第26話 そして、私は勇者になった。
私とケンちゃん。
そして、ジークさんの3人で近所の公園に集合していた。
「…ベクターはまだ見つからんそうだ」
ジークさんは相変わらずの無表情だが、声色から悲しみと怒りに満ちていることが伝わってくる。
ベクターと呼ばれる魔物に、私達の友達も魂が奪われている。奪った魂を魔力へ変換することで、ベクターは自身かその主人の養分とするようだ。
「もう時間はないんじゃないか…」
ケンちゃんは拳を硬く握りしめながら、顔を伏せて、肩を震わせながら言う。
やっぱり、すごく優しい。
「…言い方は悪いかもしれないが、ベクターは捕らえた人間の魂をすぐに魔力へ変換することはない。食事と同じで、食べられる量には限界がある」
「…魂のままにしておいた方が…保蔵が効くということですね」
私が要約して伝えると、ジークさんは微かに銀色の髪を揺らして頷く。
まだ望みはある。
捕らえられた人々の魂を解放させることができるかもしれない。
ベクター本体を倒さずとも、その領域を解放すれば、捕らえられていた魂が解放されることは、この間の一件で分かったことだ。
昏睡状態であった人々の一部が目を覚ましたというのは、ニュースでもやっていた。
「しかし…あのクラスの魔物を相手にするには、戦力が足りない」
ジークさんは顔を微かに俯かせながら言う。
「そんな!?」
「どうするんっすか!?見捨てるとか言わないっすよね!?」
「ケンちゃん!」
「っ!」
ケンちゃんは、ジークさんの弱音に声を荒げる。
ジークさんは冷静に現状を分析しているだけであり、それはとても重要なことだと、ケンちゃんも理解している。
だからか、それ以上はジークさんに何か言うことはなかった。
「…あいつの父親は…すごい強いんっすよね?」
「ヨウゲンか?」
「はい。あいつの父親の助けは借りられないっすか?」
「…もっと、危険な相手をしている。今は、ベクターへ手が回らないそうだ」
「危険な相手?」
「…魔王が覚醒しないようにと動いている」
「魔王…ベクターよりもヤバいやつなんっすか?」
ケンちゃんの問いに、ジークさんは黙って頷く。
「俺たちだけでなんとかしないといけないってことっすか?」
「この世界の対魔組織も動いている。俺たちだけではない」
「…こっちだって緊急事態だってのに」
ケンちゃんが悪態をつく。
珍しいし、らしくない態度だけど、それほど、マイさんを心配しているのだろう。
「…とにかく、心霊現象のあった場所を当たってみましょう」
ーーーーーーーーーーーー
「…ジークさん、どうっすか?」
営業停止になっているコンビニの駐車場で、ジークさんは目を瞑りながら気配を感じ取っている。
私とケンちゃんはそれを黙って見ていた。
「…ここも領域だ」
ジークさんがそう言い放つと、私とケンちゃんに緊張感が走る。
「ベクターは…いるんっすか?」
「留守にしているようだが…下手に行動すれば、すぐに気付かれる」
ジークさんは相変わらずの無表情だが、声色には緊張感が含まれていた。
だからだろうか、私はごくりと喉を鳴らす。
「…」
ジークさんは四つん這いになると、駐車場の地面を手で叩きながら進み始める。
「…」
何をしているんだろうとは思うが、私もケンちゃんも声をかけるようなことはしない。
「…ここだ」
数分ほどジークさんの行動を黙って見ていると、急に彼は立ち上がり、私とケンちゃんへ振り返りながら言う。
「結界の隙間があり、ここが一番脆弱だ」
「…いけそうですか?」
具体的なことはわからないため、大雑把に尋ねてみると、ジークさんは眉を微かに潜める。
なかなかに難しい塩梅の様子だ。
「やるしかないっす」
ケンちゃんが気合いの入った様子で言う。
危険でも何でも、友達を助けるためにはやるしかない。
「ベクターの気配に気付いたら、すぐに撤退だ。その時は、俺の指示に従え」
「はい!」
「絶対だぞ」
「「はい!」」
私とケンちゃんが勢いよく返事をすると、ジークさんは納得したように頷く。
「お前達に手伝って貰いたいのは、薔薇に囚われている魂の解放だ」
「魂の解放?」
「そうだ。薔薇に触らないように、白いモヤをひっぱり抜いてくれ」
「手で触れられるんですか?」
「ああ、魂は触れることができる」
魂というスピリチュアルなものに、物理的に触れることができる。
想像し難い話だけど…
「意外ですね…」
「ああ」
私とケンちゃんは頷き合う。
魂が手で掴めるというジークさんの話に違和感を抱いているのは同じみたい。
「そもそも、手で触れられるものでなければ、肉体の中に納められないだろう」
ジークさんがさも当たり前のような印象でそう話す。
言われてみればと、私は感じてしまった。
「確かに…」
「それよりも、準備は良いか?」
ジークさんがそう問いかけてくると、私とケンちゃんを覆う緊張感がより強くなる。
でも、ここで逃げるわけにはいかない。
「はい!」
マイさんを救うんだ!!
ーーーーーーーーーーーーーー
私とケンちゃんは人のカタチをしている白いモヤを何人分も掴みながら、イバラの園を駆けている。
中には、マイさんと思われるシルエットの白いモヤもあり、まだ原型を留めていることから、この領域から連れ出せればマイさんが回復するかもしれない。
「ジークさん!!」
「任せろ!!」
ウネウネとイバラが蠢いて、私達の道を塞ごうとしているのだが、閉じようとするイバラを強引に引きちぎっていくのはジークさんだ。
「このまま逃げ切るぞ!!」
「「はい!!」」
私達がベクターの領域へ侵入し、囚われている魂を解放していると、すぐにこの領域の主人であるベクターに気付かれてしまった。
そのため、全員を連れ出すことは叶わないのだが、無理をして、ミイラ取りがミイラになるでは話にならない。
マイさんだけでも、まずは連れ出さないと。
「なんかいるぜ!?」
「っ!?」
ケンちゃんが最初に気づいた。
人の大きさもあろう白い薔薇の花が、真っ黒な空から生えてくる。
このまま走り続ければ、必ず衝突するであろう位置関係だ。
「まずい!!」
いつも無表情のジークさん。その顔が微かに引き攣っていた。これは、本当にまずい様子だ。
ジークさんはその脅威を私達へ説明する間もなく、そのまま地面を蹴り上げて、空から生えてくる薔薇のところへ飛び上がる。
ジークさんは上昇しながら、私へ叫び声を轟かせた。
「サキ!!ケン!!お前は先に行け!!」
「で、でも!!」
「こいつはベクター!!本体だ!!」
ベクターの本体であろう白い薔薇は、飛び上がってくるジークさんに向かって、地面から生えているイバラを全て集中させる。
ベクターは、ジークさんをかなりの強敵としてみている様子だ。
「今のうちに!!」
「…」
「サキ!!ジークさんの言う通りだ!!」
…確かにそうだ。
私達が居ては邪魔になるだけだ。
「うん!」
ーーーーーーーーーーー
私とケンちゃんがイバラの園を出ると、見慣れた街並みが広がる景色へと周囲がパッと切り替わる。
私達が外へ出た瞬間、抱えていた白いモヤは空へと昇っていく。
「…マイさん」
「信じよう」
「うん」
心配そうに私が空へ昇っていく白いモヤを見つめていると、そんな私をケンちゃんが優しく抱き寄せる。
マイさん達だけじゃない。
ジークさんのことも、後は信じるしか、祈るしかない。
そんな風に考えていた矢先だ。
「逃げろ!!」
ジークさんの声が響くと同時に、営業停止しているコンビニの一帯が薔薇に包まれる。
「がぁぁあっ!!」
「ケンちゃん!?」
私の隣にいたケンちゃんがイバラのツタに絡め取られて、そのまま宙へと持ち上げられる。
「サキ!!」
「待って!!」
私は折りたたみ式の枝切りバサミをリュックから取り出すと、慌てて、ケンちゃんを捕らえているツタを切ろうとする。
「っ!!」
ハサミの刃がまったく通らず、細いツタなのに斬れる気配はない。
「ぐ!!」
掛け声と共に、気合を入れてハサミに力を入れる。
「…サキ!!!助けてくれ!!!」
「ケンちゃん!!!待ってて!!」
「わぁ!!!あぁかあああああかぁああ!!」
ケンちゃんを捕らえたツタは、急に激しく動き始めると、そのままの勢いでケンちゃんを放り投げる。
「ケンちゃん!!」
少し離れた場所へケンちゃんが落下していく。
私はハサミを放り捨てて、ケンちゃんが落下した場所へ駆けていく。
「ケンちゃん!!」
そこは緑のツタで覆われた場所であり、そのツタがクッションとなってケンちゃんに怪我はない様子だ。
「…」
「ケンちゃん?」
ツタをベッドにして倒れているケンちゃんは、目を開けたままで、呆然と何処かを見つめていた。
「ケンちゃん!?」
「…」
私はケンちゃんを揺さぶってみるが、まるで反応がない。
「…っ」
空を見上げると、ケンちゃんのようにも見える白いモヤが空中を漂っているのが見えた。
「ジークさん!?」
その白いモヤを守るように、空で戦っているのはジークさんだ。迫り来る無数のツタを、風で押し返し、炎で燃やして、冷気で凍らせている。
「ジークさん!!後ろ!!」
私がハッとした時には、無数のツタを相手に奮戦しているジークさんを、背後の死角からツタが迫る。
「ジークさん!!!」
私の声は届かず、ジークさんは、先ほどのケンちゃんと同じように、ツタでグルグルと巻きつかれて身動きが出来なくなっていた。
そして、ジークさんの体をポイッと投げ捨てるように放り出すツタ
私の近くで落下したジークさんは、ケンちゃんと同じように、目を開けたまま、まるで人形のように硬直していた。
「ジークさん?」
「…」
「うそ…このままじゃ…」
私は周囲を見渡す。
すでに、私の周囲にはツタがウネウネと蠢いており、空にはケンちゃんとジークさんのようにも見える白いモヤが浮かんでいる。
もはや絶体絶命だ。
「死ぬ…?」
ここで初めて私は死を実感する。
死ぬかもしれないとは思っていた。
でも、思っていただけで、覚悟していたわけじゃない。
「死にたく…ない」
足が震えて動かない。
手の感覚がない。
息の仕方が思い出せない。
死の恐怖が私の肺を押しつぶしているようだ。
「がっ…ひぃ…ひ…」
強引に肺を膨らませるように力を入れてみる。
しかし、普段からそんな風に呼吸することはなく、息ができるようにはならない。
苦しい…
お母さん…
お父さん…
ケンちゃん…
このままじゃ、私もケンちゃんも殺される。
逃げないと…
逃げないと!!
「が…かっ…」
呼吸が出来ず、意識が遠のいて行く。
そんな私が気絶するのを待つように、周囲のツタは私へ襲いかかることはなかった。
「死にたく…ない」
嫌だ。
ケンちゃんと行きたい場所だってあるし、夢だってある。
お母さんに孫を見せてあげたいし、お父さんは何だかんだで、私の花嫁姿を楽しみにしている。
これから、私の人生は…これからなのに!!
死にたくない。
こんなところで…私は…
「嫌だ!!!!」
声を大にして叫ぶことができた。
息の仕方を思い出した。
でも、おかしい。
緑色のツタが灰色に見えてくる。
白い薔薇もモノクロ調だ。
色彩感覚を失ったのか?
「違う…」
私はスッと立ち上がる。
周囲を見渡してみるのだが、時が凍てついたように、視界の全てが動きを止めていた。
「これは?」
『コンニチハ』
「っ!?」
頭上から声が響く。
小さな子供のような声だ。
私が空を見上げると、そこには2枚の翼の生えた本が浮かんでいた。
そして、私は勇者になった。
ここから私の人生は劇的に変化する。
長く苦しい地獄のゲームの始まりであった。
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