第24話 ベクターの領域




「さー!いよいよです!霊媒師メルビトック師!」



 人気急上昇中のアナウンサーが声を張り上げて紹介するのは…




「…凶地に舞い降りし!!災厄の権化!!いーざいざ!我が弔い祓い!苦しみから人々を解放せしめようぞ!!!」



 どう見ても胡散臭いお爺さんだった。



「これは頼もしいです!!伝説の霊媒師!!かの安倍晴明を祖先に持ち!鬼の血が混ざった霊媒師!!幾多の悪霊を祓ってきた彼が!!今宵!!凶地と呼ばれるこの神社を祓いに!!いざ出陣しまーす!!」


「はぁーー!!いーざいざ!!参らん!!」



 白装束にサングラス、頭に白いハチマキをしている白髪の男性だ。

 彼を取り囲むようにアナウンサーやカメラマンなどがおり、どこからどう見てもカメラの撮影であった。




「「わーーーー!!」」

「メルビトック!!!」

「お姉ちゃんを助けてー!」



 サクラなのか、本物なのか。

 メルビトックさんへ歓声をあげる人達も周囲にはいた。


 

 他にも、神社の周辺には様々な人々がいた。

 面白半分でテレビの撮影を見学している人が大半だが、中には神妙な面持ちの人、祈るように目を瞑りながら顔の前で手を組んでいる人と様々だ。


 私とケンちゃんはどちらかと言えば祈りたい気持ちだ。

 あのテレビでよく見る霊媒師さんが本物であることを。




「…ジークさんいるか?」

「ううん、いないみたい」



 私とケンちゃんはジークさんを探して市内を動き回ったが、そもそも、何の手がかりもなしに人を探し出せるはずもなく。昨日は神社の手前で会えたから、ここまで来ればジークさんがいるのではないかと思っていた。

 

 いないようであれば、すぐに引き返そうと考えていたのだが…




「あの霊媒師さん、テレビに出るぐらいだからかなりすごい人なんじゃないか?」

「…そうだといいね」


「…そうだよな」



 ケンちゃんは何かに縋りたい一心で期待を込めてそう尋ねてくる。

 しかし、私には、どう見ても胡散臭い霊媒師にしか見えなかった。




「むむむむ!む!!!むん!!むん!!むんむん!!!むーんん!!」



 急に唸り声を響かせながら、メルビトックなるお爺さんは白紙を折り畳んで作った剣のようなものを取り出す。


 その剣には黒い油性ペンで何かが刀身に描かれている。

 まるで呪文を刻み込んだような雰囲気があるが、いかんせん紙で作られた剣だ。

 少し強く振っただけで折れてしまいそうな予感がする。




「ふんぬ!!」


 そんな予感がした側から、メルビトックさんが気合を入れて剣を振るう。

 案の定、空気抵抗で彼の持つ紙の剣はクシャクシャになっていた。




「っ!?」



 しかし、私の目の前で、メルビトックさんの剣筋に合わせて空間が裂けていた。

 普通の神社に見えていた場所が、その裂け目を通してみると、まるで薔薇の森のような景色に見えた。



「何…これ」

「ん?どうした?」


 私が口に両手を当てて驚いていると、その私の方が不思議に見える素振りでケンちゃんが尋ねてくる。



「ケンちゃん!あれが見えないの!?」

「あれ?」



 私はメルビトックさんが生み出した空間の裂け目を指差す。

 その奥には、真っ黒な空に薔薇の森が広がっており、人のカタチをした白いモヤが薔薇に巻き付かれて囚われている。


 もしかすると、あの人の中でカタチをした白いモヤは、誰かの魂なのかもしれない。




「何だよ…あれって?」


 ケンちゃんはキョロキョロと周囲を見渡す。

 私の指先の向こう側も当然ながら視界に入っているはずだ。



「…見えてないの?」

「何がだよ!?」

「…ううん」



 私は明らかに現実離れした光景を目の当たりにしている。

 ケンちゃん以外の人々を見ても、空間の裂け目が見えている人は他にいない様子だ。



 魔力があるかどうか。

 それが関係しているのかも…





「いーざいざ!!!」



 メルビトックさんが再び掛け声を木霊させると、手に持っていたくしゃくしゃの紙の剣を地面へと投げ捨てる。

 ポイ捨ては厳禁だと頭を過るが、その紙の剣はスーッと燃えて行き、すぐに灰になって風に吹かれて消えていく。


 紙の剣をポイ捨てしたメルビトックさんは、続いて、紙の束がいくつも先端に取り付けてある埃叩きのような道具を取り出した。

 その紙の束の一枚一枚にも何かの文字が油性ペンで刻まれていた。




「さがれーい!!」


「「っ!?」」



 メルビトックさんが周囲のカメラマンさん達へ叫ぶ。

 空気が振動しているかと錯覚するほどの声量であり、思わず、テレビ局の人達だけではなく、周囲にいる人々も後退りしていた。




「それがしは!!これよーり!!凶地へ赴く!!!凶名はベクター!!聖なるモノに属しながら!!人々に禍を振り撒くモノ!!!」



 メルビトックさんは埃叩きみたいな棒をブンブンと振り回すと続ける。

 心なしか、彼の体が輝いているようにも見える。



「むーんむん!!!むーん!!!いーざいざ!!!それがし!!参る!!!」



 メルビトックさんは気合を入れると、そのまま神社の境内へ向かって進み始める。

 周囲の人々からすれば、ただ進んでいるだけに見えるかもしれない。

 しかし、私の目では、空間にできた裂け目から中へ入り込んでいくように見えた。




「がっ!!!ぱぁ!!!」



 そんなメルビトックさんだったが、不意に空中へと舞い上がる。

 軽く5mはあろう高さまで彼が打ち上がると、グルリと彼は身を翻して、見事に地面へ着地する。




「…ぐぬぬぬ!」



「「わーーー!!」」



 メルビトックさんの口元には血が滲んでいた。

 それにも関わらず、テレビ局の人や、周囲の人々は楽しそうに歓声をあげていた。

 まるで何かのショーだと思っているような印象だ。




「メルビトック師!!一撃を受けてしまったようです!?」

「…まだまーだ!!」


 アナウンサーの疑問混じりの声に、メルビトックさんは彼女へ手を突き出して、頭を左右に振るう。

 その後で、グッと足に力を込めて、メルビトックさんは勢いよく立ち上がる。




「これしーき!」

「メルビトック師!!立ち上がりましたー!」

「「わー!!!」」



 メルビトックさんは歓声に応えるようにして、再び、裂け目へ進んで歩き始める。



 そんな時だ。




「やめろ」

「っ!?」



 低い声と共にパッと姿を現したのは銀髪の男性だ。

 そのエメラルドグリーンの瞳には、確かに、空間の裂け目から覗ける薔薇の森が反射していた。



「むむむー!貴様は!?」

「俺はジーク」


「只者ではないようだ!!しかーし!」


 メルビトックさんは立ち塞がるジークさんを払い退けて進もうとする。

 そんなメルビトックさんの肩を掴んで引き留めるのはジークさんだ。



「おおっと!!ここで乱入したのは!!綺麗な銀色の髪を持つ!!渋〜い!おじさんだ!!!」

「「わー!!!」」


「えー!超カッコいいんだけど!!」

「きゃー!!」

「誰!?誰!?」



 ジークさんの登場に周囲が湧き立つ。

 確かに、ジークさんはテレビや映画に出ていても不思議はない容姿をしている。

 普通に人気が出そう。



「なぜ!?それがしを止める!?」

「陰陽庁から停止命令だ」

「っ!?」


 ジークさんが何かをメルビトックさんへ伝えると、その言葉だけで、メルビトックさんの勢いは萎んでいく。



「それがしでは…勝てぬと…」


 どこか気落ちした様子のメルビトックさん。

 そんな彼へ無表情ながら、どこか申し訳なさそうにジークさんが言葉を紡ぎ出す。



「…悪く思うな」

「あい!わかった!代わりに派遣されたお主が只者ではないこと、それがしにもよーくわかる!!それがしでは状況を悪化させるだけになる!」


 メルビトックさんは豪快に笑うと、周囲を見渡し始める。



「人の気配が多い方が有利と踏んだのだが、これでは逆効果だな!」

「ああ」


「それがしは、皆を避難させる」

「了解した…すぐに陰陽庁の公安も来る」


「ほい!それがしの言葉だけでは、簡単に立ち去ってはくれないだろうからなー!」



 メルビトックさんはアナウンサーへ合図をする。

 手と目の動きだけだが、それだけで、アナウンサーにはしっかりと伝わった様子だ。


 アナウンサーの表情はすぐに強張り、テレビ局も人々に緊張が走る。




「あれ、ジークさんだよな?」

「うん…もう少し…様子を見よう」

「そうだな」



 私とケンちゃんが見守る中、テレビ局のスタッフに漂い始めた緊張感が、周囲の人々にも伝わり、ザワザワとざわめきが生じ始める。




「こちらは公安です!緊急事態につき、この神社から退避して下さーい!!」


 そして、ゾロゾロと黒いスーツの男女が坂道から駆け登ってくる。先頭にいるオールバックの男性は、確かに警察手帳を持っていた。



「はい!即刻!退避してください!」

「お、おい!なんだよ!?」

「何が起きたの!?」


「押すなよ!!」



「指示に従ってください!!危険ですから!!素早く退避を!」



 公安の警察の指示に従って、ゾロゾロと集まっていた人達が坂道を下りていく。


 そんな彼らを守るような位置でメルビトックさんが立っており、ジークさんは空間の裂け目の奥にある薔薇の森をジッと見つめていた。



「サキ!公安だ!本物だ!」

「う、うん!」


「俺たちも行こう…やっぱ、ここ、何かまずい場所みたいだ」



 私はケンちゃんに連れられて、公安の人の指示に従って、坂道を降りていく。




「あれ!?」

「サキ!?」



 しかし、坂道の途中で、私は見えない壁に阻まれて先へ進めなくなる。まるでパントマイムをしているような格好だ。



「はい!立ち止まらないで…いや、あなたはこちらへ!!」


 私は女性の警察官へ腕を引かれる。

 そのまま私は道の脇を通って、来た道を戻らされた。



「サキー!おい!サキを離せ!!」

「落ち着け!キミはこっちだ!」

「サキを返せ!!」

「彼女の安全は俺たちが守る!キミは一旦、ここを離れるんだ!!」



「サキーーー!!」




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