第23話 昏睡現象
「サキ!!!」
「っ!?」
校門で友達から急に呼び掛けられて、その声が大きかったから、私はドキッとした。
気付けば、あの神社のことを思い浮かべており、学校には向かえていたが、まるで夢遊病のような状態だ。
呼び掛けられて私の意識は覚醒できたが、あのままだったら、もしかすると学校を抜け出して神社へ向かっていたかもしれない。
「レン…りゃん?」
「なに!?サキ!寝ぼけてるの!?」
「お、起きてるよ!」
私は眉間に力を入れて強引に意識を呼び覚ます。
「ね!それよりも!聞いた!?」
レンちゃんは物凄く慌てた様子だ。
私まで気持ちが焦ってきてしまったのか、必要以上に「知らない」と首を横に振る。
「物凄いイケメンのおじさんが!今!あっちにいるんだって!!」
レンちゃんの言うイケメンのおじさん。
私には1人だけ心当たりがあった。
「サキ?大丈夫?」
「へ?」
「何だか顔色が悪いよ?」
レンちゃんはそう言って私の顔を覗き込むように見つめる。
私は何でもないと笑顔を作る。
「そう?」
「それよりも!…そのイケメンのおじさんってどこにいるのかな?」
「あーれー…サキ…意外と興味あるのかなー?」
「レンちゃんが教えてきたんでしょ!?」
「ふふふ!意外とサキが面食いだって知ったら、クラスの男子は驚くかもねー!」
「なによそれ!」
「あのホリキタ先輩をフった女が、実は面食いでしたともなれば、一体、どんな男がサキのハートを射抜けるのでしょう…!」
「もう!意味がわかんない!それよりも!ほら!どこにいるの!?」
「あれ?ツチダ先生だ…なんか呼んでいるみたい」
「え?」
急にレンちゃんの視線が遠くを向いたため、その方向へ私も視線を向けてみる。
そこには、数学の先生であるツチダ先生がいた。
いつもジャージで、今日は赤だ。
ーーーーーーーーー
学校の職員室には先生方が朝礼前の準備をしている。
授業の準備や学校行事の打ち合わせなど、色々と大変そうだ。
そんな慌ただしさのある空間と同じ部屋には思えないほど静かな場所があり、そこはパーティションで区切られている簡易的な応接室だ。
そんな簡易的な応接室には、もはや見慣れた銀色の髪を持つ男性がソファーに腰掛けている。
「サキ、危険だ」
ジークさんは開口一番にそう告げる。
この人は、いつも色々と急だ。
しかも、そう言い終えると、さも平然と煎餅を貪り、お茶を啜る。
その言葉だけで説明は足りていると言わんばかりで、その先を語る意思はなさそうだ。
「この方は、スミサカさんのご家族かな?」
ツチダ先生が私に尋ねてくる。
スミサカは私の苗字だ。
「えっと、違います…」
「ああ、サキは私の命の恩人だ」
「恩人…それは…なんと…まぁ」
ツチダ先生は半信半疑な表情で私を見てくるため、私は首を傾げてみせた。
何もしていないと言えば嘘になるけど、逆に、命の恩人と言われるほどのことをしたかと言えば、その自覚もない。
「え、えっと?それはどういう?」
「先生…私にもわかりません」
先生に話せば長くなりそうなため、私は分からないで一貫して答えることにする。
「ジークさん。私に何か御用ですか?」
「ああ、お前を助けに来た」
「助ける?」
「サキ…お前には魔力があるようだ」
ジークさんが魔力などとのたまうと、私とツチダ先生は顔を見合わせる。
「魔力?」
「魔力?」
ツチダ先生は怪訝な顔でジークさんへ尋ねる。
「…ジークさんとお呼びすればよろしいですか?」
「ああ、もちろん。俺の名だ」
「あなたは…助けると言っても、具体的に何をしにここへ?」
「サキのマンイーターの種が芽吹こうとしている。それを抜き取るのだ」
「…」
「種は胸に植えられている。まずは服を脱げ」
ジークさんの言葉に耳を傾けるのをやめたツチダ先生は、右手をまっすぐに挙げて、パーテーションの向こう側からでも見えるような高さまで挙げていた。
「む?…何をする?」
気付けば、男性教諭がゾロゾロと集まってきており、ジークさんの肩を掴んで持ち上げる。
「待て…話は終わっていないぞ」
ジークさんは相変わらずの無表情ながら慌てた声色で言う。しかし、ジークさんを連行していく先生達に戸惑いはない。
あっという間に、ジークさんの姿は見えなくなってしまった。
「スミサカさん」
「は、はい!」
「あんまり変な人と関わらないようにね」
「…はい」
ーーーーーーーーーー
濃いピンク色の石畳が続いている道があり、その両脇には木が生い茂っている。
その木の下には葉っぱが詰まったビニール袋が置いてある。
よく見ると、木が生い茂る奥では、落ち葉を拾っている作業員の方々がいた。
この公園は、私とケンちゃんの待ち合わせでよく使う場所だ。
「サキー!」
公園を少し眺めていたら、すぐにケンちゃんが自転車でやってくる。
公園の敷地に入ると同時に、自転車を降りて、押しながら走ってくるあたり、ケンちゃんの律儀さが窺える。
「ケンちゃん…」
私はケンちゃんの顔を見るとホッと安心した。
マイさんのことを聞いていたからだ。
「悪い!呼び出したのに待たせちゃって!」
「ううん!」
「それよりも!聞いたか!?」
「…うん」
マイさんは、学校を休んでいるらしい。
どうやら、昨日の夜、家を飛び出していて少し騒ぎになったらしい。
警察まで出動し、あの神社で寝ているところを発見されたそうだ。
今は、病院で眠っているとのこと。
「サイトウがめっちゃ心配してた…例の怪奇現象じゃないかって」
マイさんが夜中に家を飛び出した。
それはこっそりとではなく、半ば、狂乱状態だったらしい。
泣き叫びながら、まるで何かに怯えるように、逃げるように、あの神社を目指して走っているマイさんを目撃した人もいる。
「サキは…大丈夫か?あれから何もないか?」
「うん…大丈夫…それよりも!早くマイさんのお見舞いに行こう!」
私はケンちゃんを心配させないようにと、慌てて話を切り上げる。
私の中にも不安がある。
この神社へ行きたいという気持ち、それが段々と私の中で強く大きくなっていた。
気を抜けば、ぼーっとしてしまえば、気付けば足が神社の方へと向かって伸びている。
「サキ…?」
「何ともないよ!」
「お、おう!」
「早く行こう!」
「そ、そうだな!」
ーーーーーーーーーーーーーー
「…サイトウ」
「ああ…俺は大丈夫…大丈夫だ…」
マイさんの病室にはサイトウくんがいた。
彼はずっとマイさんの手を握りしめており、マイさんは死んだように眠っていた。
「…マイのお父さんとお母さんは?」
「着替えを取りに行くって…一旦、家に戻ったよ」
「そうか…」
ケンちゃんはサイトウくんと事務的な会話をしながら、差し入れの果物の入ったカゴをベッドの傍にある机へ置く。
「…これ」
「あ、ああ…俺が言うのも何だけど、ありがとう」
「何だけどでもないぜ。お前は彼氏だろ」
「…そうだな」
サイトウくんはどこか悲しそうな顔で頷く。
きっと、何もできない自分に、マイさんの彼氏でいる資格なんかあるのだろうか。
そんなことを思っていそうな印象だ。
しかし、サイトウくんが言葉にしたわけではないため、私もケンちゃんも、誰もそのことを口にしなかった。
「…ケンちゃん」
「ああ…またな…サイトウ」
「おう」
私は、サイトウくんとマイさんはふたりきりにさせてあげたほうがいいと感じた。
それはケンちゃんも同じだった様子であり、私が名前を呼ぶだけで、その意図を察してくれていた。
私とケンちゃんはマイさんの病室を離れると、病院にある喫茶店で少し休むことにした。
喫茶店にいるお客さんは疎らであり、店員さんはおらず、自販機が置いてあるのみだ。
私とケンちゃんは紙コップに入ったコーヒーを啜るように飲む。
そして、ケンちゃんが口を開いた。
「…調べてみたんだけどさ」
「え?」
「マイと同じようになる人、他にもいっぱいいた」
ケンちゃんは手を震わせながら言う。
手に持つコーヒーが溢れないか心配なほどであり、ケンちゃんの顔はどこか青褪めている。
「心霊現象にあった人の中で、あの神社へ行って、ずっと昏睡状態の人がいるんだ」
「昏睡状態…」
「ああ、中には…神社に行きたくて行きたくて、無意識に神社へ向かっちゃう人もいるんだ」
「無意識に…っ!?」
「サキ…お前…やっぱり…心当たりあるだろ?」
ケンちゃんはものすごく心配そうな顔で私を見つめる。
その表情に、彼を心配させたくないという気持ちがあっても、それでも、私は嘘をついたり隠したりできなさそうだ。
「…うん」
「サキ!」
「ケンちゃんは…大丈夫なの?」
「俺やサイトウは問題ない…」
「私達だけ?」
「ああ…心霊現象を体験して…無事なやつとそうじゃない奴がいるみたいだ」
「…女の子だけ影響が出るのかな?」
「いや、男でも、昏睡状態になるやつがいる。あの神社に行ってからな…」
ジークさんの話が思い出される。
魔力がある人でなければ被害はない…
何だっけ?
確か…タネ?
「…俺、あの神社に行ってみる」
「え!?」
ケンちゃんが突拍子もないことを言い始めた。
あまりに突然であったため、私は強い口調で尋ねてしまう。
「何で!?危ないよ!」
「…サキを危険な目に遭わせたくないんだ!それに…マイだって助けたい!」
「ケンちゃん!」
「…この間の銀髪の外人、あの人を頼ってみようと思うんだ」
「ジークさんを?」
「ああ…あの人、俺の目から見ても普通じゃない!変人だとかそういうのじゃなくて、何だか違う世界の人みたいなんだ」
「…それはちょっとわかるかも」
「サキのこと、命の恩人だと言ってたから、きっと助けになってくれると思うんだ!」
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