第25話 ヨウゲン



「…っ!?」



 私が神社のところにまで戻ってきた頃には、すでにテレビドラマで見るような黄色いテープが張り巡らされており、一般人は立ち入れないようになっていた。


 そして、神社の境内は薔薇の森のような姿になっており、ところどころに人のカタチをした白いモヤが薔薇に囚われていた。


 

 その森の中では、銀色の影が飛び回っており、その影を追いかけるように刺々しいツタが蠢いている。

 

 おそらく、あの銀色の影はジークさんであろう。

 ジークさんは奮戦しているようであり、時々、森の中から中へ白いモヤが浮かび上がっていく。

 囚われていた誰かの魂が解放されていくようにも見えた。




「…どうして私をここに?」

「…」



 私をここまで連れ戻した女性警察官だが、顔は無表情であり、私の言葉に応えようとしない。

 そんな警察官さんは私の腕を硬く握って掴んだままであり、簡単には振り解けそうになかった。




「その子は!?」


 黄色いテープの内側から、黒いスーツの男性警察官が駆け寄ってくる。

 一般人を連れている女性警察官を怪訝そうな顔で見ていた。



「…」

「なぜ!!一般人をここへ連れ戻した!?」


「…」

「答えろ!!」



 男性警察官の問いに女性警察官は答えない。

 その様子に、私は一抹の不安を感じていた。




「おい!!」

「…っ!?」



 男性警察官の背後には、森から急にこちらへツタが伸びてきたのが見えた。

 ハッとした私の表情を察したのか、男性警察官が背後へ振り返る。



「ぐ!!」



 背後に迫るツタの存在を目視した男性警察官は、すかさず腰にある銃を抜き放つと、すぐに銃声が轟く。

 警告もなく発砲しているのは、相手が人間ではないのだから、不問になるだろう。


 しかし、銃弾ではツタの勢いは収まらない様子だ。



「ふんぬっ!!」


 ツタが男性警察官の寸前にまで迫ると、空から白装束が舞い降りる。

 同時に、こちらへ向かっていたツタがバサバサと切り刻まれていた。



「メルビトック師!すまん!」



 地面に着地したメルビトックさんへ、男性警察官がすぐにお礼を告げる。




「気にするな!!それより!!」



 メルビトックさんは私と女性警察官へ視線を向ける。

 その表情はとても険しい様子だ。



「何ということだ…この女史らは取り憑かれておるぞ!!」

「何だと!?」


「むむむ!むーん!!」



 メルビトック師は、指を女性警察官の胸に押し込む。

 いきなりのセクハラに私は驚くのだが、当の本人と、男性警察官さんは真顔だ。



「破っ!!」

「…」



 メルビトックさんが気合の籠った声を轟かせると、女性警察官さんが私の腕を掴む手が緩む。

 そして、ドサリとその場に倒れて、寝息を立てていた。



「ふむ!!こちらは戒めの鎖から解放せしめし!!」



 メルビトックさんは倒れている女性警察官さんへそう叫ぶと、続いて、私へ視線を向ける。



「ふーむ!ふむ!!ベクターに魅入られていて、なお、正気を保つとは!!」

「…私ですか!?」


「そうだ!!その才!!それがしの弟子に相応しい!!」

「お断りします!」



 弟子と言う単語に対して反射的に断ってしまった。

 でも、メルビトックさんはまったく気にしていない様子で続ける。




「さーてさて!!胸を開け!!タネを取り除いてやる!!」

「…嫌です!!」



 メルビトックさんは指をウネウネと動かしていた。

 先ほど、女性警察官さんを助ける光景を目の当たりにしていたけれど、生理的に怖かった私は、拒否するように胸の前で腕を組む。



「メルビトック師!!」

「むむむ!?」



 そんな時だ。

 男性警察官さんが声を荒げる。



「むー!!何たる数!!この女史を狙っておーるのか!!」


 メルビトックさんが空を見上げる。

 空が覆われたのではないかと見紛うほどの数のツタがこちらへ雪崩のように押し寄せていた。




「悪霊万鬼を懲らしめる…地獄の業火…我が契約に従い…顕現せよ!!」



 メルビトックさんが呪文を唱えながら一枚の札を空へと舞い上がらせる。



「…っ!」



 風を切って空へ飛んでいく札を見つめている私へ、メルビトックさんは叫ぶ。



「耳を塞げ!!口を開けろ!!!姿勢を低く!!」

「…あっ!!!」



 私はメルビトックさんに後頭部を押さえつけられて、強引に地面へ額を付ける。

 言われた通りに、それぞれの耳へ指を入れた。




「寝そべれ!!!」

「…っ!!」



 言われた通りに全身を地面につけると同時に、轟音が空から響き、全身が震える。

 姿勢を低くしていなければ、指を耳に入れていなければ、口を開けていなければ、大怪我をしていたのではないかと思うほどの衝撃だ。




「…そうそうと連発はでき…んぞ…はぁぁ…はぁ…はぁ…」



 メルビトックさんは息を切らしていた。

 空を覆っていたツタは焼け焦げて崩れ落ちてきている。



「このままでは邪魔になる!逃げるぞ!」

「え…あっ!はい!!」



 男性警察官に腕を引かれて、私は勢いよく立ち上がると、そのまま坂道へと駆けていく。

 しかし…





「止まれ!!!」

「はい!!!」



 男性警察官さんが大声を響かせて私の前に腕を横へ伸ばして制止させる。

 それもそのはず、坂道を塞ぐようにして、地面からは大量のツタが伸びて来ており、まるで壁のようになっていた。




「むむむーん!!!」



 私達の背後から遅れてやってきたメルビトックさんも険しい顔で私の横で立ち止まる。




「メルビトック師!?」

「任せーろ!!」



 メルビトックさんは再び懐から札を取り出すと、目の前を壁のように塞ぐツタの群れへすぐに解き放つ。




「むむ!?」



 しかし、メルビトックさんが放った札は、途中で、地面から勢いよく伸びてきたツタによって中心を貫かれて空中で止まると、そのまま私達の手前で爆発する。




 轟音が響き渡り、熱風が頬を焼くように炙る。

 しかし、衝撃波が体を伝うことはなかった。



「無事か…?」

「ジークさん!?」



 私達を爆風から護るようにしてジークさんが立っていた。

 両手を広げて仁王立ちしている彼は、あの爆風を受けてもなお、堂々と立っていた。



「ジーク殿!?」



 ジークさんの出現に驚くメルビトックさんと男性警察官さん。

 2人の驚いた表情を前に、ジークさんは相変わらず無表情で告げる。



「ここは撤退だ」


「むむ…仕方あるまい!」

「だが、どうする!?」



 メルビトックさんは頷いているものの、男性警察官さんはその手立てがわからないと言った様子だ。

 確かに、すでに周囲は多くのツタによって囲まれており、どこか突破口を作らないと、ここから逃げ出すことはできなさそうだ。




 周囲でウネウネと蠢くツタの動きを警戒するように見渡しているジークさん達

 でも、急に、ジークさんが上を見上げた。




「…ヨウゲンが来る」


 ジークさんの言葉に、メルビトックさんと男性警察官さんが同じように空を見上げる。



「なんと!?」

「部長が!?」




 男性警察官さんが"部長"と呼ぶということは、同じ公安の警察官さんなのだろう。




「や、お待たせ」


「っ!?」



 私は不意に、目の前にいかにも平凡そうなスーツ姿の男性がいることに、心臓が止まるかと思うほど驚いていた。




「ヨウゲン…すまない」



 ジークさんは、そんな平凡そうな男性へペコリと頭を下げていた。

 かなり敬意を持って接しているようだ。




「や、ジークくん、ここは任せて」


 そう言って優しそうに笑うヨウゲンさん。

 なんだろう、どこか安心するような、ホッとするような、そんな笑顔だ。



「部長!すいませんでした!」

「ササキくん、君は良くやったよ。犠牲者ゼロだ。後は、俺が頑張らないとね!」


「部長!!」



 男性警察官さんもかなり慕っている様子だ。



「メルビトックくん、君は帰ったら…また修行だね」

「むむむーん!?師匠ー!?」



 どうやらメルビトックさんには少し厳しいようだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「あの!!ありがとうございました!!」



 ヨウゲンさんは腕を振り払っただけでベクターのツタを一掃してしまった。

 彼を警戒したベクターは、あの神社から撤退してしまったようだ。


 周囲は、さっきまでの出来事が嘘のように静まり返っており、空間の裂け目も消えている。

 境内の中は封鎖されているけれど、中には警察官さんが大勢おり、何か色々と調査している。



 私は、そんな神社が上にある坂道の入り口で、ヨウゲンさんという温和そうな男性へお礼を告げていた。




「おーい!サキ!!」

「ケンちゃん!!」



 そんな私のところへ心配そうに焦った様子でケンちゃんが駆け寄って来てくれた。



「おや?」

「…無事か!?」

「うん…ジークさんとメルビトックさんと、警察官さん達が助けてくれた!!」



 私がそう説明すると、ケンちゃんはヨウゲンさんへ視線を向ける。

 お礼を告げようとしていたのか、満面の笑みだったケンちゃんだけど、ヨウゲンさんを見ると表情が凍てついていた。



「…おや、ケントくん…久しぶりだね」

「お、おじさん!?」



 どうやら、ケンちゃんとヨウゲンさんは知り合いの様子だ。

 おじさんと呼ぶのは、かなり近しい間柄のようだけれど…



「はははは、そんなに畏まらなくてもいいよ。ただ、たまにはウチの子と遊んでくれると嬉しいな」

「あ、はははは、そうっすね」


 

 ケンちゃんはかなり気不味そうな表情をしている。

 そんな彼を私も心配そうに見つめていたのかもしれない。



「さ、もう帰りなさい。今日は疲れただろうに」

「え、あ、はい!」

「あ、あの!重ねて!本当にありがとうございました!」



 気まずい空気になったことを察したのか、ヨウゲンさんは私達へそう優しく語りかけると、私とケンちゃんはお礼を告げて、その場を去ることにした。


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