手足をバタバタとさせて後退りしていた。
僕を怖がっているようだ。
「キミ、名前は?」
僕は指を立てながら尋ねると、彼は震えながら、失禁しながら答える。
「お、俺、俺っすか!?」
「お、俺、俺っすか君で良いのかな?」
僕が彼の名前を復唱すると、彼は首を慌てて横に振る。
「ち、違いま…ぶぇ!!」
「嘘ついたから死刑」
頭部を失った黒いTシャツの男性はバタリと後ろ向きに倒れる。
「おや?」
そんな彼の亡骸の向こうには、銀色の髪の筋骨隆々とした男が立っていた。
「ユウタ…貴様…」
「ん?あっ!もしかして…ジークさん!?」
僕へ無表情ながらも凄まじい殺気を放っている男性
彼には心当たりがある。
サキさんが言っていた異世界から来た銀髪の男性であろう。
「ユウタ!!お前の悪行もここまでだ!!!破っ!!」
ジークさんが両手を突き出すと、僕の体は物凄い高さまで打ち上がる。
「わー!これが風魔法と火魔法の応用かー!」
僕は夜の古谷市が一望できるほどの高さまで打ち上がると、そんな僕を目掛けて、何かが飛翔してくる。
「終わりにします!」
光を纏った拳を突き出して迫り来るのは女子高生だ。
その風圧で髪は乱れているのだが、それでも可愛らしい容子をしているのがわかる。
「…勇者…ってことは…キミがサキさんか」
どうやら、僕が少し暴れていたからか、サキさんとジークさんに補足されたようだ。
「…え?」
飛翔してくるサキさんをひょいっと避けたはずだ。
しかし、僕の視界には、僕の右腕が右肩から離れていくのが見えた。
「ぎゃあぁぁぁぁああああ!!」
脳を焼くような痛みが右腕に走る。
失っている右腕には感触が残っており、そこから痛みが走っているようであった。
「がぁぁあああ!!」
僕は鬼のような表情で、空中でUターンして戻ってくるサキを睨む。
「がぁぁぁああああ!!」
「もう終わりにしよう…ユウタさん!!」
サキはどこか悲しそうな顔でそう語りかけてくる。
終わり?
まだ全然殺していないのに…
ここで?
『ユウタ様!!』
宙を舞う僕の体を無数のツタが覆う。
そして、グルグルと僕の体に巻き付いたツタは、そのまま一気に地上へと降下していく。
そんな僕をサキだけでなく、ジークも追いかけているようだ。
「ベクター!?」
「なぜ、奴が魔王を助けるのだ?」
サキとジークは、無数のツタを切り裂きながら進むが、流石の勇者であっても、この無数のツタを捌きながら、僕へ追いつけるはずもなく。
サキとジークは近くのビルの屋上へ着地する。
すでに彼らは、ユウタの姿を見失っていた。
「…っ」
「気配が…消えました」
「そうか…」
ジークは遠くの空を見つめる。
そこには参加者が古谷市から出られないようにと赤色の薄い透明な膜があった。
「必ず…時間内に見つけるぞ」
「はい!!」
サキとジークはビルの屋上から飛び立つ。
魔王による残虐な行為を止めるためだ。
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